【スージー鈴木のゼロからぜんぶ聴くビートルズ】#85


 ビートルズ来日スペシャル⑤


  ◇  ◇  ◇


 そしていよいよ本番。


 映像が残っているのは2回分。

計5回公演のうちの初回(6月30日夜公演)と2回目(7月1日昼公演)。後者は同日夜に、日本テレビでテレビ放送されたもので、前者は12年後の1978年に、同じく日本テレビで放送された。


 驚くべきは、この2回でチューニングが違うこと。2回目は通常チューニングだったのに対し、初回は全楽器、半音下げているのだ。少しでも歌声の音程を低くして楽しようという狙いだったか。


 だから、全体的にドヨーンと張りのない感じで聴こえる(なお彼らは、あの『エド・サリヴァン・ショー』出演時=64年2月=にも半音下げている)。


 アルバム『ザ・ビートルズ・アンソロジー2』に収録された来日公演の音源を聴いてほしい。ともに原曲キーが「A」の『ロック・アンド・ロール・ミュージック』『シーズ・ア・ウーマン』が半音低いキー「A♭」で演奏されていて、そのせいか全体的にドヨーンとしていると思われるはずだ。【オリジナル記事で試聴する


 残念なのは、ポール本人が「すばらしいエキサイトを巻き起こした」と言っているほど、いい演奏だったとされる最終公演(5回目)の映像が残っていないことなのだが。見てみたい……。


 というわけで来日公演、残っている映像については、演奏はイマイチで、特に初回に関しては、半音下げチューニングで、マイクもグラグラしていて、正直見られたものではない。


 それでもコーラスに限ってはバリバリにハモっているから恐れ入る。

ジョン、ポール、ジョージの動物的なコーラスセンスを感じさせるものだ。


 30分強の短い短いパフォーマンス。もし、テレビ中継された演奏が、音源が残っているいくつかの初期ライブのようにはつらつとしたものなら、キャロルやサザンオールスターズが、この日本に数年早く出てきたのではないかとすら思ってしまう。


 それでも、来日公演の影響は、ジワジワと日本の音楽シーンに浸透していくのである。


──女性ファンは騒いでいたけれど、私はどこか冷静に見ていた。どんなふうにハーモニーを効かせるか、観客を乗せるにはどうするか。そんな観点で、大きな刺激を受けた。


 こう語るのは、福岡から武道館にげた履きでやって来た財津和夫少年である(自著『大丈夫さ』=日本経済新聞出版=から)。この冷静さが、やがて大きな花を咲かせる。チューリップという名の。


 滞在時間はわずか103時間。かくして日本から「ビートルズ台風」は去っていった。

でも、日本では、ここから「ビートルズが始まった」のだ。


▽スージー鈴木(音楽評論家) 1966年、大阪府東大阪市生まれ。昭和歌謡から最新ヒット曲まで幅広いジャンルの楽曲を、社会的な視点からも読み解く。主な著者に「中森明菜の音楽1982-1991」「大人のブルーハーツ」「日本ポップス史 1966‐2023」など。半自伝的小説「弱い者らが夕暮れて、さらに弱い者たたきよる」も話題に。日刊ゲンダイの好評連載をまとめた「沢田研二の音楽を聴く1980-1985」、最新刊「日本の新しい音楽1975~」は大好評。ラジオDJとしても活躍。


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