2021年6月のデビュー以来、トップセクシー女優として第一線を走り続けてきたMINAMOさん(26)。2026年末での引退を表明し、表現者としての次なる歩みに大きな注目が集まっています。

そんな彼女が今回、自身初となる半自伝的小説『母の泥舟』(KADOKAWA)を刊行。本作では自身のルーツや感情を見つめ直し、傷つけ合いながらも求め合う“母と娘”の葛藤を、痛みと優しさを込めて描き出しています。

今回、セクシー女優を目指したきっかけや、これからの活動について、多岐にわたってお聞きしました。

――セクシー女優という仕事を選択した理由は。

セクシービデオだったり、エッチな漫画が、ずっと昔から一途に好きだったのが1つです。あとは結婚を前提に付き合ってた方がいたんですが、別れちゃったんですよ。そのとき彼の仕事先が東京だったんで、私も大阪のOLの仕事を辞めて一緒に上京してて。別れたときにやってたOLの仕事も別に好きでやってる仕事じゃないし、彼と別れたし、もう全部やめようと思って。それで「次の仕事は何にしようかな」って考えた時に、「自分のずっと好きなものを仕事にしたい」と思って。「それは何かな」と思ったら、エロいことだったんです(笑)。

――自ら応募したんですか。

そうですね。

自分の中で入りたい事務所も好きなメーカーも決まってたんです。Rioさんが好きだったので、Rioさんの所属事務所・ティーパワーズに自分から飛び込んで行って。メーカーは『ソフト・オン・デマンド』が好きだったんで、「セクシービデオが好き」って言ってるなら、そこに行くしかないと思って。

――家族には報告しましたか。

デビュー作を撮って、発売1カ月前に母に絶縁覚悟でメールして。「こういう仕事でデビューします」って長文で送ったんです。そしたらお母さんから「一度会って話そう」ってなって実家の京都まで会いに行きました。

――お母さまの反応はどうでしたか。

地元のファミリーレストランで2人で会って、まずは「騙されてやってるわけじゃない」と、それから「誰かに貢ぐためにやってるわけじゃない」とか、心配されるようなことを全部並べていって「違うよ」って。「こういう夢があって、全部叶えるためにやるの」って伝えました。そしたらお母さんが私の話を一通り全部聞いてくれた後に、「そっか、お母さんも実はセクシービデオの監督になりたかってん。なんか、血筋なんかな」って言われて(笑)。

それ聞いて二人して笑って私の緊張もほどけましたね。

■「自分のエロに限界を感じた」

――夢というのは具体的にはどんなことですか。

そのうちの1つに「小説を出すこと」がありました。

――そこから5年の時を経てセクシー女優引退を決断しました。お母さまには報告しましたか。

はい。お母さんは「そうなんや。お疲れ様」って言ってくれると思ったら「ほんまにいいの」って言われました。多分、私がすぐに決めたから、「その時の勢いで決めたんじゃないか。後から後悔しないか」って思って聞いたんだと思います。

――2026年末でのセクシー女優引退を決断した理由は。

理由は色々あるんですけど「やりきった」っていうのと、あとは、自分のエロに限界を感じた。

自分の中で「1番怖いこと」って「抜けない」って思われること。だから「抜ける」って思われてるうちにやめたいなと思ったんですよ。

――スポーツ選手のような引退理由ですね。その後、小説執筆のオファーがあったわけですが、夢の1個が「小説を出す」っていうことでした。その夢が叶いましたね。

めっちゃ嬉しかったんですが、でも正直悩みましたね。「書けるかな」っていうのがすごい不安で。エッセイを書いたこともあったんですが、書く系のお仕事のときは、それ以外のことは何もできなくなって、他がおろそかになってしまうというか。エッセイで結構ひいひい言ってたから「大丈夫かな」って思ったんですよ。でもKADOKAWAさんから小説出すことなんて絶対できないし、せっかくお声をいただいてるんだから、「書きたい」と思って。

――本作では、傷つけ合いながらも求め合う“母と娘”の葛藤が描かれています。MINAMOさんは半自伝的小説を書くことで、ご自身も救われたとおっしゃっていました。

具体的にはどのような部分で救われたと感じられましたか。

書いてるうちに、自分の中でずっと思ってたことや、勝手に抱え込んでたことが、どんどんなくなっていくんですよ。書くことで吐き出していけた感じ。だから書き終わる頃には、もう家族に対して「何も持ってない」ってなっちゃって。やっぱり小説なんで自分の気持ちだけを書くわけじゃないじゃないですか。そのときのお父さんの気持ちだったりお母さんの心情だったり。そしたら「本当はこんなことを思ってたのかな。じゃああの時にこう言ってたのは、こうだったのかな」とか考えちゃって。それで多分スッキリしたんじゃないかと。

■「その子のお母さん、物分かり良すぎるわ」

――相手の気持ちを考えたら当時の言葉の真意に気づいて、腹落ちしたのかもしれませんね。本作についてご家族の反応はどうでしたか。

お母さんに最初の段階の原稿を見せたらダメ出しされましたね(笑)。

最初は、お母さんが、家族のいざこざをなんとかするみたいなふうに書いてたんですよ。そしたらお母さんに「その子のお母さん、なんか物分かりが良すぎるわ。母親も人間やから、やっぱダメやった時もあるし、こんな最初からいい人みたいになってんの、ちょっと変やわ」って言われて。

――母親が「母親のことを良く書きすぎ」というダメ出しも面白いですね。さすが監督志望だっただけのことはあります。今後はどういった活動をしていきたいですか。

もう1作、書きたいなと思います。小説を書くのは大変なんで「もういいです」ってなるんですよ。でも終わったら、「なんか小説、楽しかったな」と思って。「もう1回書こうかな」とか。なんか中毒みたいな(笑)。

――では今後はこのまま小説家の道に進む感じですか。

小説家だけじゃなくて結構マルチにやっていきたいなとは思ってます。タレントとしてテレビ出演もしていきたいですし、あとは美容系のお仕事もやりたいなと。

――2026年末の引退という大きな節目を控え、小説家、そしてマルチなタレントとして新たなステージへ歩み出そうとするMINAMOさん。自らの手で人生の舵を切り直す彼女の物語は、まだ始まったばかりです。

(取材・文:インタビューマン山下)

【PROFILE】

インタビューマン山下

1968年、香川県生まれ。1992年、世界のナベアツ(現・桂三度)とジャリズム結成、2011年に解散。同年、オモロー山下に改名し、ピン活動するも2017年に芸人を引退しライターに転身。しかし2021年に芸人に復帰し現在は芸人、ライター、山下本気うどんプロデューサー、個人投資家、ファイナンシャルプランナーとして活動中。

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