「誰かが言うべき」と分かっているのに、誰も口にできない……そんな空気が流れること、ありませんか?

 今回は、そんな場面に遭遇したある女性が、電車内で目にした出来事をご紹介します。

優先席に座っていた若い男性

 西 由依さん(仮名・29歳)は、ある日の夕方、帰宅ラッシュの電車の中で優先席の前に立っていました。

 吊り革がわずかに揺れるたび、車内には疲れた空気が漂います。


優先席で“足を広げて座る若者”、誰も注意できずにいたら…中年...の画像はこちら >>
「目の前には、優先席なのに足を大きく広げて座る若い男性がいて。スマホゲームに夢中なのかイヤホンもしないでピコピコと軽い音が周囲に漏れているし、マナー最低野郎だなと思いましたね」

 しかもそのすぐ横には、杖をついたおばあさんが立っており、杖に体重をかけながら身体を支えるのが辛そうに見えたそう。

「でも、誰も注意する人はいませんでした。私も含めて『言ったら面倒なことになる』そんな雰囲気だったんです」

誰も動けない、張り詰めた車内の空気

 ですがその瞬間、優先席の近くに立っていた中年男性が静かに口を開きました。

「その男性は真顔で『では、問題です』と言ったんです。司会者のようなハッキリとした口調でした。場違いに思える言葉なのに、彼の声には妙な落ち着きがあったんですよね」

優先席で“足を広げて座る若者”、誰も注意できずにいたら…中年男性の“追い込み方”が強すぎた
画像はイメージです(以下同)
 その男性は、グレーのジャケットにシンプルなシャツという落ち着いた装いで、姿勢がよく、どこか人前で話し慣れたような雰囲気がありました。声はよく通る中低音で、張り上げているわけではないのに不思議と耳に届きます。語尾をきっぱりと切る話し方は、まるで本物のクイズ番組の進行役のように見えたそう。

クイズの内容は?

 男性は優先席のマークをすっと指さし「このマークは、何を意味するでしょう?」と、少しだけ口角を上げてから間を取りながら言いました。

優先席で“足を広げて座る若者”、誰も注意できずにいたら…中年男性の“追い込み方”が強すぎた
電車 優先席
 車内がしんと静まり返ったその時……。

「少し間があって、近くにいた小学生が『譲るやつー!』と元気よく答えたら、その男性は『正解です』と微笑んだんですよ」

 その「正解です」は少しトーンが上がり、場の空気を和らげるような優しい響きでした。ほんの一瞬、車内に柔らかな笑みが広がります。

若者の逃げ場を塞ぐ、第2問

 しかし次の瞬間、男性は再びゆっくりと視線を動かし、例の若い男へと向け「では、もう1問」と、今度はわずかに声のトーンを落としました。

「すると今度は『今この状況で、その席に座り続ける人はどう見えるでしょうか?』なんて言い出したので、私は『これは一触即発だ』とドキッとしてしまって」

 その声は先ほどよりも低く、落ち着いていながらも、若者の逃げ道を塞ぐような迫力がありました。


 一瞬の沈黙の後、周囲から「うわ……」「これはキツい……」などと囁く声が漏れ、確実に本人の耳にも届いているようでした。

 すると若い男性の顔がみるみる赤くなり「は? 別に俺が先に座ってたし……」と小さく反論するものの、さっきまでの威勢はなくなっていたそう。

 男性はその言葉を聞くと、ほんのわずかに首をかしげ、あえて考えるような間を置きます。

「そしたら男性は『なるほど。先に座った人が優先される席でしたか。初めて聞きました』と明らかにトドメと思われる発言をして。車内のあちこちから笑い声が漏れて、私もついクスッとしてしまいましたね」

空気が変わったあとに残ったもの

 その言い方はどこまでも穏やかで、だからこそ皮肉が際立っていました。

 すると逃げ場のなくなった若い男は、乱暴にスマホをポケットに突っ込み、ガタンと音を立てて立ち上がると、その拍子にバランスを崩してよろめき、転びそうになりました。

「誰も『大丈夫ですか?』なんて声はかけませんでした。さっきまでの彼と同じように」

 若い男性は、居心地の悪さに耐えきれなくなったのか、そのまま次の駅で逃げるように降りていったそう。

 ドアが閉まると同時に、張り詰めていた空気がふっと柔らかくなります。

優先席で“足を広げて座る若者”、誰も注意できずにいたら…中年男性の“追い込み方”が強すぎた
電車
 例の男性はすぐに表情を緩め、先ほどまでの司会者の顔をすっと消し「どうぞ」と、穏やかな声でおばあさんに席を譲りました。


 おばあさんは何度も頭を下げながら「本当にありがとうございます」と感謝を伝え、ゆっくりと席に腰掛けたそう。

「その光景を見て、私は胸の奥がすっと軽くなるのを感じました。もしかしたら、この独特な男性はただ者ではないのかも? とちょっとワクワクしちゃいましたね」と微笑む由依さんなのでした。

<文・イラスト/鈴木詩子>

【鈴木詩子】
漫画家。『アックス』や奥様向け実話漫画誌を中心に活動中。好きなプロレスラーは棚橋弘至。著書『女ヒエラルキー底辺少女』(青林工藝舎)が映画化。Twitter:@skippop
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