終戦の日、高市内閣が歴史修正主義の本質を改めて露わにした。小泉進次郎防衛相をはじめとする4閣僚、自民党4役が靖国神社に参拝を行い、首相の高市早苗氏も公式参拝こそ見送ったものの、隣接する日本武道館の駐車場から「遥拝」した。
しかも、首相周辺は、高市首相が〈車から降りて靖国神社がある北西の方角に向かい、「二拝二拍手一拝」をした〉ことなどをわざわざメディアに報道させる念の入れよう。これは支持勢力の右派にアピールしながら、国際社会向けには参拝していないと言い張る姑息な作戦なのだろう。
しかし、この“なし崩し参拝”がアジア諸国から反発を受けるのは必至だ。中国との緊張関係がさらにエスカレートするのはもちろん、小泉防衛相の参拝については、韓国と進んでいる軍事協力に大きな影響を与える可能性もある。
だが、閣僚や党役員の靖国参拝がありえないのは、外交への影響があるからではない。靖国神社の問題はもっと本質的なこと、施設そのもののグロテスクな性格にある。
靖国に参拝した政治家たちは必ず、「国のために尊い命を犠牲にした方々を哀悼し、不戦の誓いをすることの何が問題なのか」と、その正当性を主張する。
たとえば、小泉氏も今回の参拝後、記者団の取材には応じなかったものの、コメント制限を行っているXにこんな投稿をしている。
〈今朝、靖国神社を参拝しました。初当選以来、8月15日に参拝を続けています。国のために尊い命を犠牲にされた御英霊に対して哀悼の誠を捧げるとともに、尊崇の念を表し、ご冥福をお祈りしました。そして、不戦の誓いとともに、戦後の日本がひたすらに平和国家の歩みを積み重ねてきた責任をこれからも果たす決意を新たにしました。
しかし、こんな弁明はすべてインチキだ。靖国神社は不戦を誓う場どころか、戦没者を哀悼する施設でもない。大日本帝国が戦意を煽るために恣意的につくりあげた施設なのだ。
実際、自民党の右派議員や極右知識人らはこれまでそのことをはっきり認めてきた。
「靖国神社というのは、不戦の誓いをするところではなくて、『祖国に何かあれば後に続きます』と誓うところでないといけないんです」(稲田朋美元防衛相 赤池誠章衆院議員らとの座談会、「WiLL」06年9月号/ワック)
「首相が靖国に参拝することの意味は『不戦の誓い』だけで終わってはなりません。『他国の侵略には屈しない』『祖国が危機に直面すれば、国難に殉じた人々の後に続く』という意思の表明であり、日本が本当の意味での『国家』であることの表明でなければならないのです」(渡部昇一、八木秀次との共著『日本を弑する人々』PHP研究所)
それを証明するのが、靖国の一角にある遊就館だ。この施設の展示内容がグロテスクでかつ偏った歴史修正主義に基づいていることは2019年、イギリスのタイムズ紙が英国軍のラグビーチームの靖国訪問を批判した記事の中で、詳しく報じているので紹介しよう。
タイムズ紙は遊就館が、いかに日本の戦争を美化し、史実を捻じ曲げた展示をおこなっているかについて、こう指摘する。
〈遊就館は、特攻兵器・人間魚雷回天の潜水員などの遺物を崇敬するように展示している。パネルでは、戦争を始めた日本の責任を認めず、石油や原材料などのアメリカの制裁によって真珠湾攻撃は「追い込まれた」と主張する。
その最も異常な主張は、南京事件と呼ばれるものについてだ。日本以外ではthe Rape of Nankingとしてよく知られている。
遊就館のパネルには「中国軍は完全な大敗を喫して、多数の犠牲者を苦しめた」「南京市内では一般市民の生活に平和がよみがえった」というように書かれている。他方、ほとんどの外国の研究者や多くの日本の歴史家は、南京市街陥落において何万人あるいは何十万人の中国兵と女性や子どもを含む民間人が殺害されたと考えている。〉
(翻訳は編集部による。以下同)
さらに、遊就館が日本の戦争犯罪を完全にネグっているという事実も強調している。
〈大日本帝国軍の「慰安婦」あるいは性奴隷、生きている戦争捕虜を使って生体兵器の人体実験をおこなっていた731部隊についての言及は、ここにはない。保存状態のよい泰緬鉄道の機関車が目立つように展示されているが、この鉄道を敷設させられたおびただしい数の連合軍捕虜が耐えた苦痛、そして彼らが泰緬鉄道を「死の鉄道」と呼んでいたことには一切触れていない〉
この展示内容を見るだけでも、靖国が過去の戦争を美化し、日本国民をこれから戦地へ送り込み、国に命をかけさせるためのイデオロギー装置であることは明白だろう。
こうした展示内容を踏まえて、タイムズ紙は、靖国神社の本質についても言及している。
〈日本の右派にとって、東京の靖国神社は愛国的に欠かせない場所だ。〔一方で、〕他の多くの日本人やアジアの人々にとっては、ジンゴイズム〔jingoism:盲信的、高圧的かつ好戦的な自民族優越主義的ナショナリズムの極北〕と嘘まやかしの神社であり、日本の植民地となった韓国や中国の人々を依然として身震いさせる攻撃的なナショナリズムの培養器である。〉
〈靖国は民間機関であり、政府の神社ではない。問題は、東京裁判で有罪判決を受け、絞首刑に処された東條英機を含む、14人のA級戦犯だ。彼らは1978年に密かに祀られた。
靖国神社が単に戦没者を哀悼する施設でなく、国民を戦地に送り込むための施設であることは、その成り立ちを見ても明らかだ。
靖国神社はもともと、戊辰戦争での戦没者を弔うために建立された東京招魂社が起源だが、この時に合祀されたのは官軍側の戦死者だけだった。彰義隊や会津・白虎隊は誰一人祀られなかったし、のちの西南戦争で逆賊扱いとなった西郷隆盛も靖国には祀られていない。ようするに、靖国は明治新政府=薩長政権のために戦い、死んだ兵だけを祀る“排除と分断”の神社として始まっているのだ。
しかも、その後、明治政府が天皇を頂点とする独裁支配を確立するためのイデオロギーとして「国家神道」という概念を作り出すと、1879年別格官幣社「靖国神社」に改称、陸軍省・海軍省の管轄となり、天皇のために死んだ兵を“英霊”と呼ぶなど、戦意高揚の装置としての性格を強化。太平洋戦争でも、戦地に駆り出される兵士たちの「靖国で会おう」の合言葉が示すように、無謀な戦いに突き進む精神的支柱となった。
このグロテスクな性格は、日本が敗戦し、戦後になって、靖国神社が国家施設から宗教法人になっても全く変わらなかった。戦闘で戦って死んだものは、信じる宗教に関わらず強引に「英霊」として祀られる一方で、数十万人にも及ぶ空襲や原爆の死者などの戦災者は一切祀られていない。
さらに、1979年には、極東裁判で重大な戦争責任の判決を受け、処刑をされたA級戦犯を、靖国神社が前年密かに祭神として合祀していたことが発覚。侵略戦争でアジア諸国に災禍をもたらしたことについてはもちろん、多くの国民を犠牲にしたことについても何の反省もしていないことを露呈した。
周知の通り、このA級戦犯合祀については、昭和天皇の側近であった元宮内庁長官・富田朝彦が遺した「富田メモ」が発掘され、昭和天皇が合祀に強い不快感を持っていたことが明らかになった。昭和天皇は1975年を最後に靖国に参拝しなくなっていたが、A級戦犯の合祀が原因だったことが完全に証明されたのである。
天皇までがその存在を忌避していたという事実。これひとつをとっても、靖国神社が戦後、「戦死者を祀る」だけではない、危険な戦前回帰を強めていったことは明らかではないか。
靖国は戦後、内部で戦前回帰志向を強めただけではない。2000年前後ごろからは、歴史修正主義的な言論の盛り上がりに乗っかる形で、積極的にさまざまな政治的動きを仕掛けるようになる。
とくに、2018年、安倍元首相の後見人として知られるJR東海の葛西敬之会長や神道政治連盟幹部らの推薦で小堀邦夫氏が宮司に就任すると、その動きはエスカレートした。
そのひとつが、「みたままつり」などを使った若者の教化路線だ。みたままつりをめぐっては、風紀の乱れなどがあり、小堀氏の前任の徳川康久宮司が「静かで秩序ある参拝をしてほしい」として、露店の出店を禁止するといういきさつがあった。
ところが、小堀氏は、みたまつりが資金集めと「将来の靖国の若者の教化の格好の機会」ととらえ、中止されていた露店出店を再び解禁したのである。
また、小堀氏は天皇の参拝を実現しようと躍起になった。そして、2018年6月20日、靖国神社の社務所会議室で行なわれた「第1回教学研究委員会定例会議」では、当時の天皇(現・上皇)に対するこんな攻撃的な批判を口にしていたことが発覚した。
「陛下が一生懸命、慰霊の旅をすればするほど靖国神社は遠ざかっていくんだよ。そう思わん? どこを慰霊の旅で訪れようが、そこには御霊はないだろう?」
「はっきり言えば、今上陛下は靖国神社を潰そうとしてるんだよ。
さらに、小堀氏はこのとき、当時の皇太子(現・天皇)と皇太子妃(現・皇后)に対してもこんな発言をしていた。
「(今上天皇が)御在位中に一度も親拝なさらなかったら、今の皇太子さんが新帝に就かれて参拝されるか? 新しく皇后になる彼女は神社神道大嫌いだよ。来るか?」
小堀宮司はこの発言の発覚でその年の秋に退任に追いやられたが、靖国拡大のためには天皇までをも攻撃する靖国至上主義と若者向け教化拡大路線は引き継がれ、靖国は最近禁止されたものの、軍服コスプレが闊歩する愛国エンタメと、戦意と極右思想を煽るイデオロギー装置という二つの要素が合体したグロテスクな性格をますます強めていったのである。
いずれにしても、靖国神社の理念が「祖国を平安にする」「平和な世を実現する」などという建前とは程遠い、国家のために身を捧げる“新たな英霊”を用意するためのイデオロギー装置であることは明白だろう。
そして、靖国神社を参拝するということは、先の大戦に対する反省や、多くの国民を犠牲にした贖罪を伴った行為とは真逆の行為なのだ。
ところが、閣僚やその他多くの政治家が徒党を組んで靖国に参拝しても、メディアはせいぜい中国や韓国の批判や外交上の懸念を伝えるだけで、本質的な批判はほとんどなされない。
その結果、この国ではいつのまにか本来は靖国に参拝することが正義で、中韓の圧力に屈して参拝できないことがおかしいという空気が広がってしまった。
そして、政治家もその空気を利用するようになった。
典型は小泉防衛相だ。今回、共同通信が、「小泉氏参拝、日韓防衛協力に懸念 防衛省幹部、韓国側反応に身構え」という当然の記事を配信したところ、小泉氏は共同が記事に安圭伯国防部長官と握手している写真を添えていたことに噛みつき、こんな投稿を行ったのである。
〈なぜ日本のメディアが外国政府から提供された写真でこのような内容の記事を配信するのか理解不能。「韓国の反応に身構えてる防衛省幹部」という見出し…。
最近、右派を煽り、報道圧力をかける手法が目立つ小泉防衛相だが、外国政府提供の写真を使うなとは、敵性語を取り締まった戦中の軍国政府並みの発想ではないか。
しかし、こんな政治家の姑息な圧力に屈しないためにも、メディアは外交問題のレベルにとどまらず、もっと本質的な靖国批判を行っていく必要がある。
政治学者の白井聡氏は、『「靖国神社」問答』(山中恒著・小学館文庫)の解説で、いまの靖国をめぐる状況を打破する唯一の方策として、こんなことを書いている。
〈多くの人が、靖国の原理を理解すること――すなわち、そこには普遍化できる大義がないことを知り、「勝てば官軍」の矮小な原理を負けた後にも放置しながら、あの戦争の犠牲者たちに真の意味で尊厳を与えるための施設としては致命的に出来損ないであり続けているという事実を知ること――がなされるならば、誰もがこの神社を見捨てるであろう〉
メディアが伝えるべきなのは、まさに「靖国の原理と出来損ないの事実」なのではないか。

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