「どうかふつうにしていてくれよ」と願う私は、
「ふつうの娘で、ふつうの女であってほしい」と長年私に求めてきた母と同じかもしれない。
そう気付いて、少し変な母をそのまま受け入れることにした――
衝撃のデビュー作『夫のちんぽが入らない』から約10年。
ウェブメディア「OHTABOOKSTAND」の大人気連載「おしまい定期便」に大幅な加筆修正と書きおろしを加えた『わからないまま母と生きる』(9月18日発売)から、「はじめに」を先行公開します。
私は家族の話しか書けない。デビュー以来、エッセイの題材といえば自分の話か、家族の話がほとんどだ。さらに遡り、ブログの更新に明け暮れていた二十代、三十代の頃も、やはり同じだった。家族が大好きというわけではない。むしろ苦手意識が強かったが、同僚や周囲とのつながりはもっと希薄で、結果的に身内のことばかり書いていた。家族とうまくいっていないからこそ、遠巻きに眺めるようにして父や母の動きをこそこそと記録してきた。そんなことを二十年以上続けているうちに、気付いたら家族の内側に入り込んでいた。
息苦しくなるような過疎地で、昔ながらの考えを貫く母の言葉に縛られ、早くここから逃げたいと願っていたのに、夫の異動で一年前から故郷で暮らすことになった。実家まで徒歩十分圏内に住んでいる。数ある候補地の中から偶然引き当てるなんて、逃れられない運命のようなものを感じた。
調子を崩しては辞めるを繰り返しながら、たまに外に出て働いてきた。職場全体の飲み会に参加することはあっても、個人的な付き合いをするまでには至らなかった。「ごはん行きませんか?」と勇気を出せば誘える距離の人はひとりくらいいたはずなのに、そんなことを考えもしなかった。友達がほしい、という感覚を持たないまま中年になってしまった。
仕事が終わったらすぐ家に帰りたい。休みの日に誰かと遊ぶ約束をしたくない。ひとりになりたい。じゃあなんで結婚したんだ、と思われるかもしれないが、夫は私が大学生のときに初めてできた「友達になりたい人」だった。田舎から出てきて「親の言うことが絶対」という古い教えにがんじがらめになっていた私は、ルールに縛られず自由に生きている彼を見て「こんな風になれたらな」と憧れた。彼もまた両親の一方的な願望に縛られ、精神を病み、逃げるように家を出てきた人だと知ったのは、結婚してしばらく経ってからだった。
友達のいない者同士、ちょうどよかった。就職してからは数年おきに転勤があり、知らない街で新たな人間関係が生まれる。
「ちゃんと栄養のあるごはんを作ってあげてるのかい? あんたみたいななんもできない病人と結婚してくれているだけでありがたいことなんだから、旦那様にしっかり尽くして感謝して暮らしなさい」
いつの時代だよ、と思いながら母の決まり文句を聞き流す。
私が遠方の病院に泊まりで通う日には、こんなやりとりも発生する。
「留守のあいだのごはんを作り置きしてあげたかい?」
「するわけないでしょ。子どもじゃないんだから」
「じゃあお母さんが何か作って届けてあげようか」
「そういうのいらない。うちでは自分のことは自分でやるの。お父さんとは違うの」
「あんたはなんて冷たいことを言うの」
そう母が嘆き悲しんで決裂するまでがセットになっている。
母を前にすると私も気が荒くなる。
私自身が変われたのは、書く場所をもらい、それを仕事にできた頃からだ。ネットの世界から外に飛び出し、たくさんの人の考え方や生き方に触れているうちに、母の言葉に振り回され、縮こまって生きていることがもったいなく思えるようになった。言われたら言い返す練習を重ね、いまでは「くそ」と腹を立てることはあっても、落ち込むことは滅多にない。そして、思う。本当は職や立場のない時代でも必要以上に自分を貶めることなく笑って生きていればよかったのだと。
三年前に父が亡くなり、家族のかたちが変化した。ひとりになった母は腎臓の病気が見つかったり、庭木の剪定中に脚立から落ちて怪我をしたり、肩の手術をしたりと一気に身体が弱くなった。ひとり暮らしの高齢者が狙われる物騒な事件も増えている。
子どもの頃、ブームに乗って購入してくれたファミコンを「馬鹿になるからやめろ」と取り上げ、捨てた母がスマホのゲームに夢中になっている。「ダイソーのタッチペンって便利だね。簡単にクリアできるようになったよ」と感心しながら背中を丸め、すごい勢いで連打している。「ネットのオークションで勝ち取った」と世の中の誰も欲しがらないような大きな猫がプリントされたTシャツを自慢げに見せてくる。母もまた新しい世界に足を踏み入れ、変化している。これまでは自分ひとりの人生を楽しむ余裕がなかったのだ。
言いなり、無視、嫌悪、離れる、近付いてみる、一緒に行動する。長い時間をかけて母との距離が縮まってきた。母を振り切るほどの勇気はなかった。
書誌情報
『わからないまま母と生きる』
著=こだま
価格:1800円+税
仕様:四六判/192ページ(予定)
下記リンクからご予約いただけます!
書籍情報(太田出版Web)AmazonCredit: 文=こだま
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