1年前、地元の駅前の繁華街からは少し離れている場所に突然酒場がオープンした。酒飲み友達のあいだで噂になっていたお店に、数日前ようやく行くことができた。
大泉学園に「さにょる」という不思議な名前の酒場がオープンしたのは、およそ1年前のことだ。
僕は買いものなどでよく通る道だが、駅前の繁華街からは少し離れているので、こんな場所に酒場が!? と興味を持った。などと言っておきながら、やっと初めて行けたのがつい数日前なんだけど、ここが地元の飲み友達などから聞いていた噂どおりの名店だった。
本連載の担当編集者である森山裕之さんと僕の家の最寄駅は、西武池袋線で大泉学園のお隣、石神井公園。おのずと会うのは都心部ではなく、地元が中心となる。この日も打ち合わせの必要が突発的に生じ、今夜どこかの酒場でやりますか、ということになった。そこで提案させてもらったのが、地元エリアの課題店だった、さにょる。
まだ若いご夫婦が始められた店らしく、カウンターとテーブル数席の店内は、かなりモダンなセンスだ。看板のデザインや、窓ガラスに大きくプリントされたロゴにも、今風の遊び心がある。
席に着くやいなや、気になるメニューを発見。
で、結論から先に言ってしまうと、これが美しいまでに完成された、非の打ち所のないセットだった。
どの料理もていねいに作られていて、しかも独創性がある。名物のひとつである豚バラ串は、薄切りの肉を串に巻きつけ、ほんのりと衣をつけて揚げ、ぽん酢ベースっぽいたれをじゅわっとかけたような一品。熱々でさくさくでジューシー。肉の量もしっかり食べごたえがあって、これが単品だと1本100円というのもすごい。
枝豆の浅漬けはその名のとおりだが、ゆでてから漬けてあるそのひと手間が酒飲み的には嬉しいし、なにより、なんで今までこの味を知らなかったんだろう! というくらい、つまみに良すぎる。
極めつきは炙りイカゲソマヨで、ひと口食べた瞬間、ふいの感動に包まれた衝撃で、しばしフリーズしてしまった。
たっぷりのいかげそが炙られ、平皿に平らに盛られている。その上を、かつて酒場で見たことがないくらいの量のマヨネーズが覆いつくしている。あえてある、に近いかもしれない。マヨネーズがほんのりと茶色く、適度にゆるいので、醤油やなんらかの調味料を加えたオリジナルソースと言ったほうがいいだろうか。ほんのりと燻製香もあるような気がする。さらに、七味と青のり。ところどころが焦げたいかが香ばしく、そこにとろりと濃厚なマヨソースが絡み、いかげそ界の至宝だ。
当然酒がすすみ、「ホッピー 中」(280円)、「芋焼酎 薩摩宝山」(500円)のソーダ割りと、テンポが上がってゆく。もちろんつまみもまだまだ頼む。日替わりボードから「梅ニラだれ厚あげ」(580円)、グランドメニューから、「タコブツの青唐辛子醤油和え」(680円)、「ホルモンの天ぷら」(730円)、「しょうが焼きそば」(630円)。
「梅ニラだれ」という字面だけでも酒が飲めるのに、それが炙られた厚揚げにたっぷりのっている。たこぶつは、青唐醤油にほんのりと大葉の香りが利かせてある。脂ののった牛ホルモンの天ぷらという絶対に重いはずの料理が、ポン酢風のたれにつけると不思議と軽快に食べられる。どれもこれも、なんと才気みなぎる料理なんだろうか。
ぷりぷりとした太麺を甘めのソースとしょうが風味で炒めた焼きそばは、どこかお好み焼きなどの粉もんを思わせる味で、これまたつまみにいい。本当に何気なく、これにいかげそをちょんとのせて食べてみて、またまた衝撃が走った。これは……炙りイカゲソマヨしょうが焼きそばだ!
って、ただメニュー名を並べただけなんだけど、そのあまりの相性の良さを的確に表現する言葉を探す気力が、もはやなくなってしまった。今目の前に、炙りイカゲソマヨしょうが焼きそばがあって、それをつまみに酒が飲めている。それでいいじゃないか。言葉はいらない(仕事放棄)。
長く料理人をされていたというご主人は地元在住で、地域の人々が集まる遊び場のような店を作りたいと、大泉で自分の店を始めたのだそう。その際、他にも名酒場がたくさんある街で、あまり普通の料理で勝負してもおもしろくないからと、独創性のあるメニューをあれこれ考えるようになったのだとか。
と、一度行っただけの僕が偉そうに語ってしまったが、まだまだ頼んでみたいメニューがありすぎる店。今後とも末長く通わせてもらいたい。
あ、そういえば、不思議な店名の由来をうっかり聞き忘れてしまったので、次回は忘れずに聞いてみよう。
* * *
『酒場と生活』毎月第1・3木曜更新。次回第55回は2026年9月3日(木)17時公開予定です。
Credit: 文・イラスト=パリッコ
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