沖縄戦の遺族らに贈る小物作りに、県立那覇高校インターアクト部が取り組んでいる。材料は糸満市や那覇市の壕で収集したガラス瓶。
溶かしてキーホルダーや本のしおりに加工し、23日の慰霊の日の催しなどで希望者に手渡す考えだ。生徒たちは「沖縄戦では遺骨も形見も見つからない人が多い。手作りの品をきっかけに、遺族の思いに耳を傾けたい」と話す。(社会部・新垣綾子)
 「心のこもったアクセサリーを持ち帰ることができてうれしい」
 今月初旬、那覇市内で那覇高生と交流し、思いがけない贈り物を受け取ったのは佐賀県に住む渡辺礼子さん(61)。夫の岳見(たけみ)さん(57)と一緒に、あめ色や深緑色のガラスがきらめく小物を見つめた。
 渡辺さんは、戦時下の沖縄に赴任し殉職した朝日新聞記者、宗貞(むねさだ)利登(としと)さん(享年44)の孫に当たる。昨年も、遺骨収集ボランティアの浜田哲二さん(63)、律子さん(61)夫妻の案内で沖縄を訪問。祖父が最後に目撃された糸満市摩文仁の軍医部壕で、遺骨収集に取り組んだ。
 小物の材料には、その際に集めたガラスのかけらも使われていると聞き「息子夫婦や娘、もうすぐ生まれる孫にも宝物にしてほしい」と家族の分を合わせて両手で包み込んだ。
 生徒たちは慰霊の日に向けて、浜田さん夫妻が糸満市喜屋武で構える事務所などで約250の小物を制作。電気炉で900度近くまで加熱し、表面張力で丸くなったガラスに金具を付けてキーホルダーやしおりに仕上げている。
 壕に残されたガラス瓶には、米軍の火炎放射攻撃で焼かれ変形したとみられるものも多い。
3年の山盛芽生(めい)さん(17)は「壕の中にいた人たちが、瓶が溶けるほどの高温にさらされていたと思うと心が痛い」と想像を巡らせた。
 小物は那覇高校の前身、県立第二中学校の戦没者を悼む二中健児の塔の慰霊祭などで、平和を願うメッセージカードを添え希望者に手渡すことにしている。
 2年の佐和田舞優(まゆ)さん(16)は「亡くなった人たちに思いをはせるものの一つになったらいい。今も世界のあちこちで戦争が起きている中、私にできることを考えていきたい」と決意を込めた。
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沖縄戦の炎で変形したガラス瓶、平和を伝える手作り品に 那覇高生が制作 遺族「孫の宝に」
ガラスの小物を作った那覇高校生と話す渡辺礼子さん(左から2人目)と夫の岳見さん(左)=3日、那覇市・タイムスビル(金城拓撮影)
沖縄戦の炎で変形したガラス瓶、平和を伝える手作り品に 那覇高生が制作 遺族「孫の宝に」
溶かしたガラス瓶で作ったキーホルダーやしおりを手にする那覇高校生=5月、糸満市喜屋武
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