心が辛いときには、どうすればいいか。がん研究会有明病院腫瘍精神科部長の清水研さんは「自己否定が強くて苦しい状態でも、その考えをいきなり変えようとしてはいけない。
今までとは異なる行動パターンを試してみることから始めるといい」という――。
※本稿は、清水研『こころの傷つきをなかったことにしないでください』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■これまでの「厳しい脚本」を否定しない
私がカウンセラーの側に立つ場合、まず行うべきことは、患者さんの話をよく聴いて、その人が歩んできた道のりをしっかり理解することだと思っている。
そして、その人の自己否定が強くて苦しそうだとしても、その考えをいきなり変えようとしたり、否定したりすることはしない。なぜならその働きかけは、さらなる自己否定や傷つきにつながってしまうからだ。
患者さんの話を聴いたのち、私がいちばん最初にかける言葉は、「与えられた環境の中で、そうやって生きてくる必要があったのですね」というような内容であることが多い。
つらい価値観や行動を変える前に、することがあるのだ。それは、「なんでいつもこうなんだろう!」という否定的な見方を、「そうか、同じことを繰り返してしまうけど、自分はこのように生きてこざるをえなかったのか!」という認識に変え、今まで苦労して歩んできた道のりを愛することである。
実際、その苦しい生き方をその人が選択してきたのは、その人に落ち度があったのではなくて、厳しい脚本を渡され、その脚本に沿って生きていかざるをえなかったからなのだから。
■mustに反抗し、wantを育てる
自分を縛っていたmustの存在に気づいたうえで、自己否定の声が小さくなってきたら、やっとmustへの反抗を始めることができる。つまり、今までとは異なる行動パターンを試してみるのだ。
私にも、それまで越えられなかった一線を越えることができた、思い出深い日がある。
その日は仕事関係者の会合に参加する予定だったが、自分がいてもいなくても、結果は大して変わりがないように感じ、気が進まなかった。
以前ならば「それでも責任は果たさねばならない」という考えから会合に出席し、終わった後にむなしい気持ちになることを繰り返していた。
ただ、そのときは折しも、こころをひかれていた絵本作家、ターシャ・テューダーの人生を描いた映画が公開中で、その日を逃したら映画を見られないかもしれないという気持ちもあった。そこで私は勇気を出して会合を欠席して、映画を見に行ったのだ。
ターシャ・テューダーは50代後半でアメリカの田舎町に移り住み、自給自足に近い1人暮らしを始め、生涯続けた。そのライフスタイルはアメリカだけでなく日本でも話題となり、熱心なファンを獲得している。
映画では、「自然の美しさのなかで過ごす日々は、毎日がバケーションのようだ」との言葉どおり、自分のこころのままに生きているターシャ・テューダーの姿が描かれていた。映画が終わったときは感動と温かさに包まれていた。
■リスクが少ないことから実験して方向を探る
その夜、眠りにつくときも私のこころは“ほかほか”したままで、充実感が続いていた。今までの自分では得られなかったものだったので、勇気を出してとった行動に対して、「やっぱりこの方向でいいんだ」と、確信めいた感覚も持てた。
それからは、「must」に背いてもいいんだと自信を持つことができ、反抗のやり方が徐々に大胆に、自由になっていった。
自分の経験から言うと、「must」への反抗の仕方は、たとえば転職のような大きなことには最初は踏み出さず、ささやかな行動から始めるのをおすすめする。

リスクが少ないことから実験してみて、「自分が求めている方向はこちらだろうか」と探りながら進める。
そうすると、それまでこころの奥底に閉じ込められていた「want」の自分が、「こちらでいいんだよ」というレスポンスをしてくれるようになる。
最初は「want」の声がわかりにくいので、道に迷ってしまうこともある。そんなとき私は胸に手を当て、「want」の自分は何を欲しているのだろうと聴いてみる。そして、少しでもワクワクするようなことが見つかったら、コストがかかってもきちんと取り組むようにする。
たとえば、行きたいコンサートがあり、東京の公演はチケットが売り切れていて、名古屋ならまだチケットがあるとする。
それまでの自分だったら、「名古屋まで行くこともないな」とあきらめてしまうかもしれないが、「コンサートに行きたい」という胸の高鳴りを少しでも感じたら、それを無視せず行動に移すのだ。
こうやって「want」の声をキャッチして行動することで、自分自身の「want」の声がだんだん大きくなり、はっきり聴こえてくるようになる。「want」がメッセージを発しても、自分が無視してしまったら、その声はまたしぼんでしまう。
なので、特にmustに反抗し、wantを育てるというプロセスを開始した最初は、「want」の声を育てるという意識を持つほうがよい。続けているうちに無視できないぐらい「want」の声が大きくなり、そうすればもう後戻りすることはなくなるだろう。
■怒りには、自分の価値観が隠れている
wantに沿った行動をとるために、実はカギとなる感情があり、それは「怒り」である。
自分の場合は、mustとの闘いを地道に続けていったが、「怒り」を表現することで、その闘いの日々に終止符を打つことができた。
怒りの感情が湧くのは「こうあってほしい」という期待が裏切られたときだ。なので怒りは、願望を実現するための武器である。
そして、我慢して生きている人に湧く怒りは、自分の根っこにある本質の「こうしたい(want)」から出てきていることが多く、怒りを感じているということは、自分が傷ついているサインなのだ。
一方で、怒りが湧いてきたときは、自分が縛られている「こうあるべき(must)」から自由になるチャンスでもある。
怒りをおぼえたときにどうすればいいのか。短絡的に暴言を吐くなどすれば、自分も損をする。最良の戦術を吟味するため、いったん態度を保留にして、持ち帰るとよいだろう。
怒りを感じたとき、丁寧に心の内を見て解像度を上げていくとよいだろう。怒りを深く掘り下げていくと、自分の価値観の本質に行き着くからだ。
たとえば、部下に「なぜもっときちんと仕事をしないんだ」と腹が立つとき。部下にも非があるかもしれないが、部下に怒っているようで、実はそれは「きちんとしなければならない」という「must」への怒りなのかもしれない。

「must」に縛られ我慢している苦しさが、のびのびしている部下への嫉妬になって怒っているのだ。「いい人」や「頑張りやさん」ほど、理不尽なことを我慢して、多くの怒りを抱えている。
私も、相手の都合のよいように扱われても文句を言えず、怒りが積み重なっていった。
■怒りを上手に解放することが豊かな人生に
40代のあるとき。私は我慢の限界を迎えたのか、当時の上司の言動を看過できず、初めて怒りを爆発させた。それはまさに爆発だったので、どう転ぶかわからない、おすすめできない怒り方だった。
しかし、私の場合は結果的にその怒りが自分を解放するきっかけとなった。それからは、「都合のよいように扱われる」ことには、適切に怒りの感情を働かせて、「NO」と言えるようになったのだ。
もちろん、納得がいかなくても周囲に従うことが今でもある。そういうときも、ただ我慢するのではなく、「これぐらいは譲ったほうが楽だな」とか、「この組織にいたいので今回は人間関係を円滑にするほうを選んでおこう」と、自分のための戦略に基づいた選択であることを、決断前に確認する。
必要なときには怒りの感情を働かせて、人と対等な関係を築く。その結果、自分の「want」の声を大切にできるようになり、最近はそこまで腹が立たなくなった。
怒りを上手に解放することは、豊かな人生につながるのだ。

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清水 研(しみず・けん)

精神科医・医学博士、公益財団法人がん研究会有明病院腫瘍精神科部長

1971年生まれ。金沢大学卒業後、内科研修、一般精神科研修を経て、2003年より国立がんセンター( 現・国立がん研究センター)東病院精神腫瘍科レジデント。以降一貫してがん専門の精神科医として活動し、対話した患者・家族は5000人を超える。2020年より現職。日本総合病院精神医学会専門医・指導医。日本精神神経学会専門医・指導医。著書に『もしも一年後、この世にいないとしたら。』(文響社)、『他人の期待に応えない』(SB新書)、『不安を味方にして生きる』(NHK出版)など多数。

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(精神科医・医学博士、公益財団法人がん研究会有明病院腫瘍精神科部長 清水 研)
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