※本稿は、清水研『こころの傷つきをなかったことにしないでください』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■根治できる可能性は絶望的な希少ながん
加茂あかりさんは高校卒業後に予備校に通いだしたが、6月に激しい腹痛を自覚するようになり、病院を受診したところ、肝未分化胎児性肉腫という、「希少がん」と言われる中でも、非常にまれな病気であることがわかった。
希少がんとは、人口10万人あたり6例未満の「まれ」な「がん」を指す。乳がんや大腸がんなどの場合は、検索すればたくさん体験談を目にすることができるが、加茂さんは自分の病気について検索しても、そのような記事は皆無だった。
手術をしたが、その後再発して、化学療法を受けることになった。加茂さんは自分で医学情報にあたったそうだが、肝未分化胎児性肉腫が再発すると、根治に至ることができる可能性は絶望的な数字であったことを記憶している。
彼女は理屈的死生観という表現を使ったが、死んでしまえば何も感じなくなるので、このころは死ぬこともそれほど怖いとは感じなかったそうだ。
■死が日常に入り込んでくる
治療を始めたころは、同級生に置いていかれる焦りがあったが、再発した後は、そういう気持ちはなくなった。小児がんの病棟で治療を受けていると、いっしょに治療をしていた仲間が、気がつけばいなくなっていたりするなど、死が日常に入り込んでくる。
彼女が用いた「健康な世界にいる同級生たちとは違うんだ」という表現から、生死の厳しい現実と向き合っている自分は修羅場をくぐっているのだ、甘っちょろく生きている君たちとは違うんだというふうに、自らを肯定しようとするニュアンスを私は感じた。
肝未分化胎児性肉腫が再発した場合の治療成績は絶望的に感じたが、加茂さんには化学療法を受けないという選択はなく、ベルトコンベアに乗っているような感覚で治療を受けた。
ある日入院中に腫瘍から多量に出血したために意識が遠のいて、そこから記憶がない。もうろうとしながらも意識が戻ったときに、ベッドサイドにお父さんがいた。
そして、自分の心臓が止まった場合に蘇生措置は行わない旨の説明を受けていて、お父さんはその同意書にサインをした。
■「死にたくない」と「死んで楽になりたい」
このとき、「自分の最期すら自分で決められないのか」とおぼろげながら思うとともに、「死にたくない」という感情が沸き上がったそうだ。
理知的に考えれば、死ねばすべて終わりで意識もないのだから怖くないはずだが、そのときは理屈では説明できない強い感情が沸き上がったそうだ。
絶体絶命のピンチを脱して、その後も化学療法を続けた。あまりにも副作用が強いときは、死にたくないという気持ちが、「もう死んで楽になりたい」という気持ちに容易に変わったそうだ。
「死にたい」と「死にたくない」を行ったり来たりしながら、加茂さんはこの時期を過ごした。
苦しい副作用に耐えて繰り返し受けた化学療法は非常によい効果を示して、身体からがんを取り除くための治療を受けることができた。
その後退院してからの1年は体力が著しく低下していて、最寄りの駅まで歩くのが精いっぱいだった。体力が回復してきたので、彼女は20歳のときに再び予備校に通うことにする。
がんは見えなくなったものの、頭の片隅には自分のがんの絶望的な治療成績があったので、また再発することが頭には常にあった。
しかし、それ以外の道を想像できなかったので、以前走っていたレールに戻ることにしたそうだ。
■なぜ自分は助かったのか、理由はわからない
退院してしばらくしてから友人が相次いで亡くなるという出来事が起こる。
友人の死は、その直後はあまり実感が湧かなかったが、半年ぐらいしてじわじわとこころの中に侵入してきて、しばらく友人のことを考えずにはいられなくなった。
厳しい病状の友人に会いに行くべきか迷ったこともあった。しかし、ある友人の「元気にしている人には会いたくない」という言葉を人づてに知り、会いに行かないことにした。
また、別の友人にも、もし今会いに行けば、なぜ会いに来たのかと疑問に思うだろう。特別な面会者が来たという事実から、死期が近いことを悟らせてしまうことになるだろう。
そして、彼女は迷った末、会いに行かなかった仲間が何人かいる。その選択は正しかったのか、今でも悩む。
彼女にはなんの罪もないわけだし、「元気にしている人には会いたくない」という友人の心情も理解できるものだが、加茂さんが複雑な気持ちになるのも無理がない。
サバイバーズ・ギルトという概念があるが、「友人は亡くなったが、自分は生きている」ことに対して、罪の意識を感じる人は、がんの体験者の中にも多くいる。
同じ治療をしていたのに、自分は今のところ助かっているが、亡くなった友人がいる。なぜ自分は助かったのか、その理由はわからないし、もちろん自分の努力とは関係ないところにそれはある。
■嫌なことをやめることから始めてもいい
自分の未来にも決して安心できない。肝未分化胎児性肉腫の治療成績からすると、いつがんが息を吹き返すかわからない。自分の生死も含めて、すべては運で、コントロールすることができない。
ここに来て、病気になる前の未来が見えていた感覚は、まったくなくなった。同じ教室で勉強している予備校生は、未来があることを信じて疑っていないようだったが、自分には未来がまったく見えない。そんな心境のもとに、予備校の窮屈なスペースで勉強を続けることは無理になっていた。
私はこのころの加茂さんに「『must』ではなく、『want』で生きてもいいんだよ。嫌なことをやめることから始めてもいいんだよ」と言った記憶がある。
選択することの結果を引き受けるのは本人なのだから、進む方向をアドバイスすることはおこがましいとは、わきまえているつもりだ。
それでも私が彼女の選択に個人的な意見を持って踏み込んだのは、よっぽど当時の彼女がつらそうに見えたからなのかもしれない。
そして加茂さんは予備校をやめることとなった。「その選択をしたのは、先生がやめていいと言ったからだよ」と言われると、責任を感じるが、そう伝えてよかったと思っている。
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清水 研(しみず・けん)
精神科医・医学博士、公益財団法人がん研究会有明病院腫瘍精神科部長
1971年生まれ。金沢大学卒業後、内科研修、一般精神科研修を経て、2003年より国立がんセンター( 現・国立がん研究センター)東病院精神腫瘍科レジデント。以降一貫してがん専門の精神科医として活動し、対話した患者・家族は5000人を超える。2020年より現職。日本総合病院精神医学会専門医・指導医。日本精神神経学会専門医・指導医。著書に『もしも一年後、この世にいないとしたら。』(文響社)、『他人の期待に応えない』(SB新書)、『不安を味方にして生きる』(NHK出版)など多数。
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(精神科医・医学博士、公益財団法人がん研究会有明病院腫瘍精神科部長 清水 研)

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