■シャープがこだわった「オンリーワン」
設計や製造、組み立てなど各工程を世界中で分業する“水平分業”の隆盛の波に乗った鴻海(ホンハイ)精密工業に比して、キーデバイスからそれを組み込んだ最終製品を一貫して作る“垂直統合”を掲げてきたシャープは次第に旗色が悪くなっていった。
次世代のキーデバイスとして期待されていたシステム液晶(CG液晶)は、技術力の高さをアピールするのには役立ったが、事業としては失敗に終わった。特許でガードして製法を秘密にし、他社が作れないようにしたシャープだけの“オンリーワン”のデバイスだっただけに、逆に作り手は広がらなかった。
シャープは次いで半導体エネルギー研究所と共同開発したIGZO(酸化物半導体)を使い、シャープしか作れない、低電力で高精細なスマホに適した液晶を実現したが、これも供給メーカーがシャープ1社しかないのが弱点になった。
シャープの広報担当者は「商品であればオンリーワンで良かったのでしょうが、デバイスではオンリーワンではダメだったんです。セカンドソースがないから結果的にロンリーワンになってしまいました」と説明した。
■亀山テレビの大ヒットで売上は3兆円
大量に部品を購入するアップルのような取引先からすると、シャープ1社しか供給できない特殊な液晶に依存するのはリスクが大きかった。経産省の担当幹部も「イグゾーはいまから振り返ると有機ELに行く手前の中間的な技術にすぎなかったんです。シャープがそっちに向かっても他のテレビメーカーは追随せず、実用化に失敗しました」と言った。
かといってシャープはシステム液晶やイグゾーを組み込んだ自社のオリジナルな商品を開発することはできなかった。シャープは、独自のキーデバイスを開発して搭載する「スパイラル戦略」をとってきたものの、この方程式がついに限界に達したのだった。
スパイラル戦略が破綻しつつあるなか、亀山産の液晶テレビはまだ好調なセールスを記録していた。町田勝彦が社長を退き、片山幹雄が49歳で新社長に就任した2007年以降も快進撃は続き、2008年3月期決算の売上高は3兆円を超え、5期連続で過去最高を更新した。そのうち液晶パネルの売上高は1兆円を超え、汎用品の液晶パネルと液晶テレビの売上高はシャープ全体の6割を占め、液晶に依存した経営となっていた。
「目の付けどころが、シャープでしょ。」というスローガンは、シャープが他社とはひと味違う商品を世に出してきたことを自負したものだったが、亀山産テレビの大ヒットはそうしたDNAを忘れさせた。
■大阪府から300億円の補助
かくしてシャープは、ソニーなど他のテレビメーカーに液晶パネルを外販しようと、サムスンの湯井地区の液晶コンビナートに匹敵するような巨大工場を大阪府堺市に4300億円をかけて建設することを決めた。米コーニングや旭硝子のガラス工場や大日本印刷、凸版印刷など20社近いサプライヤーを周囲に集め、第10世代(2880ミリ×3130ミリ)と呼ばれる世界最大級のガラスを使って40型や60型の大型テレビを量産する工場だった。
シャープはパナソニック(松下)と異なり大阪府内にこれといった資産を持っていなかった。新日鉄の製鉄所跡地の堺の広大な土地を手に入れるのはチャンスと映った。
大阪府はシャープの進出を大歓迎し、2008年度以降、シャープ本体に150億円を、コーニング、大日本、凸版に計150億円の、総額300億円を補助することにした。しかし、ガラスが大きくなるにつれ製造装置は巨大化し、設備投資額は飛躍的に上昇し、もはや知恵や技術ではなく、体力勝負になっていた。
■止まらない円高、ウォン安
その年の秋、リーマン・ショックが襲った。経済危機のなか欧米が思い切った金融緩和をするのに対し、日本銀行は緩和を渋り、円だけが高止まった。
シャープは2009年3月期に上場以来初の赤字に転落し、以来、巨額赤字を相次いで計上するようになった。あれほど技術流出に神経をとがらせていたのに、古くなった亀山工場の第6世代の液晶パネルの生産設備を南京中電熊猫信息産業集団(CECパンダ)に売り渡さざるを得ないほど追い込まれてしまった。
世界初の第10世代の堺工場は2009年10月の稼働開始とともに赤字を垂れ流すようになった。2期工事まで完成するとコストダウンが図れるのだが、1期工事だけで生産を始めたので、その効果が見込めなかった。
しかも、1ドル=115円のときに検討を開始した工場は、95円程度の円高ならば十分競争力を得られると想定していたものの、79円にまで円高が進むと、もはや持ちこたえられなかった。
町田はそこを問題視していた。「リーマン前の2008年まで絶好調だったんですよ」。そう言ったあと、こう続けた。「リーマンの前と後で、円は30%切り上がっているのに対して、韓国ウォンと台湾ドルは20~30%も切り下がっている。上下で60%もの為替の差が円とウォン、台湾ドルの間で生じているんですよ」
■日本銀行の金融政策の犠牲者
会社更生法の適用に追い込まれたエルピーダメモリ同様、シャープは日本のマクロ経済政策の失敗、特に日本銀行の金融政策の犠牲者だった。菅義偉官房長官もこの頃、財務省の官僚を呼んでウォン安是正の為替介入をできないか検討させていた。
「韓国にやられている。4割も価格が違うから、ウォンを買うところまでやらないと、日本の電機メーカーは価格で勝負できない」と言っていた。
結局、アベノミクスの金融緩和で為替が円安方向に進み、輸出企業はあまねくそれを享受する。「シャープという特定の企業を救済しないで済んだ」と、ウォンへの介入は沙汰やみになった。
急速に経営が傾くなか、町田が頼ったのは、シャープのパソコンなどの組み立て製造を受託していた鴻海のテリー・ゴウだった。町田は2011年6月、片山を連れて香港でテリーらと会談し、「鴻海さんの力を借り、当社のコスト競争力を回復させたい」と提携を申し入れた。もはや単独での生き残りは困難と判断し、①原材料の共同調達、②液晶テレビの共同開発と鴻海への製造委託について合意している。
■もうテリーしかおらへん
しかし、この合意は結局、帰国した町田が社内を説得しきれなかったようで、シャープ側によって反故にされてしまう。経営危機に瀕したシャープは、メーンバンクのみずほ、三菱UFJ二行が債権保全のために経営に介入するとともに、社内では片山とその取り巻きの液晶閥への不満が噴出し、上層部の確執が表面化していった。
同年末、再び町田が鴻海側に打診してきたのは提携範囲を限定したものだった。今度は、お荷物となりつつあった堺工場(シャープディスプレイプロダクト)に出資してほしいというお願いだった。
シャープディスプレイプロダクトの社長に就いた佐治寛は「町田さんが『この男しかおらへん』と言ってテリーを連れてきたんや。
■台湾の新興勢力にひざまずいた
シャープは技術流出を恐れて国内製造を重視してきたため、大手電機メーカーの中では海外生産比率が低かった。急伸する円高が、そんなシャープの弱点を直撃した。中国で組み立てている鴻海のほうが、製造コストがはるかに安いのだ。
佐治は堺工場を運営して、その弱点が痛いほど分かった。「いろいろと探したんだけれど、ここでできる液晶はテレビ以外に用途がない。しかもここは生産だけ。技術開発は本社で、経営情報も本社、売り先もシャープ本社。これでは購買のコストダウンもできない」。
液晶の用途が大型テレビからiPhoneのようなスマホに変わろうとしていたのに、シャープは大型の液晶テレビに固執した。
シャープはついに屈し、鴻海は2012年、シャープディスプレイプロダクトに660億円出資して合弁経営にするとともに、シャープ本体に9.9%出資して筆頭株主になる契約を結んだ。創業100周年の年、シャープは台湾の新興勢力にひざまずいた。
■シャープを救わなかった経産省
経産省はそんなシャープの救済に及び腰で、むしろ財務省の経産省担当主計官の神田眞人のほうが深刻に考えていた。
「シャープの問題は資本が足りないことにありました。産業革新機構か日本政策投資銀行の競争力強化ファンドか、そういうところからリスクマネーを供与したほうがいいと経産省には伝えました」。
せっかく財務省がそこまで手をさしのべているのに、経産省はやりたがらなかった。「革新機構はシャープに会いたがらなかったし、西山圭太審議官も石黒憲彦経済産業政策局長も『革新機構を弱者救済に使うな』と猛反対でした」。担当課長の荒井勝喜はシャープ救済策を押し通すことができなかった。
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大鹿 靖明(おおしか・やすあき)
ジャーナリスト・ノンフィクション作家
1965年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。88年、朝日新聞社入社。
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(ジャーナリスト・ノンフィクション作家 大鹿 靖明)

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