「AIのほうが人間よりも正確だろう」
なぜか土壇場であるほど、そう思い込んでしまいがちだ。生成AIは、リサーチから文章作成、翻訳まで瞬時にこなし、ビジネスパーソンから学生まで忙しい現代人にとって頼もしい存在となった。


だが、その便利さに甘え、「考える」「確かめる」「自分の言葉にする」といった工程まで手放してしまえば、思わぬ代償を払うことになる。

多忙が引き金となった「AIに丸投げ」

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「AIを誰より便利だと思っていた私が、AIに頼りすぎて信頼を失ってしまいました」

そう語るのは、鈴木幸喜さん(仮名・30代)だ。本業でIT系の社内SEとして働く傍ら、副業で7年以上のキャリアを持つWebライターでもある。

2023年後半、ChatGPTが急速に普及し、多くの人がその利便性に期待を寄せていた。鈴木さんもその一人。本業ではAI導入を推進する立場にあったため、その実力を誰よりも理解しているつもりだったという。しかし、その過信が、長年築いてきたクライアントとの信頼関係を崩壊させる引き金となった。

当時、複数の継続案件を抱えていた鈴木さん。

「本業の繁忙期と副業の納期が重なるという事態に直面しました。平日の夜と週末を執筆にあてていたんですが、どうしても時間が足りなくなって」

この状況を打開するため、彼はある決断を下す。「この記事をChatGPTに任せて、ほぼそのまま納品してしまおう」。構成案だけをAIに渡し、生成された文章に軽く目を通しただけで納品したのである。

あっけなく崩れ去る信頼関係。
静かな契約終了

普段であれば、必ず音読して推敲し、自身の体験談を交えて文章に「温度」を加えてから納品する。だが、この時ばかりはそのひと手間を省いてしまった。

「AIが出力した文章は、たしかに一見すると誤字もなく、文法的な破綻もない、整ったものに見えました。時間的な制約があったこともありますが、“AIだから大丈夫だろう”って。

ただ、読み手のプロの目はごまかせなかったんです。納品後、クライアントからすぐにフィードバックが届き、『内容が薄い』『いつもと文章のトーンが違う』という厳しい指摘がありました」

特に鈴木さんの胸に突き刺さったのは、「いつもと違う」という言葉だった。それは、これまで彼が書く文章そのものを信頼してくれていた証左にほかならない。AIが生成した文章は、表面的には整っていても具体性に欠け、どこかで読んだことのある一般論の寄せ集めに過ぎなかった。その「違和感」を一目で見抜かれてしまったのだ。

その案件は継続が前提だったが、その後の発注はぱったりと途絶えた。クライアントから「もう頼みません」と明確に告げられたわけではない。ただ、静かに声がかからなくなった。
はっきりと叱責されるよりも、黙って離れていかれるほうが、自身の過ちの重さを突きつけられるようで、何よりもこたえたという。

人間として“選ばれる理由”を放棄してしまった

この苦い経験を経て、鈴木さんのAIとの付き合い方は一変した。彼は、問題はAIそのものではなく、自身の使い方にあったと振り返る。

「AIは無難な文章を作るのは得意でも、『その人だから書ける一文』は出せません。私が信頼されていたのは、文法の正しさではなく、自分の経験や視点を混ぜ込んだ文章だったはずです」

AIに執筆を丸投げした時点で、彼は自ら“選ばれる理由”を放棄してしまった。納期のせいにしてはいたが、心のどこかに「ラクをしたい」という気持ちがあったことを、彼は率直に認めている。

「現在はリサーチの補助や構成案の作成などには、積極的にAIを活用していますが、最終的に読者に届ける文章は、必ず自分の言葉でリライトするようにしています」

一度の手抜きで信頼はあっけなく崩れ去り、それを取り戻すには何倍もの時間と労力がかかる。クライアントの沈黙の発注停止は、その事実を彼に痛感させる、忘れられない教訓となったとか。

忙殺される日々で見つけた「効率化」という名の落とし穴

「完全にバレたなって」AIに丸投げした社会人の痛恨のミス。クライアントは無言で“契約終了”
※写真はイメージです(画像生成にAIを利用しています)
続いて、社会人として働きながら大学に通っていた小河武さん(仮名・43歳)が経験した、生成AIへの過信が招いた失敗談を紹介しよう。

小河さんが大学の夜間部に通い始めたのは2021年。

「会社では“〇〇大学卒業”といった学歴が枕詞のように使われることがあるので、ずっと引け目を感じていたんです。また、子供に対して『勉強しろ』と言うからには、まず自分が大学を卒業するべきだと考えたことも、きっかけでした」

当時、本業では部下を抱える立場にあり、多忙な日々を送っていた。心身ともに疲弊する中で、大学の課題やレポートをこなす必要があったため、次第に「とにかく効率よく単位を取りたい」「なるべくラクに卒業したい」という気持ちが強くなっていったという。

問題が起きたのは、英語の読解課題だった。
授業では19世紀の『シャーロック・ホームズ』シリーズが扱われたが、古い英語表現や遠回しな言い回しに苦戦。仕事終わりに膨大な参考資料を読む気力も湧かなかった。そこで、小河さんはChatGPTを使い始めた。

AIへの過信が生んだ「思考停止」

当初は翻訳の補助として利用していたが、次第に設問の回答そのものをAIに作らせるようになった。

小河さんは「ChatGPTなら人間より正確だろうと本気で思っていました」と語る。自然な日本語で出力される回答を見て、自分で内容を確認する必要はないとさえ考えていた。

しかし、AIは作品特有の皮肉や登場人物の感情の機微を正確に捉えきれておらず、小河さんが提出した回答は、内容が微妙にズレたものになっていた。それでも彼は、そのズレに気づかなかった。「なぜか“AIが間違えるはずがない”という変な思い込みがあった気がします」と彼は言う。

教授からの厳しい指摘

後日、課題を採点した教授からは、次のように言われた。

「これはご自身で考えたのでしょうか? きちんと教科書の問題を解いていれば、このような答えにはなりません。もっと教科書と向き合ってください」

この言葉に、小河さんは「あ、完全にバレたな」と強い焦りと恥ずかしさを感じた。だが、それ以上に……。


「私は会社では部下に仕事を教える立場でありながら、自身はAIに頼って、中身を理解しないまま課題を提出したんです。自分で考えることを放棄していた事実に、情けない気持ちになりました」

高いスクーリング費用と時間を費やしたにもかかわらず、結果的に単位を落としてしまった。

彼は利便性を優先するあまり、AIの回答を鵜呑みにし、自らで検証するプロセスを完全に省略してしまっていたのだ。この経験を経て、小河さんのAIに対する考え方は大きく変わった。現在も仕事や日常でAIを多用しているが、以前のように100%信用することはなくなった。

AIが生成したものを最終的な「答え」として扱うのではなく、あくまで「考えるための下書き」や「ゼロからイチを生み出すための補助」として位置づけるようになったという。

“AIを使うこと”と“AIに丸投げすること”では、ぜんぜん意味が違うのである。AIの登場によって、ぶっちゃけ、あらゆる場面で量と質、さらにはスピード感が求められるようになった側面は否めないが、あらためてAIの使い方には注意したいところだ(汗)。

<取材・文/日刊SPA!編集部、藤山ムツキ>

―[AIに相談して失敗した人たち]―

【藤山ムツキ】
編集者・ライター・旅行作家。取材や執筆、原稿整理、コンビニへの買い出しから芸能人のゴーストライターまで、メディアまわりの超“何でも屋”です。著書に『海外アングラ旅行』『実録!いかがわしい経験をしまくってみました』『10ドルの夜景』など。執筆協力に『旅の賢人たちがつくった海外旅行最強ナビ』シリーズほか多数。
X(旧Twitter):@gold_gogogo
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