■モンスターペアレントはまったく他人事じゃない
まさか自分がモンスターペアレントになりうるとは思ってもいなかった。私はモンスターペアレントを理屈が通じない厄介なクレーマーくらいに捉えていた。だから、その可能性に気づいた瞬間、得体の知れない恐怖を覚え、戸惑った。他人事ではなかったのか、と。
発端は週末の公園である。
3歳の長男Kを連れて遊びに行った。砂場では、近所に暮らす同年代の男の子と女の子が遊んでいた。Kも仲間に入ろうと「Yちゃん、Zくん、遊ぼう!」と砂場に駆けていった。
思わぬ風景を目にしたのは、その直後だ。
「ダメ!」とKを拒絶し、続けた。
「いまZくんとお砂場で遊んでいるんだから」
ふだんは仲良しのはずのYちゃんの反応に驚いたのか、Kは2人が遊ぶそばにしゃがんで1人で寂しそうに砂をいじりはじめた。
YちゃんとZくんは、2人だけで遊びたかったのだろう。
そのうち、またいつも通り3人ではしゃぎはじめるに違いない。そう思って砂場で遊ぶ子どもたちを見守っていた。
しかし一向にKが仲間に入れる気配がない。Kは、「遊ぼう」ともう一度声をかけたが「Kちゃんはダメ!」と拒否され、うなだれていた。
これが子どもの社会なのか……。残酷さを感じたのと同時に、思いあたる節もある。私には2歳年下の弟がいる。小学生の頃、私が同級生と遊ぶ輪に弟も入りたがった。だが、私は「同級生と遊んでいるんだから」と弟を排除した。
しょんぼりするKの姿とそんな記憶が重なった。
■息子の「仲間外れ」はどうすればいいのか
その日は少しだけ3人で遊べたのだけれど、どこか噛み合わないまま時間が過ぎ、やがてKは泣き出してしまった。
「Kも一緒に遊びたかった。なんでKはダメなの?」
なんと声をかけてあげればいいのだろう。
「今度、また遊ぼうね」「仲間はずれはダメだよね」……そんなありきたりな言葉しか出てこず、落ち込んだ。
本連載の担当編集S氏にこの体験を話すと彼はさらりと口にした。
「誰もが通る問題なんじゃないですかね。早いうちに経験しておいた方がいいじゃないですか」
確かにその通りだ……。私も誰かに相談されたら同じように答えただろう。その通りなのだが、我が子のこととなると話は別だ。
幼児の仲間はずれ。この問題をどのように受け止めて、親としてどう対処すればいいのだろうか。
子ども家庭庁の「幼児期までのこどもの育ち部会」の部会長をつとめた保育学の専門家である秋田喜代美先生も、私の動揺をよそに「よくあることですね」とさらりと言った。
■中学生のイジメとはまったく違う
「3歳、4歳になると保育園や幼稚園でも2者の強い関係ができてきます。その2人の間にもう1人が入ろうとすると『ダメ』と拒否する場合があります。もちろん仲間はずれにしようという悪意はありません。大人から見れば、みんなで仲良く遊んでほしいと思うのですが、仲のよい2人にとっては、2人きりで遊んでいた方が楽しいと感じているんだと思います。
子どもは正直です。仲良しができるとずっと一緒にいたいという気持ちが生まれるんですよ。だから、中学生が友だちを排除したり、イジメたりするのとはまったく違います」
付き合いたての恋人同士のような心境か。だとしたら、なんとなく幼児の気持ちが腑に落ちた。
思い出したのが、秋田先生が監修をつとめた『あらゆる学問は保育につながる』の一節だ。
〈保育・幼児教育実践の現在〉と題された座談会に出席した東京家政大学ナースリールーム(乳幼児の保育施設)に勤務した井桁容子氏は次のように発言している。
〈一つ気になることがあります。それは、「ごめんね」「入れて」「貸して」と言われたら、言われた子どもは「いいよ」と必ず言わなければならないことについていてです〉
井桁氏は全国の保育施設で「入れて」「いいよ」がセットで使われる事実に言及し、次のように語る。
〈子どもは、「貸してと言ったら、貸してあげなければ駄目なんだ」と理解しますから、自分の思いを表現することを止めてしまいます〉
■父親がやるべき“うまい声かけ”
大人だって自分が愛着を持つ物を貸すのは気が進まない。楽しんでいる時間を誰かに邪魔されたくもない。そう考えると、子どもだけが我慢を強いられてきたのかもしれない。秋田先生は言う。
「人生は『イエス』や『はい、喜んで』だけではないですからね。もちろん『ノー』にも直面します。突然、『ノー』を突きつけられて心が折れると困るから、小さな挫折を積み重ねて、自分の感情をコントロールできるように育つことが大切なんです。親御さんはそのプロセスだと受け止めればいいと思います」
では、強い関係で結ばれた2者の間に入れずに落ち込む子どもに、父親としてどんな声をかければいいのだろうか。
「入りたかったよね。せっかく『一緒に遊ぼう』って言ったのにね。でも、お兄ちゃんとお姉ちゃんたちは2人で面白いことを続けたかったんだね。Kくんだってそういうときあるでしょう」
秋田先生はそんな声かけの実例を挙げてくれた。
「ポイントはその子が悪くないことを伝えることと、仲間に入れてもらえなかった子に寄り添うこと。たとえば『泣いたけど、よく我慢できたね』『今度、お砂場で一緒に遊べるようにおもちゃを持っていこう』と声をかけるのがいいかもしれません」
■ケンカやトラブルがないのは良いことか…
秋田先生の話を聞きながら、この一件は親としてさほど気にする必要はなかったのかと思いはじめていた。次の言葉を聞くまでは……。
「ただ、なかにはカッとなって相手の子どもに憤りを覚える親御さんもいます。子どもの感情に同化しすぎてしまい、相手の子どもが悪意を持って仲間はずれにしているのではないか、と勘違いして園でトラブルになるケースもあるんです」
ゾッとした。仲間に入れてもらえずに泣く息子を前にした瞬間、私もKの感情に引きずられた覚えがあったからだ。
誰にとっても我が子は特別だ。子どもは残酷だなとドライに受け止める一方で、相手の子どもに敵意を持つ親の気持ちが想像できる自分がいたのだ。自分とは違う地平にいたはずの、感情を暴走させて園や学校に怒鳴り込む親の気持ちに触れた気がした。秋田先生は続ける。
「子どもたちは同年代の友だちとケンカやトラブルを経験しながら無意識に人間関係を築いていきます。一見するとケンカやトラブルがないのはいいことのように感じるかもしれませんが、裏を返せば、経験する機会が失われているということ。
いまは子どもが少なくなり、大人の目が届きすぎて、子どもだけで経験を積みにくい環境になっています。本来、子ども同士のトラブルは子ども同士で解決したり、子ども自身が自分の感情に向き合ったりするのが、理想なのですが……」
■情動経験の大切さ
それは、いまの子どもだけではなく、モンスターペアレントとなりうる親世代の“経験不足”に起因する問題なのかもしれない。
秋田先生は「小さな挫折を積み重ねて、自分の感情をコントロールできるように育つこと」の大切さを説いた。日本では、いつしか小さな挫折の積み重ねが難しい社会になっていたのではないか。
「それは情動経験が乏しくなり、他者の感情を推測する力がなくなっているからかもしれません。かつてはコミュニティのなかで顔が見える人間関係のなかで、情動経験を重ねられたが、いまはそうした場が減ってしまいましたからね」
情動経験とは、喜びや怒り、悲しさ、恥ずかしさ、悔しさなどの感情を単に知識として知るのではなく、実際の出来事を通して体験することだ。
山形県出身の私の子ども時代を思い出す。秋田先生が語ったように顔が見えるコミュニティで煩わしくも濃密な人間関係のなかで育った。しかし、いまは住民の顔もわからない都会のマンションで暮らしている。
そんな環境で育つKにとって、仲間はずれという痛みはこれから重ねるべき大切な情動経験のひとつなのだろう。そして、そんなKの姿に戸惑った私自身もまた、父親として、ひとつの情動経験を重ねられたのかもしれなかった。
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山川 徹(やまかわ・とおる)
ノンフィクションライター
1977年、山形県生まれ。東北学院大学法学部法律学科卒業後、國學院大学二部文学部史学科に編入。大学在学中からフリーライターとして活動。『国境を越えたスクラム ラグビー日本代表になった外国人選手たち』(中央公論新社)で第30回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。著書に『カルピスをつくった男 三島海雲』(小学館)、『最期の声 ドキュメント災害関連死』(KADOKAWA)などがある。最新刊に商業捕鯨再起への軌跡を辿った『鯨鯢の鰓にかく 商業捕鯨再起への航跡』(小学館)。
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秋田 喜代美(あきた・きよみ)
学習院大学文学部教授、東京大学名誉教授
東京大学文学部卒業後、銀行勤務、専業主婦を経て、東京大学教育学部へ学士入学。同大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。立教大学助教授、東京大学大学院教育学研究科附属発達保育実践政策学センター初代センター長を経て、東大初の女性教育学研究科長および学部長(教育学部長)を務め、2021年4月から現職。
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(ノンフィクションライター 山川 徹、学習院大学文学部教授、東京大学名誉教授 秋田 喜代美)

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