政府・日銀による過去最大級の為替介入は、円安を止めるためではなく、急激な変動を抑えつつ「円安のメリット」を享受し続けるための戦略的管理だった可能性が高い。対外資産評価額の向上や株価押し上げ、債務負担軽減など、円安は政府にとって都合が良く、今後もインフレ対策を装いながら緩やかな円安トレンドが続くと予測されます。
11.7兆円という過去最大級の為替介入が行われたにもかかわらず、ドル円はあっという間に160円台へ戻っています。「介入は失敗した」それが市場の評価になっています。
しかし、本当にそうでしょうか。
4~5月の介入は、政府が、「政府の望む円安」を維持するための作戦だったのではないでしょうか。円安は輸出企業の利益を押し上げ、株価を支え、対外資産の評価額を増やし、名目国内総生産(GDP)を押し上げ、政府債務の実質負担を軽くします。つまり、円安は政府にとても都合が良いのです。
なぜ高市政権は日本銀行の利上げを容認したのか。なぜ介入は円安を止めるためではなく、円安を管理するために行われたのか。そして、円安トレンドはどこまで続くのかを考えます。
介入は失敗ではなく、作戦通りだった?
今年の4月末から5月にかけて政府が実施した円買い介入は、11.7兆円の資金を使った大規模なものでした。ドル円はその直後こそ円高に動きましたが、わずか数週間のうちに介入前の水準の160円台へ再び戻っています。そのため、「介入は失敗した」という厳しい意見も聞かれます。
しかし、そもそも政府は本気で円安を止めるつもりがあったのでしょうか? そう考えると介入の意味がまったく違って見えてきます。
1. 政府・日銀の本音は、「少し円安、長く円安」
2024年の経験から、当局は「介入だけでは円安トレンドは変えられない」ことを十分理解していたはずです。それにもかかわらず、2026年は利上げを伴わない介入を選択しました。これは、「問題は円安ではない、円安のスピードである」という政府・日銀の考えを示しています。
つまり、介入の目的は円安トレンドを反転させることではなく、そのスピードを抑えることによってドル円を一定のレンジ内に封じ込めて管理するための行動だと考えるほうが整合的です。
2. 政府・日銀が円安を歓迎する理由とは?
なぜ、政府・日銀は円安を止めたくないのでしょうか。その背景には、円安がもたらす政治的、経済的メリットが多くあるからです。
(1)円安で、海外資産の評価益が増え、国のバランスシートが改善する
日本の対外純資産は、2025年末時点で約562兆円と世界最大規模です。円安になると、外貨建保有資産の利益を円に換算したときの価値(評価額)が跳ね上がります。円安になるほど「国力が上がる」構造になっているのです。
(2)円安で、輸出企業の収益が増え、株価が上昇する
日本の上場企業は、売上の約6割を海外に依存しているため、為替感応度は極めて高くなっています。円安は輸出企業の海外収益を円ベースで膨らませて、企業収益を押し上げます。
企業業績が伸びることで株価が上昇します。政権にとってはわかりやすい成果となり、支持率安定につながります。
さらに日銀にとっても、株価上昇は大きなメリットです。
(3)円安は、名目GDPを押し上げ、政治的に有利に働く
円安による輸入物価の上昇(インフレ)が、国内物価全体を押し上げるため、円安は名目GDPを押し上げる効果があります。名目成長率が伸びると、政権は「経済成長を実現した」とアピールしやすくなります。
(4)円安によるインフレによって政府債務の実質負担が軽くなる
日本の政府債務はGDP比で200%を超える水準に達しています。円安によるインフレが進むと税収が増え、過去に発行した固定金利の国債の実質的価値が低下します。政府の債務負担は相対的に軽くなります。つまり、政府にとって円安は、財政面でも都合の良い環境なのです。
3. 本当に失敗したのは、2024年の介入だった?
ここまで見てきたように、円安は政府にとって多くのメリットをもたらします。しかしその一方で、急激な円安進行は生活コストを直撃し、国民の不満を高めるという明らかなデメリットがあります。
グラフが示すように、円安が進む局面では、食料品価格がほぼ同じタイミングで上昇しています。光熱費やエネルギー価格は下がっているようですが、これは政府の補助金によって見かけ上抑えられているだけです。
3-1. 2026年の介入は「円安のスピード調整」が目的だった
4月末と5月の介入について政府は「為替相場の急激な変動を抑え、その安定化を図るため」と説明しています。この安定化とは、円安を止めるという意味ではなく、「円安メリットは受け取りつつ、円安デメリット(物価高騰による支持率低下など)はできるだけ抑えたい」という政策意図を指していると考えられます。
介入は、短期的に数円押し下げる劇的効果がありますが、金利差というファンダメンタルズが変わらない限り、円安トレンドそのものを反転させることは難しいのです。しかし、「介入警戒感」が市場に残る限り円安の進行速度を抑えることは可能です。
3-2. 2024年の介入は「本当に円高にしてしまった」という逆効果
2024年は、介入だけでは円安が止まらず、最終的に7月の日銀利上げによって円高に転じました。しかし円高は、株価下落や名目GDP減速、あるいは対外資産の評価減といった負の効果をもたらしました。
2024年の介入は、政府に不利な状況を生んだという意味で、むしろ「失敗」だったと言えます。その経験を踏まえれば、2026年の利上げを伴わない介入は、「円安を止めないための介入」という、極めて戦略的な選択が行われたと考えられます。
4. なぜ今回、政府は利上げを容認したのか?
これまで高市政権は、日銀による金融引き締めに慎重な姿勢を示してきました。しかし今回は、利上げを「一定程度容認する」方向へと転じました。その背景には、物価高への対応が不十分に見えることが支持率に影響し始めたという政治的事情があります。
国民から見れば、円安による輸入物価高騰が生活コスト全般を押し上げるという流れが続いており、政府が利上げをけん制し続ける姿勢は、物価対策に消極的と映りかねません。そのため、政府としても一定の利上げを容認せざるを得なかったと考えられます。
5. 日銀が利上げしても円高にはなりにくい
では、今回の利上げで2024年のように円高へ転じる可能性はあるのでしょうか。その可能性は以前より低くなっています。その理由は大きく二つあります。
(1)利上げはすでに市場に織り込まれていた
今回の利上げは事前に市場で広く予想されていて、サプライズは全くありませんでした。
(2)実質金利は依然として緩和的
名目金利が上がっても、インフレ率を差し引いた実質金利はまだマイナス圏にあります。つまり、金融環境は依然として緩和的であり、円を買う強い動機にはなりません。
さらに、日銀が利上げペースを「四半期に1度」という非常に緩やかなペースにとどめる限り、市場はむしろ失望し、円安が進むリスクすらあります。
6. 介入は、もうできない?
今後円安がさらに進んだ場合、政府は再び大規模介入を行うのでしょうか。結論として、同規模の介入を継続することは政治的にも財政的にも難しくなりつつあります。今年の介入額はすでに11.7兆円に達しており、この金額は2026年度の日本の国家予算の約9.5%に相当します。これだけの資金を投入したにもかかわらず、円安対策としてはかなり費用対効果が低かったのです。
円安で影響を受けた経済分野への補助金などに使った方がはるかに効率的だったという批判もでています。大規模介入を実施することに対して、国民や国会の理解を得ることはますます難しくなるでしょう。
(荒地 潤)

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