※本稿は、和田秀樹『60歳からの人間関係整理術』(河出新書)の一部を再編集したものです。
■急に職場に来て「偉そうにするOB」の謎
学生時代、私は雑誌の編集部でライターをしていました。その頃、とても不思議に思っていた光景があります。
時折、すでに定年退職した先輩編集者たちが用もないのにやって来て、我が物顔で振る舞うのです。そして先輩が来たからには一緒に飯でも食いに行くかという話になって、皆で外に出かけます。当時は経費が使い放題だったので、つまり彼らは飯を奢らせるために来ていたわけです。
そんな姿を見ながら、私はなぜ会社を辞めて今は仕事もしていないような人に、これほど偉そうにされないといけないのだろうかと割り切れない思いを抱いていました。会社の経費とは言いながら、食事代を払うのはこちらです。それなのに、当たり前のように大きな顔をしています。こんな人につきあう必要はないではないか、と思っていたのです。
当時、学生だった私はただただ不思議に思っていたのですが、自分が彼らの年齢に近づいてきた今になって、彼らの感覚がだいぶわかるようになってきた気がします。
彼らは単に飯を奢られに来ていただけではありません。年をとって組織を離れ、他に居心地のいい場所がなくなってしまったのでしょう。自分の居場所もなくなり、相手にしてくれる人もいなくなって、何もできなくなってしまった自分が哀しくて、誰かに自分の価値を認めてもらいたかったのではないかと思います。
■会社の人間関係は退職でプッツリ切れる
自分が仕事をしていた昔のように偉そうに振る舞うことができて、表面的にであっても丁重に接してくれる、そんな人間関係を求めて、わざわざ過去の仕事場を訪れていたのでしょう。そうやって偉そうに振る舞って先輩ヅラをしていた人たちは、定年後に新たな人間関係を作ることができなかった哀れな人たちだったのだろうと理解できるようになったのです。
けれど、そんな関係にも当然、限界があります。会社を辞めた時点での後輩や部下たちも、だんだん年をとっていきます。もし、退職時に新入社員を可愛がっていて、その部下がなついてなんでも聞いてくれるということがあれば長持ちするかもしれませんが、普通は一緒に食べたり飲んだりしているのはせいぜい10歳下くらいでしょう。しかも、皆だんだんと管理職になったり、異動になったりして、現場に知っている顔が少なくなっていきます。過去の人間関係にしがみつくのには限界があるのです。
もっとも、昔の雑誌編集部は防犯意識もゆるく、誰でも自由に入り込める環境だったのですが、セキュリティが厳しくなった今ではもはや会社内に入ることすらできないのが通常でしょう。こうなると、先輩ヅラをしようと思っても直接乗り込むことはできず、メールやチャットで連絡を取ることになるのかもしれません。
■日本の終身雇用が抱える問題点
元いた会社の人間関係を当てにして生きていくという昭和の日本人らしい考え方は、もはや過去のものなのです。そうなると、定年で退職すると華々しかった人間関係が一気に終わり、会社の切れ目が人との切れ目になってしまうのです。
なぜ昭和の会社OBたちが退職してまで職場に押しかけてきたのか、そして、それがないと人間関係がなくなってしまうのか、その理由のひとつは、日本に終身雇用制度が生きていたからでしょう。最近では、大会社が1万人規模の首切りをすることも珍しくなくなり、日本の終身雇用制度も崩れようとしています。
けれども、終身雇用があることで会社への忠誠心が生まれ、仕事のクオリティが保たれるわけですから決して悪い制度だとは私は思っていません。終身雇用が少なくなってきてから、明らかに日本の景気は悪くなっているということもあります。
終身雇用、年功序列の前提として、若いうちは安い給料でサービス残業もするけれど、年をとったら仕事が楽になるのに給料は上がるという状況があります。それを信じて、若い頃は粉骨砕身で頑張るわけで、言ってみれば会社にお金を貸しているようなものです。それなのにリストラに遭ったら「話が違う」ということにはなりませんか。仕方ないと思って黙って受け入れず、「金を返せ」と言ってもいいのではないかと、私はつねづね不思議に思っています。
■定年退職後に友達をつくり始めても手遅れ
もうひとつ、終身雇用であっても、もしもその会社が潰れてしまうと、若い頃に貸した金が返ってこないことになります。だから、会社が潰れないように皆、頑張るし、ブランドイメージを保とうとするのです。たとえばアメリカでも、オートバイメーカーのハーレーダビッドソンという会社は終身雇用で知られていました。だからこそブランドイメージを保とうとするし、世界中でその戦略が成功しているのではないかと思います。
日本でも終身雇用どころか、定年を廃止したYKKグループのような会社もあります。ファスナーそのものには特許があるわけではないのですが、YKKのファスナーは丈夫で滑りもよく、世界中でその品質が認められています。定年廃止を採択したような企業体制が、ブランドイメージを保つことにもつながっているのではないかと思います。
ただし、終身雇用制度の構造的な欠陥として、家族的経営体質と結びついてしまったということがあると思うのです。会社が家族のようになってしまった結果、社内の雰囲気がよくなるのはいいのですが、プライベートにまでその人間関係が引きずられてしまいます。そして、その人間関係が定年を機に切れてしまうと、孤独の道へまっしぐらになってしまう気の毒な人もいるということでしょう。
■会社は「給料をもらう場」と割り切る
会社を辞めたあとに、新たな人間関係を作ろうと思っても、なかなかうまくいかない人もいます。原因のひとつは、その時期になってから新しい環境を求めるのでは遅い場合が多いということです。
男性の場合、年齢とともに男性ホルモンがだんだん減って、生理学的に意欲が落ちてきます。そのため、新しく趣味を始めることや人づきあいそのものが億劫になってしまいます。女性は逆に、更年期後に男性ホルモンが増えるとされているので、活力が生まれます。おばあちゃんになってからも、新しい友達を増やして、人間関係を広げることが上手です。そのため、いくつになっても友達と一緒に楽しくおしゃべりしている人が多い印象です。
もし、だんだん新しい人間関係を作るのが難しくなってきたと感じるのであれば、本来なら50代の頃から新しい人間関係を築き始めるのが理想です。50代になると、多くの人は出世競争や取締役レースにすでに敗れていて、もうこれ以上の出世は見込めないのではないかと諦めの気持ちを抱いている時期です。
ですから、ここで発想の転換をしてみましょう。会社はすでに忠義を捧げる場でもなく、自己実現をするための場でもなく、給料をもらうところと割り切って考えるのです。そして、これからの人生を生きるために必要な、会社以外の新しい居場所を作ることを心がけたいものです。
■友人作りは思い立ったが吉日
そこそこ責任も課せられてやりがいを感じて仕事に打ち込むのも悪くはないでしょう。けれども、どんなに頑張ったところで、会社はある一定の年齢までしか置いてくれません。
いざ仕事を辞めてから、新しい趣味と新しい人間関係を作ろうとして手近な地域のサークルやボランティア集団に参加したとしても、そこですぐにいい関係ができるとは限りません。手近な集団にはすでに序列があって、その場を仕切っているボスがいたりするものです。新しい趣味と人間環境のどちらにもすぐ馴染めるとは限らず、かえってストレスの種になってしまうこともあります。いきなりすでに出来上がっている集団に飛び込むには、ある程度の忍耐と覚悟が必要です。
新しい趣味を作ることや人間関係を広げることは、仕事を辞めて時間ができてから始めようとするのではなく、できるだけ早く、思いついた時からじわじわと始めておくようにしたいものです。
では、それほど気負わずに普通に気の合う人を探すにはどうしたらいいのでしょうか。たとえば、会社の人と一緒にゴルフに行ったとしたら、そのゴルフ場に来ている他の人とも話をして、できることなら仲よくなって知り合いを増やしておくというようなふてぶてしさがあっていいと思います。
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和田 秀樹(わだ・ひでき)
精神科医
1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。
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(精神科医 和田 秀樹)

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