※本稿は、渡邊大門『信長包囲網の真相』(星海社新書)の一部を再編集したものです。
■破格の処遇で繋ぎとめた
信長は、村重に摂津国一職、つまり摂津国の支配権を与えたのである。信長は義昭や本願寺による信長包囲網により、畿内における影響力が低下していた。
そこで、才覚がある村重を自陣に繋ぎとめるため、破格の処遇をしたのである。こうして村重は、織田家中において重きを置かれた。
村重は伊丹城(兵庫県伊丹市/有岡城)を本拠とし、摂津支配を行うことにした。これまで摂津国における支配拠点は、池田城、越水(こしみず)城(同西宮市)、芥川城(大阪府高槻市)だったが、平城だった伊丹城の利便性に着目したのである。
その後、伊丹城は有岡城と名称を改められた。天正3年(1575)から有岡城の改修工事が行われ、2年後には完成した。有岡城は、惣構(そうがまえ)を備えた城として変貌を遂げたのである。
信長に重用された村重は、その命に応じて各地を転戦した。天正3年(1575)になると、中国方面の攻略を任されることになった。
■“目の上のたんこぶ”だった本願寺
天正元年(1573)、信長は宗景を懐柔すべく、播磨・備前・美作の支配を認める朱印状を与えると、翌年、宇喜多直家は毛利氏と結び、宗景と抗争を繰り広げた。宗景は天正3年(1575)に直家との戦いに敗れ、天神山城(岡山県和気町)から放逐された。宗景の敗北により、信長は中国方面への対応が必要になったのである。
その第一歩として、信長は村重に播磨国の国人を味方に引き入れ、さらに人質を徴集するよう命じた。村重の奔走により、赤松広貞、別所長治・小寺政職(まさもと)ら有力者が信長に従うことになった。村重が政職の取次になったこともあり、政職は有岡城に人質を供出した。
天正6年(1578)に村重が信長に兵を挙げると、政職がこれに呼応した。2人の関係は、取次の役割を通して強固なものになったのである。
数年来、信長が対応に苦慮していたのが本願寺であり、村重はほかの諸将とともに出陣することになった。天正4年(1576)5月、塙(原田)直政が大坂本願寺攻めに失敗して戦死すると、信長は大坂本願寺への総攻撃を計画し、村重に先鋒を務めるよう命じた。
■不満だった秀吉の配下
ところが、村重は木津川口(大阪市)の守備に専念する旨を伝え、信長の命に応じなかった。
信長は佐久間信盛を起用し、大坂本願寺攻めを続行した。同年8月、信盛は村重に大坂本願寺周辺の刈田(敵方の農作物を不法に刈り取ること)をするよう命じた。
天正5年(1577)10月、信長は羽柴(豊臣)秀吉に中国計略を命じた。これまで中国計略は村重に任されていたので、交代したということになろう。この交代劇により、村重は秀吉の与力として従うことになったので、大いに落胆したといわれている。
秀吉は政職配下の小寺(黒田)孝高を与力とし、その居城である姫路城(兵庫県姫路市)を拠点とした。同年12月、秀吉は毛利方に与した赤松政範が籠る上月城(同佐用町)を攻め落とし、尼子勝久とその家臣・山中鹿介に守備を任せたのである。天正6年(1578)2月、三木城(兵庫県三木市)主の別所長治が織田方から離反し、毛利方に与した。
■信じがたい謀反の理由
同年4月、毛利氏が上月城を奪還すべく攻囲すると、その3カ月後に落としたのである。長治の離反は想定外のことで、しかも上月城が落城したのだから、秀吉はたちまち苦境に陥った。
天正6年(1578)10月21日、村重が謀反を起こしたとの情報が信長のもとに届いた。
その後、信長は秀吉も送り込み、懸命に村重の説得を続けたが無駄だった。信長は村重・村次父子に書状を送り、天下の面目を失ったと非難する一方、早く出頭するよう求めた。
村重が信長に謀反を起こした理由については、諸書に書かれている。天正5年(1577)に信長が岡崎(愛知県岡崎市)に行ったとき、村重は城門の側に立っていた。
すると、長谷川秀一(ひでかず)が2階から村重に小便を引っ掛けたという。
■苦し紛れの「苦しからず」
近くで見ていた人が村重にその旨を告げると、村重は「苦しからず」とだけ言い、その場を立ち去ったという。この話は『当代記』に書かれ、村重が反旗を翻した理由として挙げられているが、あまりに荒唐無稽で信用することができない。
ほかにも説がある。信長が大坂本願寺を攻撃した際、村重の従兄弟とされる中川清秀の配下の者が、同寺に備蓄された兵糧が少ないことを知った。そこで、密かに小船に兵糧を積むと、人目に付きにくい夜になって売ったというのである。
この事実は信長に報告されたが、村重はまったく知らなかった。追い詰められた村重は、このままでは信長に討たれると思い、有岡城に籠って反旗を翻したという。この説は『陰徳太平記』に書かれているが、清秀が兵糧を横流ししたという裏付け史料がないので、とても信を置くことはできない。
では、村重が信長に反旗を翻した理由は、どのように考えるべきなのか。当時の信長は本願寺だけではなく、各地で反信長勢力と戦っていた。
■反信長派の説得に応じた
反信長の頭目は関係が決裂した足利義昭であり、中国地方最大の大名である毛利輝元と結託していた。義昭は信長を倒すため、連日のように味方になるよう各地の大名に書状を送っていた。村重も書状を送られた一人である。
天正6年(1578)10月14日、義昭配下の小林家孝は小早川隆景らに対して、村重の調略に成功した旨を伝えた。つまり、義昭は村重に対して、味方になるよう説得を行っていたのである。
同じ頃、吉川元春も古志(こし)重信に対し、村重や五畿内の国衆を調略するよう命じていた。村重は義昭だけではなく、毛利方の熱心な説得もあったので、信長を裏切ったということになろう。
もう少し、謀反の背景について考えてみよう。一つのカギとなるのは、天正6年(1578)10月17日付の顕如書状(荒木村重・村次宛)である(「京都大学総合博物館所蔵古文書集」)。この書状は、3カ条にわたって書かれているので、順に確認することにしよう。
まず1カ条目である。本願寺は村重が味方になるうえは、互いによく話し合って良好な関係を築くこととし、もし信長が死んで世の中が変わろうとも、これまでどおり村重を見放すことはないと約束した。
■摂津支配の確約に成功
次に2カ条目である。本願寺は村重の知行について異議がないとし、そのうえで百姓が居つくのは守護(村重)次第であり、本願寺は関与しないとしたのである。
最後に3カ条目である。本願寺は、摂津は言うに及ばず、望みの国があれば、知行方については決定権がないが、村重が義昭や輝元に忠節を尽くしているので、意向に沿って交渉する旨を伝えた。そして、村重に敵対する牢人について、本願寺は許容しないと述べたのである。
この史料に関しては、信長の配下にあった村重が百姓支配に不安を感じていたこと、村重に反発する牢人が本願寺と結びかねない危機的な状況にあったと指摘されている。つまり、村重が信長に反旗を翻した理由は、摂津支配が不安定だったということになろう。
これまで、村重の摂津支配は信長によって認められたが、村重が信長から離反したので、その後も摂津支配が継続できるかが問題となった。そこで、村重は保証を求めるべく、本願寺に起請文の提出を求めたと考えられる。
■信長に勝てば新たな知行も
起請文にあるとおり、本願寺には村重の知行に関して決定権はなかった。しかし、村重の摂津支配を異議なしとし、望みがあれば新たな知行について、義昭・輝元に口添えしようと申し出たのである。
ただし、百姓が居つく(逃散しない、あるいは織田方に与さない)のは村重の力量次第であって、本願寺が関知することはないというのである。この場合は、すでに摂津支配が不安定になっていたというよりも、村重の離反により百姓に動揺が生じる可能性を示唆したものと推測される。牢人の問題に関しては、本願寺と結んで村重を脅かすというよりも、織田方に加担する牢人を許さないということと考えられる。
つまり、この起請文の意義としては、村重の摂津支配が本願寺に認められたこと、そして信長に勝利した暁には、本願寺から義昭らに摂津国の当知行に加え、新たな知行の口添えをしてもらえる点にあったと考えられる。村重の意向としては、とりあえず当知行という現状維持の保証が絶対条件だった。
■覚悟の起請文と人質
起請文を捧げられた村重は、同年11月に同盟の証として、毛利方と本願寺に人質を差し出した。特に、本願寺に対しては、村重・村次父子の血判起請文に加え、村重の娘も人質として差し出した。
また、村重家臣の河原林氏の起請文も捧げられ、その子も人質として送られた。村重は義昭にも起請文を提出したのだから、相当な覚悟をもって、義昭ら反信長勢力に身を投じたのである。
村重の裏切りにより、信長はたちまち窮地に陥った。村重だけではなく、すでに三木城主の別所長治、御着城主の小寺政職ら播磨国内の有力な諸将も織田方から毛利方に寝返っていたからである。
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渡邊 大門(わたなべ・だいもん)
歴史学者
1967年生まれ。1990年、関西学院大学文学部卒業。2008年、佛教大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。現在、株式会社歴史と文化の研究所代表取締役。主要著書に 『関ヶ原合戦全史 1582‐1615』(草思社)、『戦国大名の戦さ事情』(柏書房)、『ここまでわかった! 本当の信長 知れば知るほどおもしろい50の謎』(知恵の森文庫)、『清須会議 秀吉天下取りのスイッチはいつ入ったのか?』(朝日新書)ほか多数。
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(歴史学者 渡邊 大門)

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