習近平政権が目指す台湾統一は実現可能なのか。評論家の白川司さんは「アメリカと日本を中心に、軍事と金融の両面で中国包囲網が完成しつつある。
さらに中国国内では経済が停滞し、人民管理を強化する方向に向かわざるを得なくなっている」という――。
■アメリカ政界に潜り込んだ「中国工作員」
5月29日、アメリカ・カリフォルニア州アルケイディア市の元市長であるアイリーン・ワンが、中国政府の指示のもと違法な外国エージェントとして活動していたことを認めた。中国系住民が多い米西海岸郊外都市のトップが、中国政府の意向を受けてプロパガンダを拡散していたというニュースは全米に衝撃を与えた。
訴追タイミングがトランプ大統領の訪中直前だったことで、「トランプ政権が対米交渉の取引材料にするつもりではないか」との憶測を呼んだ。実際、専門家には「これは偶然ではない。『われわれはすべてお見通しだ』という北京へのシグナルだ」と主張する者もいる。
ワンは婚約者とともにU.S. News Centerというネットニュースを運営していたが、そこでは中国外務省が送付した記事をそのまま掲載して、ウィーチャット(微信)経由で「リーダー、ありがとうございます」と返信していたことが発覚している。
これまで各国で自由に暗躍していた中国勢力が、ここに来て次々と抑え込まれているのは偶然ではない。軍事・外交・金融・情報工作・国内統制という5つの重要分野でいま日米を軸とした包囲網が着実に完成に近づきつつある。
■習近平の失敗をトランプは見逃さない
5月14~15日の米中首脳会談で、習近平は台湾問題について踏み込んだ発言を行った。台湾の頼清徳総統を名指しで批判したうえで、アメリカに対して台湾への武器供与をやめるよう釘を刺した。
だが、これは習主席の重大な戦略ミスだった。
これまで中国は台湾問題を「内政問題」として扱ってきたのに、国際社会が注目する首脳会談の場で自ら実質的に議論の俎上に載せたことで、他国が口を挟む余地を与えてしまったからだ。
トランプ大統領はこの好機を逃さない。米中首脳会談の数日後に「頼清徳総統と対話する余地がある」と明言し、頼総統も「台湾はすでに独立した主権国家であり、喜んで協議する」と即座に応じた。
2025年12月に成立した台湾保証実行法により、アメリカ政府の高官が台湾を正式訪問することがすでに法的に可能になっている。
■「台湾は中国の一部」論には無理がある
中国側はすぐに抗議したが、無意味だった。首脳会談という国際的な場で習主席自身が台湾問題を前面に押し出したのだから、これは自らが招いた事態にほかならない。電話会談が有力視されているが、トランプ大統領が台湾を訪問するシナリオもないとは言えなくなっている。
頼総統は米中首脳会談を受けて「台湾はすでに独立している」と述べたが、これは歴史的にも理がある。中華民国の建国は1912年、中華人民共和国の建国は1949年。台湾が中華人民共和国に統治されたことは一度もない。独自の民主主義体制、軍隊、通貨、政府を持つ実態からしても、台湾はすでに事実上の独立国家であると言うべきだ。
日米が採用する「ワン・チャイナ(=1つの中国)政策」は、台湾を中国の一部と認めたものではない。
あくまで「中国が台湾を自国領だと主張していることを『認識・尊重(acknowledge)』する」と認めただけで、中国が台湾を領有していると国際法上認めたわけではない。
高市総理が「台湾有事は日本の存立危機事態になりうる」と国会で発言し、中国が激しく反発したが、これも麻生副総理や岸防衛大臣らがすでに国会で確認してきた日本政府の立場の範囲内である。これまでは「中国」と言わなかっただけだ。これに中国が過剰反応して台湾の国際的な重要性が引き上がり、国際的に台湾防衛への機運が高まっている。
■日本+アメリカ+フィリピンの連携
米中首脳会談が行われていたその裏側で、アメリカとフィリピンの定期合同軍事演習「バリカタン26」に自衛隊が参加していた。陸上自衛隊から1400人が参加し、日本は移動式の地対艦ミサイルの運用訓練などを行った。
注目すべきは、米軍が射程距離500キロの移動式地対地ミサイル「ハイマース」を大量に持ち込んだことである。ハイマースをフィリピンに配備すれば、台湾とフィリピン間のバシー海峡を射程に収め、さらに中国大陸の沿岸部にまで届く。
フィリピンは無数の島を持つから、ヘリで島々に分散配備すれば、中国がこれまで莫大なコストをかけた7つの人工島への短距離攻撃も可能になり、それらを無力化できる。台湾もハイマースの購入を予定しており、日本は熊本などに移動式ミサイルをすでに配備している。
これを地図で確認すると、一つの絵が浮かび上がる。
■5カ国で中国を閉じ込める包囲網
日本や在日米軍が台湾海峡を睨み、フィリピンと台湾がバシー海峡を封鎖し、米豪がマラッカ海峡などのシーレーンを押さえるという封鎖網が完成するのである。
これでは、有事で中国は石油も食料も自由に調達できなくなる。今回の合同演習は、そのシミュレーションだったとも言える。
日本(南西諸島)から台湾を経てフィリピンへ連なる「第一列島線」を移動式ミサイルで隙間なく埋めることで、有事に中国艦隊を南シナ海・東シナ海に閉じ込め、中国海軍の太平洋への出口を完全に塞ぐことができる。
フィリピンのマルコス大統領は5月18日、「台湾問題には干渉しない」としながらも、「台湾には20万人近くのフィリピン人が働いており、巻き込まれない選択肢はない」と述べた
これまで中国は台湾統一を「対台湾+アメリカ」で計画してきた。だが、高市首相が存立危機事態を明確化したことで、台湾+アメリカに、さらに日本というプレイヤーが登場した。中国側は日本を徹底的に叩くことで「アメリカ不参加」の強化を狙ったが、むしろフィリピン関与の可能性まで高めている。
■金融制裁の「最後の穴」も塞がれつつある
現代の戦争において、最も重要なのは継戦能力、つまり資金が継続して流れるかどうかだ。軍事力と並んで、金融制裁が主要な圧力手段になっている時代である。
トランプ大統領はこの観点から、銀行を通じた不正資金の流れを遮断する大統領令に署名した。納税者識別番号(ITIN)を使って社会保障番号を持たない外国人でも口座開設ができる抜け穴を塞ぎ、ニューヨーク州などの「聖域都市」で横行してきた不正なリアルIDによる送金ルートなどを封じる措置だ。これらはアメリカ国内の規制強化に留まらず、海外からの不正な資金流入をも見据えている。

中国側からも大きな動きがあった。香港金融管理局は6月、中国本土の投資家向け口座に関する重大な規制措置を発表した。2023年以降に疑わしい書類で開設された口座の閉鎖、休眠口座の整理、そして新規口座開設時に資金が中国本土外の合法的な出所からのものであることを書面で確認することを義務づけた。
香港は中国本土の厳格な資本規制と世界の自由な金融市場のあいだを変換してつなぐ「変圧器」として機能してきた。年間5万ドルという本土の外貨購入制限を超えて資産を移転し、投資目的の海外送金を「見た目上は香港内取引」として吸収する緩衝地帯だった。その「最後の穴」が今、完全に塞がれつつある。
■中国人投資家、スパイに大打撃
これに引っかかれば、中国の社会信用評価制度で信用不良者に分類されるリスクも生じる。契約行為ができない、銀行口座を持てない、長距離の移動もできない。事実上の社会的死だ。一国二制度の香港は、今は昔だ。
こうした金融・資本規制の網が完成すると、在日中国人コミュニティにも深刻な影響が及ぶ。経営管理ビザの維持に必要な資金を香港経由で送金できなくなれば、ビザ更新が困難になる。
東京の不動産を契約した中国人投資家が「お金はあるのに送れない」という事態に直面する。
地下銀行や暗号資産へのシフトは避けられないが、日本当局も重点的に摘発しようとしている。日米の金融封鎖と中国の内部管理が連動することで、資金の逃げ場はほぼ消滅したと言っていいだろう。これまで世界で暗躍してきた中国スパイの資金源が大きく断たれようとしている。
■国民の海外脱出を食い止める3つの策
外から包囲網が締まる一方で、中国政府は、経済停滞で苦しむ人民の逃げ場を3つの方法で塞ごうと急いでいる。
1つめは戸籍制度の転換だ。農村出身者が農民戸籍のまま都市に住み、実態と記録がずれていた状態を、住所地主義の住民票管理に切り替える。表向きは「行政の近代化」だが、本音は14億人すべてがデジタル監視の網に組み込まれ、どこで誰が誰と会い、どんな不満を言っているかを中央に24時間捕捉されることになる。
※新華社(日本語版)「中国、25年までに都市戸籍取得制限を撤廃・緩和へ」(2022年7月13日)
2つめは銀行・証券口座管理の徹底だ。信用情報などから、これまで中国政府が把握できていた人口は実質11億人程度と言われてきた。残りの推定3億人の黒孩子(戸籍を持たない子供たち)や戸籍不実者などが、今回の管理強化で初めて正確に把握されることになる。
口座とデジタル人民元を通じて財布と身元を紐付けることで、国家がいつでも個人資産を凍結できる体制が完成する。

3つめが耕作地の管理強化だ。中国では土地はすべて国有で、農地に建物を建てることは禁止されている。しかし、実態として無数の違反建築が存在してきた。これに対して、現在の利用者に完全な原状回復(=耕作地への戻し)を義務づけた。
これまで認められてきた「善意の第三者による時効取得」のようなグレーゾーンも一切認められない。地方政府が過去に黙認してきたツケを、すべて末端の住民に押しつける身勝手極まる措置だ。
これは「人も資産も土地も、すべて共産党が把握し管理する」という共産主義の原点への回帰で、名付けるなら「シン・文化大革命」だろう。
■「14億人の完全管理」は実現可能か
中国のこれまでの高度経済成長は、このルールの緩さ、つまり「グレーゾーン」が潤滑油となって作り出されてきた。農民戸籍のまま都市で働く労働者がいたからこそ安い人件費で「世界の工場」が維持でき、土地の不正利用を地方政府が黙認したからこそ地方経済が回っていた。
ところが、その「知恵」をいま習主席は犯罪化しようとしている。経済が縮むときに必要なのは、自由化と金融緩和である。だが、習近平体制下では、経済的な行きづまりは体制の脆弱性を招くので、統制を強化する方向に向かわざるを得ない。
かつて毛沢東が「大躍進」で数字だけを追い求めて大惨事を引き起こしたように、「14億人の完全管理」という机上の数字を追い求めるあまり、現場の生身の人間を次々と圧殺していく構造が今まさに進行している。
■中国経済の「慢性的壊死」への道
外からは日米の軍事・金融包囲網、内からは人民完全管理という二重の圧力が中国を締め付けている。カリフォルニアの中国スパイ市長の摘発が象徴するように、情報工作も着実に封じられつつある。
ただし、これらは中国経済が即座に崩壊に向かうことを意味するわけではない。私の定義では、中国経済の「慢性的壊死(chronic necrosis)」である。体制は維持されながら、内側からじわじわと活力が失われていく状態がだらだらと続く。
それらは、習主席が自ら招いた結果であるが、「台湾併合」というあまりに高いハードルを設定したがために招いた一強体制の限界だろう。
中国がそのような状態にあるとき、日本が備えるべきことが大きく3つある。
第一に、エネルギー安全保障の構造的な脆弱性を直視し、核燃料サイクルの再構築とエネルギーミックスの強化、調達先の多角化などを急ぐことだ。
第二に、米比合同演習への参加を定例化し、第一列島線の防衛ネットワークを制度として定着させることである。
第三に、在日中国人コミュニティへの地下銀行・不正資金流入の監視を、日米の金融情報共有の枠組みでさらに強化することだ。
中国包囲網は着実に完成しつつある。だが、包囲だけすればいいわけでない。むしろ、相手の動きを封じたあとこそ難しい。というのは、追いこんだあとに暴発が起これば、中国だけでなく、日本も無事ではすまないだろうからだ。
今は習主席が勝手に失策を重ねている状態だが、それをいかに利用して国益に結びつけ、かつ中国との安定的な関係を保ち、暴発を避けるかが重要である。

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白川 司(しらかわ・つかさ)

評論家・千代田区議会議員

国際政治からアイドル論まで幅広いフィールドで活躍。『月刊WiLL』にて「Non-Fake News」を連載、YouTubeチャンネル「デイリーWiLL」のレギュラーコメンテーター。メルマガ「マスコミに騙されないための国際政治入門」が好評。著書に『14歳からのアイドル論』(青林堂)、『日本学術会議の研究』『議論の掟』(ワック)ほか。

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(評論家・千代田区議会議員 白川 司)
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