※本稿は、重永瞬『新しい日本地理 地図・統計・移動から読み解く』(講談社現代新書)の一部を再編集したものです。
■「マクド」と呼ぶ近畿・四国の11府県
こんな会話を耳にしたことはないだろうか。
「今日のお昼、マック行かない?」
「マックって何やねん。マクドやろ」
「えー、マックでしょ。じゃあビッグマックのことビッグマクドって言うの?」
「ビッグマックはビッグマックやろ。商品名やねんから。ほなミスタードーナツのことミッスって呼ぶんか?」
「いやいや、ミスタードーナツはミスドだよ」
「なんでやねん」
関東人と関西人の、ささいなすれ違いである。関西出身である私も、知り合いとこのようなやり取りをすることがある。茶番ではあるが、こうした地域差は会話のネタとしては便利だ。
2016年に日本マクドナルドが社内で行った調査によると、「マクド」という略称が使われているのは、近畿7府県と四国4県だけだったという(図表1。四国4県と滋賀県・三重県は、「マック」も併用)。
関西だけかと思いきや、意外なことに四国でも「マクド」が使われるようだ。
■「京阪式アクセント」地域と一致する
関西で「マクド」が使われる理由として、アクセントによる仮説を紹介しよう。関西の若者言葉では、省略語は2拍目にアクセントが来ることが多い(*1)。「ミスド」や「ファミマ」、「ユニバ」といった3拍の省略語は、関西では「低高低」のアクセントで発音される。
言語学者の橋本礼子は、「『マック』では、京阪式アクセントの『低高低』を当てはめようとすると2拍目が『ッ』となってしまい聞こえない拍となるので、関西地方ではあまり好まれなかったのかもしれませんね」と推測する(*2)。
橋本の言う「京阪式アクセント」とは、東京式と並ぶ日本語の主要なアクセント類型で、近畿や四国において使用される(図表2)。京阪式アクセントが理由なのだとすれば、関西だけでも西日本全体でもなく、「近畿と四国」で「マクド」が使われることも納得がいく。
■周波数、ポリタンク、お雑煮の餅…
マクドナルドの呼び方以外にも、日本の東西にはさまざまな違いがある。
家庭用電源の周波数が、東日本は50ヘルツ、西日本は60ヘルツになっている、という話は聞いたことがある人も多いだろう。他にも、ポリタンクの色が、東日本は赤、西日本(と北海道)は青になっていたり、お雑煮の餅が、東日本では角餅、西日本では丸餅が優勢になっていたりと、東と西にはさまざまな違いがあると言われる。
だが、「マクド」という略称の分布から分かるように、「西」と言っても西日本全体を指すわけではなく、また関西だけに限定されるわけでもない。
本書のメインテーマは、日本の地域区分である。
■「3つの関所」で引かれた境界線
まず気になるのは、「東西の境界はどこか」という点である。すでに語り尽くされたトピックではあるが、基礎的な情報をおさえておこう。
例えば、気象庁の天気予報で用いられる地域区分の場合、福井県から三重県にかけてのラインが「西日本」と「東日本」の境界となっている(図表3)。
これは、伊吹山地や鈴鹿山脈といった山々が連なり、古代には愛発関(あらちのせき)・不破関(ふわのせき)・鈴鹿関(すずかのせき)といういわゆる「三関(さんげん)」が置かれたラインとほぼ重なる(*3)。
三関のうち不破関は、のちに天下分け目の戦いの舞台となった関ヶ原に相当する。古代から中世にかけては、この三関よりも東側が「関東」と呼ばれた。
江戸に幕府が開かれ五街道が整備されると、東海道の途中である箱根に関所が設けられ、江戸防衛の重要な役割を担うことになった。江戸時代には、箱根関より東の「関八州」、すなわち武蔵、相模、上野、下野、上総、下総、安房、常陸の8カ国がひとまとまりの地域と見なされるようになった。これは現在の「関東」に相当する。
■東西を分ける新潟県の断崖絶壁
日本海側では、富山県と新潟県の県境が東西境界となることが多い。県境から少し東にある新潟県糸魚川市の親不知(おやしらず)は、日本海に面する断崖絶壁である。
また、日清食品のどん兵衛は東西で味が異なることが知られるが、その区分は富山―新潟県境から不破関・鈴鹿関にかけてのラインである。日本の東西境界は、西は三関、東は親不知から箱根関のどこかに収まる。これは多くの人に共有される見解だろう。
■「答え:フォッサマグナ」は正しくない
東西境界は何に着目するかによってさまざまに引くことができるが、あえて一つの線で分けるとすれば、どこになるだろうか。ある程度地理に関心のある人ならば、「フォッサマグナが東西文化の境界である」と答えるかもしれない。しかし、この見方にはいくつかの誤解と疑問がある。順を追って説明しよう。
フォッサマグナとは、日本列島の中央部を縦断する巨大な地溝帯である。明治時代にお雇い外国人の地質学者ナウマンによって発見され、ラテン語の「大きな溝」(Fossa magna)を由来として命名された。
フォッサマグナはよく糸魚川-静岡構造線(糸静線)と混同されるが、フォッサマグナは面的に広がる領域であり、糸静線はあくまでその西縁にすぎない(図表4)。
東縁については諸説あり、柏崎-千葉構造線や利根川構造線などの境界が指摘されている。
では、糸静線が東西文化の境界なのかというと、これも厳密に言えば怪しい。東西の文化差の一例として、方言の違いを見てみよう。
■「いる」と言うか、「おる」と言うか
方言の分布を扱う言語地理学という分野では、「糸魚川・浜名湖線(糸浜線)」と呼ばれる方言の境界線が知られている(図表5)。親不知から、飛騨山脈、木曽山脈を通って浜名湖に至るラインである。糸静線は静岡県中部の安倍川を南端とするが、糸浜線はそれよりもやや西に南端がある。
方言にはさまざまなものがあるが、基本的な語彙は容易には変化しないため、文化の違いを見る上では適している。例えば、否定の助動詞の場合、糸浜線の西側では「~ン」や「~ヌ」で終わるのに対し、東側では「~ナイ」という形が用いられる。存在を示す動詞「オル」と「イル」の境界も、おおむね糸浜線に一致する。
そのほか、言語地理学ではさまざまな語彙が東西対立分布を示すことが明らかにされてきた。太平洋側の境界は浜名湖であったり、名古屋近辺であったりとブレが見られるのに対し、日本海側はたいていが親不知を境界としている。親不知がいかに難所であったかが分かる。
■東西文化の境界は「日本アルプス」
これらの方言境界線は、たしかに糸静線と似通っている。しかし、よく見れば糸静線そのものよりも、むしろ飛騨山脈や木曽山脈が境界線となっていることが分かる。
考えてみれば当然であるが、文化に差が生まれる要因は人の行き来が少ないことにある。だとすれば、山脈を境界と見なすほうが自然である。三関が文化境界になったのも、伊吹山地や鈴鹿山脈があるからである。
もちろん、糸静線は日本アルプスの東縁に当たるため、広く見れば東西の文化境界とも言える。しかし、断層が山よりも激しい文化の隔たりを生んでいるとは考えづらい
「一本の断層帯によって東西文化が分けられる」という見方は分かりやすいが、それよりは素朴に日本アルプスを東西文化の境界と見たほうが適切ではないかと思う(*4)。
*1 真田信治『関西・ことばの動態』大阪大学出版会(2001: 81―84)
*2 「「マクド」に「ユニバ」、知らずに使ってる関西弁?」L maga.jp、2021年9月13日
*3 福井県のみは愛発関よりも西側も「東日本」扱いとなっている
*4 本節の記述は、細井星也氏(東京大学大学院新領域創成科学研究科自然環境学専攻)からの教示を参考にしたものである
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重永 瞬(しげなが・しゅん)
京都大学地理学研究会第7代会長
京都府出身。京都大学大学院文学研究科地理学専修。専門は歴史地理学。縁日露店を中心とする近現代都市史について研究するかたわら、まち歩き団体「まいまい京都」でツアーガイドを務める。著作に『統計から読み解く色分け日本地図』(彩図社)、『Y字路はなぜ生まれるのか?』(晶文社)など。
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(京都大学地理学研究会第7代会長 重永 瞬)

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