NHK大河「豊臣兄弟!」で、秀吉が記憶喪失になるズッコケ展開が話題になっている。TVドラマに詳しいライターの村瀬まりもさんは「コントのような展開が続き、ついに『ワースト大河』との声まで出始めた。
若手随一の演技派・池松壮亮に演じさせるべきなのかという疑問も沸いたが、ドラマの構造を紐解くと、まったく別の景色が見えてきた」という――。
■笑うしかない「記憶喪失」展開
秀吉(池松壮亮)「おぬしは、わしの弟か?」

秀長(仲野太賀)「物事を忘れてしまったじゃと? なぜ、そんなことに⁉」
「豊臣兄弟!」第22回「播磨大誤算」より

NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」第22回「播磨大誤算」の展開には、笑ってしまった。
秀吉(池松壮亮)が夜中にもうろうとしたまま庭に落ちて頭をぶつけ、なんと記憶喪失に。自分が何者かも分からなくなってしまった。共に播磨攻めに赴いている弟・秀長(仲野太賀)や家臣たちから「おお~い、思い出せ!」と胸ぐらをつかまれて責められる始末。
笑うしかない展開なのだが、この展開にしらけた、または笑った後ふと冷静になった人もいただろう。
歴史ある大河ドラマ(本作で65作目)でこんな展開、あっていいのだろうか?
ここ数回の「豊臣兄弟!」はエンタメ路線に振り切った感がある。
第21回のタイトルは「風雲!竹田城」で、往年のバラエティ番組「風雲!たけし城」へのオマージュだった(ほぼタイトルだけだったが)。
その前の第20回「本物の平蜘蛛」では松永久秀(竹中直人)が名器“平蜘蛛”らしき茶釜を2つ並べ、豊臣兄弟に「どっちが本物(一流)か分かるか?」と究極の2択クイズを迫っていた。まるで、浜ちゃん(浜田雅功)司会の人気番組「芸能人格付けチェック」のようだった。
■秀吉がのび太で、秀長がドラえもん
とことんふざけ、大河ドラマという伝統枠であえてくだらないことをやる。その意気やよし! と言えなくもない。

それにしても記憶喪失は、数々の漫画やアニメでさんざん“こすられてきた”設定ではある。「豊臣兄弟!」で織田信長を演じている小栗旬が主演した『信長協奏曲』でも信長(小栗)が記憶喪失になる展開があり、そもそもタイムスリップで始まっていた。同作は小学館の漫画が原作だ。
もともと「豊臣兄弟!」は『少年ジャンプ』掲載の漫画のような大河ドラマだと言われてきた。松川博敬プロデューサー自身が「少年マンガのように痛快です」と明言し、キャストもインタビューで「このドラマには少年漫画のようなポップさを感じます」(竹中半兵衛役の菅田将暉)、「脚本は、漫画のようにテンポがいいですね」(兄弟の母なか役の坂井真紀)と語っている(『NHK大河ドラマ・ガイド 豊臣兄弟! 前編』、同『後編』NHK出版)。
脚本の八津弘幸は、秀吉と秀長の関係を描くとき『ドラえもん』をイメージしているという。秀吉がのび太で、秀長がドラえもん、信長がジャイアンだそうだ(『NHK大河ドラマ・ガイド 豊臣兄弟! 前編』)。だから、秀吉は信長から無茶振りをされては秀長に「ドラえもん~」と泣きつく。つまり、『少年ジャンプ』どころか、もっと幼少年向けの『コロコロコミック』も入っているわけである。
■「半沢直樹」を生んだヒットメーカー
本作で初めて大河ドラマに挑んだ八津氏は、当代屈指のヒットメーカーだ。40%超えの記録的な視聴率を獲得した「半沢直樹」を始め「下町ロケット」、「VIVANT」(共同脚本)などTBS日曜劇場枠で成功を収め、朝ドラ「おちょやん」はやや振るわなかったものの、2025年公開の映画『爆弾』(共同脚本)もヒットさせた。
そんな八津脚本作品らしく、「豊臣兄弟!」の序盤は、「半沢」モードで進んでいった。
信長の家臣団に足軽として入った秀吉と兄に巻き込まれた秀長が、合戦の場で自分たちの父親を殺した男に対して敵討ちをもくろむ。これぞ「倍返し」の半沢風大河だ。当初は、そんな王道の展開と秀吉にまつわる史実がうまくミックスしているように見えた。
しかし、折り返し地点となる5~6月に入り、一気におふざけモードに。全50回近くある大河ドラマ、どんな名作でも中盤はダレるものだが、視聴率も初回以降は下がったまま。今後が心配ではある。
特に気になるのは、秀吉という歴史上稀にみるミラクルな下剋上を果たした人物の描き方だ。
第1話では、秀吉は上司に当たる人物を迷いなく斬り捨て、百姓から武士に成り上がった人間としてのすごみと冷酷さを見せたが、それから出世し一城の主となると、浅井長政(中島歩)や松永久秀など、謀反人すらも必死に救おうとするなど、“お花畑”のような善人ぶりが前に出てきた。
■秀吉の残虐さをエクストリーム擁護
記憶喪失展開では、さらに秀吉の人格が一変。いつものお調子者ぶりや図々しさはどこへやら、おとなしくて善良でピュアな男になってしまった。「わしのようなものが」と常に謙虚で、弟にも「小一郎殿」と丁重に呼びかけ、戦場で血を流すことなど、とてもできそうにない。もし、戦乱の世でなければ、秀吉はこんなふうにお人好しのまま生涯を送れたのかもしれない。
そう思わせる描き方だった。
しかし、史実では、秀吉は上月城の敵を斬首するなどし、女子どもに至るまで串刺しにしてさらした。三木城は兵糧攻めで「干し殺し」に、さらに備中高松城は水攻めにするなど、苛烈さを極めていくのだが、どうも「豊臣兄弟!」では、それをエクストリームに解釈して擁護するらしい。
第22回で上月城の女たちは秀吉が城に入った時点で自害しており、秀吉は死体を利用して自分たちが「敵には容赦しない」と見せかけただけと描いたように……。
■「豊臣兄弟を善人に仕立てたいのか」
Yahoo!ニュースのコメントでは「上月城の惨殺すらなかったことにされてしまった」「そこまでして豊臣兄弟を善人に仕立て上げたいのか」「今後も、ひどいことは秀吉は命じていなかったと描くのだろう」「秀吉を現在の嗜好に合う良い人に描き、そのために史実を歪曲してまで嘘のエピソードを創作している」と批判が続出。
秀吉が記憶喪失になった理由は、尼子晴久主従を見殺しにしたという良心の呵責に耐えかねたからという描写についても、「よくそれで二十数年も信長の幕僚を務められてきたものだ」と呆れたような感想もあった。
Xではがっかりするあまり、「歴代最低大河ドラマ」「ワースト大河」とまで書いている視聴者もいる。
なぜこんな史実無視の描き方になっているのか。
記憶喪失のくだりを見て、筆者は気づいた。「豊臣兄弟!」は少年漫画的大河というよりは、仮面ライダーやスーパー戦隊シリーズのような特撮ドラマのノリなのだ。秀長を始め家臣たちが次々に、かつて自分が秀吉に言った名セリフを再現してみせるコントのような場面では、秀吉が戦隊ヒーローのレッドに、秀長が補佐役のブルーに、蜂須賀小六(高橋努)が力持ちのイエローのように見えた。
そう、“子ども向け”を強く意識しているならば、主役のレッド(秀吉)はピュアな存在でなければならない。
そういえば、本作のオープニングも仮面ライダーやスーパー戦隊を放送する“ニチアサ”のように、キャラクター性を分かりやすく打ち出している。
■記憶喪失はニチアサがよくやる手
これまで仮面ライダーシリーズでは少なくとも「アギト」「キバ」「555(ファイズ)」「電王」「剣」の5作で、登場人物が記憶喪失になる展開があった(仮面ライダー公式ポータルサイトより)。スーパー戦隊でも「快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー」などに記憶喪失回がある。
もはや大河ドラマだからといって、または人気のある戦国大河だからといって安定した視聴率が見込める時代ではない。メイン視聴者である中高年、シニア層はこれからどんどん人口が減っていく。そんな2026年現在の分岐点、制作者たちが思い切って路線変更し、子どもたちや10代の視聴者を取り込もうとしているのかもしれない。
現に、主演の仲野太賀は「『子どもがハマって見ている』という声も多く、幅広い年齢層に見てもらえる作品を当初からめざしてきたので、うれしいです」と語っている(『NHK大河ドラマ・ガイド 豊臣兄弟! 後編』)。
しかし、子ども向けを意識しているとしても、戦争の犠牲になった人の死をあまりきれいごとに昇華すると、多数派である中高年視聴者にそっぽを向かれてしまうリスクがある。
「どうする家康」(2023年)では、家康(松本潤)が信長の命で正室の築山殿(有村架純)と嫡男を死なせるくだりで、母子が「家康のためなら」と納得して死に臨んだように描き、「ファンタジー展開だ」と視聴者のテンションが一気に下がってしまった。
「豊臣兄弟!」はこれから本能寺の変や、秀吉が明智光秀を討つ山崎の戦い、さらに柴田勝家(山口馬木也)とその妻お市(宮﨑あおい)を滅ぼす展開になっていくはずだ。エクストリームに秀吉を善人に描くことにならなければいいが……。
■違和感は主演2人の配役にも…
また、「豊臣兄弟!」はニチアサ大河(ニチヨルなのに)と考えると、キャストの配置がなんだか皮肉なことになっている。
長年、俳優へのインタビューをしてきた筆者としては気になるポイントだ。
ニチアサこと東映制作による特撮ヒーローものは俳優の登竜門であり、有名な役者を多数輩出してきた。本作にも元仮面ライダーの菅田将暉(竹中半兵衛役)、要潤(明智光秀役)や元戦隊ヒーローの結木滉星(織田信孝役)、濱正悟(毛利輝元役)がキャスティングされている。
現在ではそんな風潮はほぼないが、ひと昔前まで彼らは「ライダー俳優」などと呼ばれ、イケメンだけれど演技力は今ひとつ、大人向けのドラマにはそぐわないと見られてきた。現にニチアサ出身でこれまで大河の主演を張った例はなく、来年の大河「逆賊の幕臣」の松坂桃李(『侍戦隊シンケンジャー』のレッド)がついに前例を破る(吉沢亮は「青天を衝け」に主演したが「仮面ライダーフォーゼ」では主演ではなかった)。
そう、映画『国宝』の吉沢亮だって横浜流星(「烈車戦隊トッキュウジャー」のトッキュウ4号役)だって、10代の頃はニチアサに出ていた。そのイメージを覆し、ちゃんと芝居ができる役者として認められ、日本アカデミー賞などを獲得するポジションになるまでには、本人の高い意識と芸術的な作品選び、舞台に出て演技力を磨くなどの、それこそ血の滲むような努力が必要になる。
■仲野・池松の俳優キャリアは全く別物
それに対して仲野太賀と池松壮亮は、ニチアサを通ってこなかった俳優だ。
2人とも子役時代から活動。大河ドラマにも早くから参加し、仲野は「風林火山」(2007年)や「江~姫たちの戦国~」(2011年)、池松は「義経」(2005年)、「風林火山」(2007年)に出演した。他にも評価の高い映画やドラマに出て、“若手だけれどすごい演技をする”俳優として知られてきた。
分かりやすく言うと、仲野と池松はキャリア初期から商業ベースに乗らず、本格志向で役者道を邁進し、結果的に30代前半で大河の主役と準主役の座をつかんだわけだ。

日本大学芸術学部出身の池松はインタビューで、これまでは映画などを優先してきたが、家族や親戚の要望もあって、大河ドラマに準主役で出ることを決めたと語っている。
■池松壮亮の「ムダ遣い」なのか
その2人が「豊臣兄弟!」では、皮肉にもニチアサのようなヒーローを演じている。秀吉が顔に墨を塗ってウキキと猿まねをするなど、たびたびコントのような場面があるので、“日本映画界の星”とまで言われる池松が下手に見えてしまうことも……。Xでも「池松壮亮のムダ遣いだ」「秀吉のダークサイドを演じるための池松の演技力じゃないのか」というポストを見かける。
筆者もそう感じてきたが、記憶喪失回で見方が変わった。
こんなベタな展開では、役者の力がないと笑えもしない。別人になってしまった秀吉を演じる池松、「思い出せ~」と全力でツッコむ仲野。変幻自在の芝居ができる2人だからこそ、ここを面白く、かつエモく見せられる。これまで大はしゃぎする秀吉を演じる池松が下手に見えたのも、“道化を演じ無理している秀吉”を表現していたからだったのかと思い至った。
今回でズッコケた視聴者も少なからずいたようだが、継続視聴から離脱するにはまだ早いのではないだろうか。

----------

村瀬 まりも(むらせ・まりも)

ライター

1995年、出版社に入社し、アイドル誌の編集部などで働く。フリーランスになってからも別名で芸能人のインタビューを多数手がけ、アイドル・俳優の写真集なども担当している。「リアルサウンド映画部」などに寄稿。

----------

(ライター 村瀬 まりも)
編集部おすすめ