■GAFAにマネできない「日本発サービス」
「すごいアプリがあるんです」
編集部のIくんが差し出したスマホの画面に笑顔をふりまく赤ちゃんの写真が並んでいる。彼が昨年、二人目の子どもが生まれて育児休暇を取得したことを思い出した。
「おお、かわいい」
「アプリの話ですよ。『みてね』といって、国内ではママとパパの65%(※)が使っているそうです。もちろん、わが家でもみんな使っています」
子どもがいる家庭に限った話とはいえ、65%はたしかにすごい。
「ユーザー数は3000万人を突破してます。しかも海外の利用者が全体の約4割を占めているんですよ」
Iくんが興奮気味なのも無理はない。写真や動画の保存・管理といえば、グーグル・フォト、アイクラウド・フォト、アマゾン・フォトなどのGAFA勢が思い浮かぶ。規模の違いがあるとはいえ、日本のアプリが海外でがんばっている話はうれしい。
「発案者は、笠原健治さんです。あのmixiを生んだ」
「ああ、MIXIの創業者」
「しかも、写真を共有するアプリなのに『いいね』ボタンがないんです」
子どもの写真を見て「いいね」できないのは、はたして便利なのか不便なのか……いまいちわからない。ほかにも気になることは山ほどある。
「これはもう話を聞きにいくしかないですね」
私たちは渋谷駅近くにあるMIXIのオフィスを訪ねた。
※2024年12月時点
■開発のきっかけは「イライラ」だった
「みてね」は、写真や動画を共有するアプリで、招待された人だけが閲覧できるというもの。ママとパパが子どもの写真を撮影し、離れたところに住むおばあちゃんやおじいちゃんが楽しみにアプリを開く、といった使い方だ。2015年にサービスを開始して、現在は世界175の国と地域、7言語で展開されている。
発案者であり事業責任者の笠原健治氏は、自身の体験からこのアプリを発想した。長女が2013年に生まれたのがきっかけだ。笠原氏も当初は既存のクラウドサービスを使って、親たちと写真や動画を共有していた。だが、半年もしないうちにイライラが募りだしたという。
「クラウド系のサービスは、第一義的にはバックアップ用としてつくられています。だから写真や動画を共有するための操作画面が使いづらい。誰が見たのかもわからないし、動画の再生もすごく遅い。しかも画質が悪くて気持ちが萎える。作業負担の割に得られるものが小さいと思いました」
■「全盛期のmixi」を超えるユーザー数
笠原氏は長女が生まれて「自分でも驚くほどたくさん撮影した」という。祖父母たちもパソコンやスマホで見られるように、週に一度、写真と動画を選んでクラウドのフォルダにアップロードした。しかし、だんだん毎週の繰り返しが苦痛になってきた。
「どうにも使い勝手がよくなかったんです。そもそも選んでアップロードするということは、捨てる写真や動画がある。どれがいいなんて選べないですよ。親の気持ちにもっと寄り添うサービスがあってもいいじゃないか……という思いが募っていきました」
こうして生まれた「みてね」は、いまや世界累計ユーザー数で3000万人を突破。これはSNS「mixi」ピーク時の約2700万人を上回る数字だ。
なぜ、日本発のサービスがグローバルに広がったのか。理由は、きめ細やかなサービスの設計がユーザー満足度を高めたことにあった。
■0歳児ママへの徹底調査で「わかったこと」
最初は、自分だけの悩みかな……と思っていたという。
「写真や動画を撮りまくり、親と共有したいと考えるのは特殊なユーザーかもしれない。最初は誰にもいわなかったんですけど」
半年ほどクラウドサービスを使って、みんな同じ不満がないか尋ねてみようと思いついた。社内のエンジニア、デザイナー、総合職などにヒアリングした。
「子どもがいる人もいれば、いない人もいました。アプリを開発したらどうだろうと話したら、すごくいいんじゃないかと言われました」
社内の反応は好意的だったが、確信までには至らない。社外へ出た。
「0歳児のママさんたちが集まるところへ出かけ、こういうアプリがあったらどうですか? ……みたいなことを聞いてまわったんです」
小さな集まりでのヒアリングからはじまり、だんだん規模が拡大した。0歳児のママやパパを対象に、写真や動画をどれくらい撮っているか、どうやって共有しているか、不便を感じていないかといった大規模アンケートを実施した。
「共有ツールはかなりバラけていました。LINEで送ってる人もいれば、クラウド系のサービスを使っている人もいる。少なくともデファクト(標準)らしいものはないとわかりました」
みんな写真や映像の管理とか共有で困っている。しかし決定的なサービスは存在しない。
「意外とみんな困ってるとわかり、これは! と思いました。いいサービスができるんじゃないかと」
■「試作版」が思わぬ不評を買ったワケ
自分のイライラから出発した問いは、データによって「みんなの困りごと」へと変わった。笠原氏は開発に踏み切る。だが、試作した最初のアプリは、ユーザーテストで思わぬ不評を買うことになる。
笠原氏が最初に試みたのは、子どもが生まれた日から写真を並べ、人生を丸ごと残せるアルバム――というコンセプトのアプリ化だった。操作画面も誕生した日から並べていくように設計した。
「子どもが生まれた日の写真動画から、共有するかどうかを選択するUI(ユーザー・インターフェース)をつくりました。
0歳児のママやパパ20組に2週間使ってもらったところ、操作の負担が大きく、そもそも使いはじめてもらえないという重大な問題が浮き彫りになった。
「他のメッセンジャー・アプリとの差別化を意識しすぎてしまって。“子どもの人生を丸ごと残せる”というコンセプトにこだわりすぎたと思います」
0歳児であっても、誕生した日が1年近く前のこともある。何カ月も前の写真、動画にさかのぼって「共有しますか?」「共有しませんか?」と選んでいくのは苦痛だというのだ。ユーザーが求めたのは、もっとシンプルな使い方だった。
「過去からたどるのではなく、“いま”をやらせてくれって話なんです。撮影したばかりの写真を誰かと共有したいというのが希望でした」
■上場企業の会長自ら「公園でチラシ配り」
笠原氏はUIを根本から見直した。撮った写真がタイル状に並び、共有するものを選ぶだけ。シンプルな構造に振り切った。
「2回目のユーザーテストでは非常に好評で、よろこんで使ってもらえました。手応えがあったので、2014年12月にテスト公開しました」
コンセプトより、ユーザーが正しかった。自分のこだわりよりも、“いま”が大切だという希望を優先する――ユーザー目線の判断が「みてね」の方向性を決定づけた。
翌2015年4月、正式リリースを迎えた。笠原氏はリリース前に、自ら東京・駒沢オリンピック公園へ出かけ、0歳児の親たちにチラシを配った。上場企業の会長(当時)が率先してプロモーションする。マーケットの感触を直接つかむためだった。
さらにリリース後も、笠原氏は自らカスタマーサポートを担当した。使い方などメールでの問い合わせに答える。当時はエンジニアやデザイナー以外のスタッフがいなかったため、ユーザーから届く声を直接受け取りつづけた。現場に立ち、声を聞く。リリース後の細やかな改善を支えた。
笠原氏は、さらに踏み込んだ設計へと向かう。多くのSNSが当たり前のように実装している「いいね」ボタンをあえて入れなかったのである。
■要望があっても、「いいね」ボタンを却下した
「みてね」には、SNSでは当たり前の「いいね」ボタンがない。ユーザーから最も多く要望される機能だが、笠原氏は採用しなかった。理由は二つある。
「すごく言われます。でも、単純なハートマークの『いいね』はやらないほうがいいと思っていて」
一つ目は、祖父母の使い方だ。孫の写真に「いいね」を押さないという選択肢はほぼない。笠原氏が子どもの写真を捨てられなかったのと同じだ。
「おばあちゃん、おじいちゃんは結局すべての写真と動画に『いいね』を押さなきゃ、となる。義務感から全部に『いいね』してしまうことを避けたかったのです」
二つ目は、コメントが減ること。「いいね」で済ませて、感想を送らないといったことが起こる。
「かわいいとか、おかしいとか、簡単なコメントでも読むとうれしいものです。素直な感想が『いいね』で消化されちゃうというか、だんだんボタンを押すだけで片づけられてしまいそうで」
代わりに採用したのが「みたよ履歴」だ。アプリを開くと自動で更新され、誰がいつ見にきてくれたかを表示してくれる。
「自分はしばらくアップロードしてないけど、おばあちゃんたちは昨日も一昨日も見にきたんだってなると、早くアップロードしないとまずいんじゃないか……みたいな気にもなりますし(笑)」
SNSでは当たり前の「いいね」がないことで、むしろ投稿の熱量は上がる。見てくれたという気配が、投稿者を自然に動かす。“往来感”こそが、笠原氏が「みてね」に込めた設計思想の一つだ。
■「足あと」機能が受け継がれている
「ほんのりお互いの存在が確認し合えるっていうのが、いいところじゃないかなと思っていまして。mixiの『足あと』機能と同じです」
ただし、笠原氏が否定したのは「単純なハートマークのいいね」に限られる。「かわいいね」「よかったね」「お疲れさま」――そんな気持ちを伝えるステッカー機能は、あえて実装した。メッセージ性があり、温かみが伝わるからだ。義務感で押す「いいね」ではなく、言葉の代わりになるスタンプがいいと笠原氏は考えた。
「みてね」は家族だけが集まる空間。子どもの大ファンしかいない。だからこそ機能する繊細な設計。“つながり”に敏感な笠原氏の真骨頂だ。
「視聴率100%の番組をつくっているみたいという人もいます。おばあちゃんやおじいちゃんが遠くに住んでいても、毎日つながっている感覚でいられるのは大切ですね」
多くのSNSが機能を増やしつづけるなか、「みてね」はむしろ削ることで居心地のよさをつくってきた。日本的ともいえる“きめ細やかな設計”は、やがて海外ユーザーにも受け入れられるようになる。
■グローバル展開の背景に「mixiの教訓」
「みてね」の海外展開は2017年にスタートした。国内で手応えが確認できたら、すぐ準備に動いた。笠原氏は早い段階から海外市場へ目を向けていた。
「日本国内でいくら勝者になっても、グローバルの強豪プレーヤーが上陸してきたら勝てない。海外も含めて数多くのユーザーを早期につかみたいという考えがありました」
笠原氏の危機感は、mixiの歴史を思い起こさせる。パソコン時代のSNSでは国内最大だったmixiも、2010年代に入ってスマホが普及し、フェイスブック、ツイッター(現・X)、インスタグラムなどの海外勢が上陸したことで急速に勢いを失った。国内王者もスマホ化の波、メガテックの波には勝てなかったからだ。
ただし笠原氏を動かしたのは、戦略的な計算だけではない。
「単純にロマンがある」
照れくさそうな笑顔で語った。自分のアプリが世界中で使われることを望むのは、発案者として当然のことだ。国内市場しか見ないドメスティック志向は、堅実ではあっても夢がない。
■「Mitene」=「マイトニー?」「ミトゥン?」
ところが、海を越えたとたんに最初の壁が立ちはだかる。サービス名だ。「みてね」をアルファベットで「Mitene」と表記すると、海外では読み方がバラつくのだ。
「Miteneと書いてあると、『マイトニー』と読む人もいれば、『ミトゥン』と読む人もいる。読み方がバラバラでは口コミが広がりにくいし、綴(つづ)りがわからなければiPhoneのApp Storeなどでも検索されにくいんです」
ただ、「みてね」というネーミングには愛着がある。「Uniqlo(ユニクロ)」、「Yoshinoya(吉野家)」、「MUJI(無印良品)」みたいにできれば「Mitene」の文字を世界中で見たい……と1年ほど粘った笠原氏もついには折れた。ユーザーアンケートを重ねた末に「FamilyAlbum(ファミリーアルバム)」へ変更した。アプリの役割がダイレクトに伝わる名だ。
「名前が原因で海外展開に失敗したら、死んでも死にきれませんから。アンケートで否定的な意見が一番少なかったのが『FamilyAlbum』でした。名称変更してからのほうがやっぱりうまくいきました」
サービス内容への反応は、笠原氏の予想以上によかった。子どもが生まれると写真や動画をイヤというほど撮る、家族と共有したい、という気持ちに国境はなかった。
■ガラパゴスも突き詰めれば「強み」に
「アメリカの西海岸と東海岸で離れて暮らしているのに、日々リアルタイムでつながるから、一緒に住んでいるみたいでうれしいという声が届きます。家族のつながりや大切にする気持ちは同じですね」
子どもの写真だけを家族で共有する専用アプリは海外にほとんど存在しなかった。目新しさだけでなく、“きめ細やかなサービス”も刺さった。
「日本人らしいこだわりが珍しかったのかもしれません。こっちには1ミリでもいいものを……という欲求がある。海外の人が日本製のウォシュレットに驚いちゃう感覚に近いかもしれません」
過剰に見える機能も、実際に使ってみれば理由がわかる。家族の日常にぴったり合っているのだ。操作が細かすぎるといった不満はなく、むしろ「こういうのが欲しかった」という声が返ってきた。
ガラパゴス化と揶揄されがちな日本人らしいこだわりは、突き詰めればアプリの世界でも差別化要因になる。約4割が海外という「みてね」の実績が物語っている。しかし現状では満足しない。笠原氏はさらなる構想を描いている。
■mixi、モンストに続く「第三のヒット」
正式リリースから11年目の今年、「みてね」は待望の黒字化を果たした。同社にとって、mixi、モンストに続く「第三のヒット」になりつつある。地道な改善を積み重ね、ユーザーが増えつづけてきた結果だ。
「じわっと上がったのが特徴です。今後10年で1億超のユーザーを目指したい」
目標は数字だけではない。笠原氏が見据えているのは、もっと長い時間軸だ。
「世界中の家族が深く結びつくような“心のインフラ”にしたいですね」
その言葉通り、「みてね」が預かる家族の記憶は、新たなフェーズへと向かおうとしている。
「スタート時に撮影された0歳児の子どもは、もうすぐ中学生になります。十数年たてば親になる人もいるでしょう。『みてね』が親子二代を記録することになる。子育て中に自分自身がどう育ててもらったか思い返す親は多いと思いますが、たとえば、親と子で同じ月齢の写真を並べる機能などをつけても面白いかもしれない。これから楽しみです」
はじめは“いま”の共有だった写真や動画が、やがて「記憶をたどる」ためのよすがになる。
「年月がたてば、新しい使い方が出てくるし、新しい機能もつく。価値はどんどん高まると思っています」
■「現場」に戻った起業家が進む道
当然、AIの進化も視野に入れている。写真の整理や思い出のたどり方が大きく変わっていく可能性がある。
「パソコンの登場、スマホの登場で世の中は大きく変わりました。家族関係、友人関係にも影響しています。AIが生みだす変化は、過去一の影響があるかもしれません」
家族のつながりは、いつの時代も失われない。ただ、新しいツールが家族の関係に変化をもたらすことは間違いない。よりよい関係へと進むツールが求められる。
笠原氏は2013年6月に代表取締役社長を退任し、取締役会長となった。37歳のときだ。ビジネスの現場に戻り、新規事業の立ち上げに専念。そして誕生したのが「みてね」だった。2021年6月には会長も退任し、現在は取締役ファウンダー・上級執行役員の立場だ。「みてね」のほかに会話AIロボット「Romi(ロミィ)」、新SNS「mixi2」の事業も進める。
「上場企業の経営も10年以上経験し、自分はプロデューサーに向いているとよくわかりました。実はいまが一番楽しく仕事をしているかもしれません」
グローバルな構想を描く起業家の目は10年後、20年後を見据えている。
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笠原 健治(かさはら・けんじ)
MIXI 取締役ファウンダー 上級執行役員
1975年大阪府生まれ。東京大学経済学部卒業。1997年11月に求人情報サイト「Find Job!」の運営を開始し、1999年6月にイー・マーキュリーを設立、代表取締役に就任。2004年2月にSNS「mixi」の運営を開始。2006年2月にミクシィへ社名変更し、同年9月に東京証券取引所マザーズ市場に株式を上場。2013年6月に取締役会長、2021年6月に取締役ファウンダーに就任。2022年4月より現職。
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(MIXI 取締役ファウンダー 上級執行役員 笠原 健治、ライター 伊田 欣司)

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