■周りからの「だいじょうぶ」がつらかった
神経疾患のミュージシャンズ・ジストニアを発症し、2015年に人気バンドRADWIMPSの活動を休止せざるを得なくなった山口智史さんは、移住先・葉山の棚田で農作業をしたり、そこでとれた米を用いての「葉山アイス」事業に打ち込むことで、ゆっくりと自身の心身を回復させていった。
ただし、根本の問題は残り続けていた。ミュージシャンズ・ジストニアを克服できたわけではないのだ。山口さんは自身が抱え込んだこの大きな課題にも、時間をかけて取り組んでいくこととなる。
ミュージシャンズ・ジストニアは、演奏時にかぎって無意識に筋肉がこわばって、コントロールが利かなくなる病だ。ドラマーである山口さんの場合、症状は右足に出た。バスドラムのペダルを踏み込もうとするたび、足が言うことを聞かなくなり、思い通りのリズムを刻めなくなっていった。
「目に見えない障害ですし、現象は身体のなかで起きているので、ジストニアの症状の言語化はひじょうに難しいんです」と山口さんは言う。
ふだんから強い痛みがあるわけでもなく、勝手にブレーキがかかってしまうような状態は感覚的なものゆえ、周囲と認識のギャップが生じてしまう。
山口さんは2009年に発症したあと、数年にわたりバンド活動を続けた。RADWIMPSのメンバーやスタッフは、彼の苦悩を察しながらも、励ましの言葉を口にした。「だいじょうぶ、ドラム、ちゃんと叩けているよ」と。
しかし、本人には明らかな違和感がある。「だいじょうぶ」と言われるたび、「なんでわかってもらえないのか」という孤独感に襲われた。苦しみを他者と共有できないのがつらかった。
■慶応義塾大学との出会い
バンド活動を休止したあと、山口さんのもとには、同じ症状に悩むドラマー仲間からの声が多く集まってきた。著名なバンドのドラマーたちが「じつは自分も……」と言う例が、思いのほか多かった。これは音楽の世界における由々しき問題ではないか。当事者となってしまった自分に、できることはないだろうかと山口さんは考えた。
自身の症状を改善するため、また世の多くの音楽家たちのために、山口さんはさまざまな医療関係者や研究者のもとを訪ね、意見を求め歩くようになった。
そんな探索のさなかに出会ったのが、慶應義塾大学環境情報学部(SFC)の藤井進也准教授だった。
初めて顔を合わせたのは2020年11月3日。そこから時間を重ね、山口さんが自身のあゆみと葛藤を話すうち、藤井准教授の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。情に厚いタイプの藤井准教授は、山口さんに言葉をかけた。
「いっしょに研究しましょう!」
ジストニアのメカニズムと療法を突き詰めたかった山口さんにとっても、願ってもない申し出だった。
2021年、山口さんは慶應義塾大学SFC研究所に属することとなり、最初は被験者・経験者の立場からジストニアの研究に参画していく。
■被験者→研究者になったきっかけ
しばらく研究に協力したのち、山口さんはモードを切り替え、研究者としてプロジェクトに取り組み始める。きっかけとなったのは、藤井准教授に誘われて2022年8月に参加した、米国ポートランドでの国際学会だった。
世界中から集まった研究者たちの発表を聴講しながら、山口さんは鳥肌が立つほどの衝撃を覚えた。各々の発表者は短い持ち時間のなかで、発する言葉や映し出すスライドを極限まで磨き上げ、全身全霊を傾けて発表していた。発表後の質疑応答では、研究者たちがハイレベルな議論を交わし、人類の知恵を集合させて研究を前に進めようという気概がみなぎっていた。山口さんは懐かしそうに語る。
「研究者の姿がひたすらかっこよかった。これは音楽におけるライブと同じだ! と感じました」
自分にはどうしても解明したい課題がある。そしてここには、課題解決につながる知恵を共有してくれる人たちがいる。だったら……。5日間の学会を見学し終えたとき、山口さんは藤井准教授に訴え出た。
「先生、研究がしたいです!」
■ジストニアが起きる原因
山口さんにとって研究とは未知の世界であり、足りないスキルがたくさんあることも承知だった。だが、そんなことは気にならない。勉強と経験を重ねて追いつけばいい。実際、研究の世界に足を踏み入れてからは、エクセルの使い方から学び始め、統計学などの初歩を猛勉強することとなった。
研究者としての視点を獲得した山口さんは、研究チームが進めていた大規模なアンケート調査を論文化することに取り組んだ。豊富なデータを、統計モデルを使って解析していったところ、日本のプロドラマーについてのショッキングな実態が浮かび上がった。
ジストニアと診断されているプロドラマーが、じつに全体の約9%に上るというのだ。
なぜ、これほどドラマーばかりが発症するのか。山口さんらの研究によれば、メトロノームクリック音に対するストレスが、ジストニアを含む、ドラマーの身体不調に関係している可能性があるという。
■もう一度、ドラムを叩きたい
近年ドラム奏者は演奏時、テンポをとるためのクリック音をイヤホンを通して聴いていることが多い。現代の大型ライブやコンサートでは、巨大なLED映像や緻密な照明演出、あらかじめ録音された音源と、生演奏をシンクロさせる手法がよく使われる。これらすべての同期の鍵を握っているのが、ドラマーの耳元で鳴り続けるクリック音である。
ドラマーが一瞬でもクリックからズレてしまえば、すべての演出が崩壊する構造だ。ドラマーは完璧なテンポでの演奏が求められ、常に大きなプレッシャーにさらされている。山口さんは言う。
「機械に合わせながら、同時に他の演奏者との調和も保たなければならない。この板挟みの状況に多くのドラマーがストレスを感じていることが明らかになりました。また、統計解析の結果、この“クリックへのストレス”が身体不調の関連因子のひとつとして示されました」
研究によってジストニアの正体に迫る一方で、山口さんの胸の奥には、もうひとつの決して消えない強い欲求があった。
■ヤマハとの共同プロジェクト
足が思うように使えないのならば、身体のほかのところでバスドラムを鳴らすしくみができないものか。あれこれ代替動作を試してみたが、自分が理想とする演奏からは遠く、しっくりこなかった。
試行錯誤は続き、脳波を通してできないかなど、さまざまなアイデアが出るなか、声を用いてバスドラムを鳴らすのはどうかという案が浮かび上がった。
山口さんはこの思いつきを、10代のころからドラマーとしての自分をサポートし続けてくれたヤマハに持ちかけてみた。
親身に相談に乗ってくれたヤマハから、やってみましょうと快い返事がきた。「Real Sound Viewing」という技術を応用できるかもしれない見込みがあったのだ。
これはライブ演奏のデジタルデータを利用し、無人のアコースティック楽器から音を発生させて、ライブを忠実に再現するシステム。バスドラム本体に独自の加振器を取り付け、電気信号によってヘッドを動かして音を鳴らす技術は、すでに確立していた。入力の部分を発声に変えれば、山口さんのアイデアは実現できそうだった。
そうして2024年7月、山口さんはヤマハとの研究プロジェクト「VXD」(※)を立ち上げた。音声トリガーによってドラムを演奏する世界初のシステム開発を目指すものだ。
※「VXD」の名称は、「声(VOICE)・歌(VOCAL)」と「ドラム(DRUM)」の頭文字に由来。
■約10年ぶりに味わう「純粋な歓び」
浜松のヤマハ本社に山口さんが初めて対面での打ち合わせに赴くと、早くもプロトタイプが用意されていた。マイクに向かって「ドン」と言うと、無人のバスドラムが音を鳴らした。ところが実際に演奏してみると、課題が浮上した。他の演奏音をマイクが拾ってしまい、バスドラムが始終鳴り響いてしまう。
開発チームはすぐ2号機制作に取り掛かり、マイクで収音した音声の周波数特性をリアルタイム解析して「ドン」という声を識別するよう改良した。さらには、演奏者の喉にセンサーを装着して、喉の物理的な動きをセンシングする識別システムも導入した。これにより他の楽器音でバスドラムが誤作動することはなくなり、声による正確な演奏が可能になった。
改良はさらに続いた。3号機では、スピーカーの指向性を演奏者側に向け、演者の体感を重視する仕様とした。また、バスドラムが鳴る瞬間と同期して、椅子の座面が強烈に振動するしくみを導入した。タイミング知覚と演奏感覚を高めるための工夫だ。
3号機を演奏するに至って山口さんは、かつての感触が完全に甦ってきたのを感じた。ドラムを叩く純粋な歓びを、久しぶりに味わうことができたのである。
■ツアータイトルに込めた思い
2024年12月21日のこと。東京・渋谷「Yamaha Sound Crossing Shibuya」で開かれたイベント『Future Tech Week』のステージに、山口智史さんの姿はあった。無期限活動休止から約10年を経て、再びドラマーとして人前で演奏を披露することとなったのだ。
会場には家族や友人のほか、旧知の音楽関係者も招待されていた。山口さんはVXDを組み込んだドラムセットの前に座り、マイクへ向け「ドン、ドン」と声を発してバスドラムを打ち、RADWIMPSの曲《25コ目の染色体》を演奏した。技術デモンストレーションではない、まぎれもない純粋な音楽表現が繰り広げられていた。客席から万雷の拍手が沸き起こった。
山口さんはその後、VXDシステムを用いてのライブハウスツアーを敢行する。大阪、名古屋、横浜などを巡ったツアーのタイトルは『The Past Can Be Changed』。
直訳すれば「過去は変えられる」だが、山口さんはこの言葉を「未来が過去を意味づける」と捉えている。
ミュージシャンズ・ジストニアを発症して心身に不調をきたし、30歳で無職になり、大好きな音楽からも離れなければならなかったときは絶望した。しかし、挫折が大きかったからこそ、棚田やアイスクリーム事業、研究への強烈なモチベーションが生まれ、VXDという新しいテクノロジーも生み出すに至った。
これまでのすべての経験がなければ、いま思い描いている未来は存在しなかった。そう考えれば、どん底で暗闇だったはずの過去の意味も、現在の自分によって鮮やかに書き換えられていくと思えるのだった。
■3748日ぶりにRADWIMPSに”復帰”
山口さんの多方面での挑戦は、どれも継続中のものばかりだ。2026年には、スタンフォード大学やハーバード大学をはじめ北米の6つの大学を巡る海外ツアーが組まれた。
自身のライフストーリーを語り、論文と研究の成果を発表し、さらにはVXDでドラムを演奏するというもので、公演時間のなかに「人生、音楽、学問、テクノロジー」を詰め込んだ類例のないステージだった。研究内容も演奏もオーディエンスに大いに響いて、新しいコラボレーションの申し出をいくつも受けるなど成果は大きかったという。
また、ひとりのミュージシャンとしても、2025年の年末には画期的な出来事があった。RADWIMPSの20周年記念全国ツアーの最終公演(有明アリーナ)に、ドラマー・山口智史としてサプライズ出演したのだ。
■暗闇を見たから見えた将来の目標
アンコールになってから、ボーカル野田洋次郎の呼び込みに応じてステージへ上がった山口さんは、VXDシステムを搭載したドラムを用いて演奏を披露。ステージ上のメンバーからも集まったファンからも「サトシ!」「おかえり!」の声が鳴り止まなかった。山口さんはそのときのことを思い返して、噛み締めるようにこう語る。
「RADWIMPSは僕の人生史上、最愛にして最強、そして最高のロックバンドです。僕もまた、僕なりの表現を探求し続けていきたい。お互いの歩む路が、ときに交わることだってあるかもしれない。ともにすばらしい光景を見れたらいいなと思いながら、僕も挑戦を重ねていきたい」
山口さんの現在の日々は多忙だ。棚田での農作業は、季節ごとにやることが山積している。アイスクリーム事業(無印良品などスーパーへの卸事業や自社EC販売)は新宿で店舗が稼働中。民泊事業も始めることとなり、開業準備に余念がない。研究のほうは大学院に在籍中で、ジストニアの実態を明かすべく邁進中である。
はたしてどこへ向かって歩いているのか。ご本人に問えば、こんな言葉が返ってきた。
「いろんなことをしているように見えますが、自分としては『自分と仲間が生きやすい世界を共につくる』という点ですべての活動が貫かれていると思っています。いま具体的に目指している方向性を言葉にするなら、音楽家がより純粋に音楽を楽しみ続けられる社会をつくることとなります。そのために研究やVXDの開発もある。そう、いつか『音楽家のためのクリニック』もつくっていきたい。そのためには日々、勉強と行動あるのみです」
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山内 宏泰(やまうち・ひろやす)
ライター
美術・文学・人物ドキュメンタリーなどの分野で執筆。著書に『文学とワイン』『上野に行って2時間で学びなおす西洋絵画史』『写真を読む夜』など。文学ファンコミュニティ「文学茶話」を主宰。
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山口 智史(やまぐち・さとし)
ドラマー(RADWIMPS)
1985年、神奈川県横浜市生まれ。中学2年生のときドラムを始める。2004年にRADWIMPSへ加入し、2005年にメジャーデビュー。2009年頃より右足にミュージシャンズ・ジストニアを発症し、2015年に演奏活動の無期限休養を発表。慶應義塾大学の藤井進也研究室とヤマハとの共同研究を通じ、声をトリガーにドラム音を鳴らす新技術「VXD」を開発。2024年には自身の声を用いた演奏で約9年ぶりにステージ復帰。2025年には初のソロツアーを開催。農家、葉山の植物性アイスクリームブランド「BEAT ICE」共同創業者としての顔も持つ。
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(ライター 山内 宏泰、ドラマー(RADWIMPS) 山口 智史)

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