※本稿は、勝丸円覚『警視庁公安部外事課』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
■公安警察と一般の警察との決定的な違い
公安警察とは、どんな組織なのか?
それは、簡単に言えば「日本の治安を維持するため日々任務を行なう警察のセクション」ということになる。
その点で、一般の警察となんら変わりはない。
ただ、一般の警察と公安警察との決定的な違いは、「取り締まる対象が異なる」ということだ。
一般の警察は「市井の人々を脅かす犯罪」や「生活に害を及ぼす行為」を取り締まるのに対し、公安警察は「公共の安全に対する犯罪」や「反社会的な活動」をおもな対象とする。
いわば、ミクロの目線から日々の市民生活を守るのが普通の警察で、マクロの目線から日本という国家全体を守るのが公安、と考えればわかりやすいかもしれない。
だから、公安が追いかける対象は、空き巣や痴漢、強盗や殺人などの凶悪犯といった連中ではなく、「過激派」や「テロリスト」などの犯罪者やその集団ということになる。
■ドラマや映画で描かれる公安の世界はこれ
ところで、ひと口に「公安」といっても、実はその役割ごとにいくつかの組織に分かれている。
ここで、それらの全体像をざっくりと述べてみよう。
【国家公安委員会】
国務大臣を委員長とし、その他五名の委員からなる行政委員会のこと。
【都道府県公安委員会】
各都道府県知事の所轄のもと、都道府県警察の管理を自治事務として行なう組織。みなさんが持っている運転免許証に印字されているのは、この組織だ。
【公安警察】
本書が扱うテーマであり、警察の一部門。普通の警察が「刑事警察」であるのに対し、公安警察は「警備警察」という部門に属している。
【公安調査庁】
法務省の外局として、破壊活動防止法(破防法)や団体規制法などに基づき情報の収集と分析を行なう組織。
オウム真理教への観察処分の実施や、国内諸団体、諸外国、国際テロ組織などを対象とする情報機関。
【公安審査委員会】
公安調査庁と同じ法務省の外局。各法令の規定により、公安調査庁からの処分請求を受けて、各種の処分を審査・決定する行政委員会。
この中で一般的にいわゆる「公安」と認識され、映画やドラマ、小説などの舞台としてたびたび登場するのは「公安警察」と「公安調査庁」ということになる。
2つの中で本書では「公安警察」をおもなテーマとしている。みなさんは「あの映画やドラマで描かれる公安の世界ってどうなってるんだろう?」という目線で読み進めてほしい。
■内実は地味な世界
普段、公安警察がどんなことをしているかというと……。
「監視」と「情報収集」、この2つに要約される。
実際に行なわれているものを挙げると、次のようなものになる。
・対象の動きを把握するため、ひたすら定点から対象を監視する
・アジトや活動拠点を炙り出すため、尾行する
・協力者(ドラマなどで言うところの情報屋)と接触し、情報を収集する
・収集した情報の精度を高めるため裏取りを行ない、真偽を見極める
・常に新たな協力者を発掘、開拓するため、さまざまな人物にアタリをつける
・対象周辺における「ヒト・モノ・カネ」の動きを徹底的に調査する
こうして列挙すると、一見華やかなスパイ映画のような仕事に感じられるかもしれない。
しかし、それは思い込みで、内実は「辛抱・我慢・忍耐」の三語がふさわしい地味な世界だ。
たとえば「定点監視」などの場合は、監視対象のわずかな変化を見極める必要があるため、何カ月、あるいは何年もかけて監視し、「この日だけは建物への人の出入りが少し多い」などという微細な動きをチェックする必要がある。
そのため、心身ともに健康な状態でないと遂行できない仕事であるともいえる。
■監視対象は「日本の治安を脅かすか」
次に「誰を監視しているのか?」「どんな情報を収集しているのか?」ということについて述べてみよう。
公安警察が「監視対象」とするのは、おもに次に挙げる個人・団体である。
【公安警察のおもな監視対象】
・テロリスト(及びその兆候が見られる人物や団体)
・過激な言動を繰り返す左翼団体
・過激な言動を繰り返す右翼団体
・過激な思想の宗教団体
・在日外国人の活動団体
・日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派(革マル派)など
・過激な思想の政治団体
・自衛隊(陸上・海上・航空すべて)
公安警察の任務というのは「日本の治安を維持すること」だから、それを脅かす恐れがある組織や人物は監視対象になる。
国家を転覆させる恐れがある動きや計画を排除するのが目的のため、それなりの規模があって影響力も大きい団体や組織の名が挙がっている。
この中に、自衛隊の名前が挙がっていることに疑問を抱いた人もいるだろう。
実は、これにはちゃんと理由がある。自衛隊というのは「戦闘力」という大きな力を保持しているので、そこから重要な防衛機密が漏れたり、力を背景に日本の国体を揺るがすような行為に出るといったことがないとは限らない。
そうしたことのなきよう、その管理や運用が正しく行なわれているかどうかを監視するのである。
■公安捜査員に選ばれるための3つの基準
公安警察は、先に述べたような国家の治安維持という重要な職務を担っているため、当然そこで働く人間、すなわち公安捜査員にも相応の適性が求められる。誰でも就けるわけではない。
「公安捜査員になりたい」と希望しても、先ほど触れた「監視対象」を見ればおわかりのように、危険と見なされる団体や組織と関係がある人物は真っ先に排除される。また、極端な政治的思想を持つ人間も弾かれる。
では、どんな人物が公安捜査員に適しているのか?
新人(捜査員)が選ばれる際の基準は、だいたい次の3つである。
①健全な愛国心があるかどうか
日本を愛する気持ちがあればいいというわけではなく、「健全な」というのがポイント。愛国心のあまり、他者や他国に対して差別的な主張をしたり、攻撃的になる者は向いていない。
②質素な生活に耐えられるかどうか
要するに「道徳心」や「健全な経済観念」が必要であるということ。
特に公安警察の中の外事部門では、予算の裁量の幅が大きく、企画を提出すればほぼ採用される。そういう強い権限が与えられている分、それを健全な形で行使する克己心が重要になってくる。
③家族を愛しているかどうか
これは、家族を愛する気持ちの延長線上にあるのが「愛国心」であるという考えに基づいている。
心構えや任務遂行のための行動の原則も、すべてここから始まりここへ行き着く。
私の場合も、おそらく①~③の基準によって、公安捜査員に選ばれたのだろう。在職中の自分を振り返ってみても、テロやスパイ事件を阻止したい、テロリストやスパイを逮捕したいという動機を「健全に」備えていたと自負している。
■ある日突然、「スカウト」が現れる
本稿を読んでいる方の中に、公安捜査員を目指す人がいるかもしれない。実際にどうすればなれるのか?
実は、これといった試験があるわけではない。
一般企業における人事異動のように、辞令を受けて配属される。
そして、公安警察に配属されるには、おもに2パターンがあると私は思っている。
1つ目は、警察学校で上位の成績を収めた優秀な人材。いわゆるエリートと呼ばれる人が配属されるパターン。
もう1つは、何らかの才能に特化した人材が配属されるパターンである。
私の場合は後者のパターンだと思われる。学生時代に予備校などで講師をするくらい英語ができたので、おそらくそのスキルが目に留まったのだろう。
ある日突然、「スカウト」が私の目の前に現れた。
このスカウトに、私のことを調べ上げた詳細な資料を前に、配属の決定を告げられた。それは有無を言わさぬ調子で、端から私に選択の余地などない。
もっとも私自身、辞退するつもりはなかった。そもそも、ここで配属を拒否するような人物は、最初から、あるいは調査途中の段階で選考から外されるようになっている。
私自身が班長(オペレーションの指揮官)を務めていた時も、同様の手法で新人を採用していた。
ただ、いくら警察学校で優秀な成績を収めていても、いくら特殊なスキルを持っていたとしても、公安はそれだけで通用する甘い世界ではない。
ちなみに私の警察人生は二十数年にわたったが、そのうちの半分以上を公安部、それも外事警察に携わった。これは非常に稀なケースらしい。
職務の性質上、癒着や馴れ合いを防ぐ必要があるため、1つの部署に長く在籍させないというのが公安の考え方だ。にもかかわらず、私がなぜそこまで長くいられたのかは、今もって謎である。
■重要な資質は「社交性」
では公安捜査員に必要な資質とは何か?
それは「社交性」である、と私は思っている。
意外に思った方も多いだろう。公安というと陰でコソコソ嗅ぎ回っている印象をもたれがちで、社交性とは程遠いイメージだからだ。
しかし、実際は営業職などと同じく、社交性が重要な資質なのである。
情報は相手と信頼関係を築けないともらうことはできない。その相手も、職業や肩書、職種などはさまざまだ。そうした相手との人間関係をスムーズに築く上で大事なのが社交性なのである。
笑顔を絶やさず、常に相手のことを思いやり、懐に入っていくようにする。時には無理な頼みごとも聞いてやる。
そうしたことを積み重ねていくうちに、相手は意気に感じて、重要な情報をくれるようになるのだ。
実は私はいささか社交性に欠けるところがあったので、努力と工夫でそれを補おうとした。
まず、警察内の自分のセクションだけでなく、他のセクションの人とも積極的にコミュニケーションを図り、人脈を広げることに努めた。
それは後に大使館の担当になってからも同じで、一日に一回は外交官の誰かと電話で連絡を取り合い、一週間に一回は大使に直接会うようにしていた。
人は頻繁に連絡をくれる者に心を許すものである。
それは、諜報活動のみならず、すべての人間関係においていえることだろう。
■食らいついて質問できるか
努力ということでは、公安の仕事についての勉強も怠らなかった。
公安捜査員になるには、研修期間を経て、所轄署や機動隊で内示を待つことになる。
公安の仕事のほとんどは、本庁(警視庁)の本部(公安部)から各所轄署に指示が下るかたちで行なわれる。
当時警察署で公安捜査員としてのキャリアをスタートさせた私は、指示の中身や捜査の過程で生じた疑問を、本部の担当者に積極的に質問した。
時に、「そんなわかりきったことをいちいち質問してくるな」などと注意されることもあったので、しっかり勉強して質問の内容を事前に吟味した。
それが功を奏したのかどうかは何ともいえないが、私は公安のセクションの中でも自分の希望する仕事に就くことができた。
後に私も本部に移り、当時の自分と逆の立場になったからわかるのだが、食らいついて質問してくる者に対し、「煩わしいな」と思う一方で、応援してやりたくなる気持ちも正直湧いてくるものである。当時の本部の担当者も、私に対してそういう心情を抱いたのかもしれない。
■「警察官より高給」は大間違い
公安には、警察学校のエリート集団(私がそうだと言っているわけではない)や、特殊な才能に秀でた人材が集められているので、普通の警察官より高給をもらっているだろうと思われるかもしれないが、決してそんなことはない。
あくまで国(または都道府県)から給料をいただいている公務員の身であるから、当然他の警察官と変わりはない。むしろ、日々の過酷な業務からすれば、割に合わないと感じる公安捜査員もいるかもしれない。
結局のところ、報酬よりも「使命感」にこそ価値を見出せる人間でないと務まらない仕事なのだと思う。
だから、休みの日であっても、決して気が休まることはない。携帯を手放すことなどあり得ない。寝る時もいつも枕元に置いていて、連絡があればすぐに出られるようにしていた。
束の間の自由があるとすれば、私の場合は、せいぜい家族と買い物に出かける時ぐらいだった。
それでも、私の「プライベート」はとても充実していた。家族仲もとても円満だった。
これだけハードな職務を担っていて、なぜプライベートが円満でいられたか?
そこには、私なりの秘訣があった。
たとえば、私はゴルフはやらないと決めていた。
ゴルフをすると、休みの日がそれで埋まってしまうからだ。
休日は家族のために体を空けておく。基本的にすべて家族に捧げるようにしていた。
買い物に行く時などは、それこそ「妻の奴隷」になるぐらいの覚悟が必要だ。その甲斐もあってか、おかげさまで夫婦生活は20年を超えた。家族も健康で、いたって円満な関係を築けていると自負している。
逆に考えると、そもそも家族仲が円満でない人は公安に呼ばれないと思う。
問題が起こりそうなリスクは最初から排除しておきたいからだ。
「そんな調子で、ストレスは溜まらないの?」とか「どうやって発散してるの?」などと聞かれたりもしたが、元々私は忙しいことや家族に奉仕することを「苦痛」と感じないタイプなので、当然「ストレス」も溜まることはなかった。家族の喜ぶ姿を思い浮かべれば、ストレスなんて感じるはずもない。
■日本における各国の諜報活動
ここで、各国の諜報員のことを、私たち日本の公安警察がどのような目で見ているか、簡単に触れてみたい。
【ロシア】
ロシアには諜報機関がおもに3つ存在する。
旧ソ連時代のKGB(国家保安委員会)の流れを汲み、ロシア国内で防諜活動に従事するFSB(連邦保安局)、国外で情報を収集するSVR(ロシア対外情報庁)と軍直轄のGRU(軍参謀本部情報総局)だ。
日本では本格的な訓練を受け、実践を積んだFSBやGRUのスパイが諜報活動に従事している。パーティーやセミナーに出席し、名刺交換をするなどして、独自のネットワークを構築している。
【中国】
その時々の情報関心により、日本にいる中国人の中から、エリートビジネスマンや、大学で教職にある者、事業で成功している者などを選別し、硬軟さまざまな手段を使って諜報活動に従事させる。スパイが直接活動に関わることは少なく、自分の意を汲む者を間に挟むことが多いので、足跡をたどりにくい。
また優秀な留学生の青田買いにも積極的で、それには大使館の敷地外にある別館が関わっていると言われている。必要とあれば、美人留学生をハニートラップに使用することも。
【北朝鮮】
在日北朝鮮人の動向を調査し、北朝鮮人スパイや協力者のリクルートや運営をしている。「日本におけるテロ」という意味では、最も要注意とされる存在。
【韓国】
朝鮮総連の動向を中心に情報収集している。中国と同様、必要があればハニートラップを繰り出すと言われているが、日本国内で日本人に仕掛けてもメリットはないので、実際はあまり聞かない。
【アメリカ】
日本における活動だけで本が書ける、と言われるほど、さまざまな局面に登場する。予算、人員、作戦等、いずれをとってもズバ抜けた実力を保持している。ひとたび「必要」と判断されたことなら、どんなことでも実行する。
【イスラエル】
イスラエルの諜報員といえば、映画や小説によく登場するモサドの諜報員。その存在や影響力の大きさから「スパイ大国」とも評されるイスラエルだが、実は、どのイスラエル大使館にもモサドの諜報員は配置されていない。普通のビジネスマンとして日本に滞在している人間が、諜報活動を行なっているのである。
【オーストラリア】
私たち日本人が想像する以上に、オーストラリアの人たちは日本に関心を持っている。日本が「信頼できる友好国であり続けてほしい」と願っているのが、ひしひしと伝わってくる。彼らの活動の中心は、オーストラリアに対する日本人の印象をよりよくすることである。
【イギリス】【フランス】【イタリア】
これら欧州の国々は、実は日本にあまり関心がない。
【ベトナム】【タイ】【マレーシア】【シンガポール】
これらアジア各国は、諜報活動を通して自国への悪い印象になる原因を探し、なくす努力をしている。
これを読んでどんな感想をお持ちになっただろう?
実感はないと思うが、実はあなたのすぐ近くにも世界各国の諜報員は存在していて、日々秘匿の任務を遂行しているのだ。
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勝丸 円覚(かつまる・えんかく)
元公安捜査官
1990年代半ばに警視庁に入庁し、2000年代はじめから公安・外事分野で経験を積む。数年前に退職し、現在はセキュリティコンサルタントとして国内外で活動を行う。TBS系ドラマ『VIVANT』では公安監修を担当。著書に、『警視庁公安部外事課』(光文社)、『諜・無法地帯 暗躍するスパイたち』(実業之日本社)、『警視庁公安捜査官 スパイハンターの知られざるリアル』(幻冬舎新書)などがある。
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(元公安捜査官 勝丸 円覚)

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