2026年6月、フリーランス法施行後に初めて「買いたたき」で河合楽器製作所が勧告を受けた。この事件の影響はどこまで広がるのか。
組織不祥事の専門家・脇拓也氏は「本件は『悪意のない不正』という観点から考えるべき側面がある。企業が今ここで襟元を正さない限り、フリーランスという立場の弱い労働者にしわ寄せがいくことは続きかねない。そして副業・ダブルワークの時代、誰もが当事者になり得る」という――。
■音楽教室業界で相次ぐ「違反」
2024年11月に施行されたフリーランス・事業者間取引適正化等法(フリーランス法)は、フリーランスとして働く人々の取引環境を守るための法律だ。しかしその施行からわずか数カ月で、音楽教室業界では違反勧告が相次いでいる。
公正取引委員会は2026年6月22日、河合楽器製作所に対して同法違反(買いたたき)の勧告を出した(注1)。体験レッスンを担当したフリーランス講師28人への報酬が「30分500円」と一律で、通常レッスンの報酬に比べて34~72%低い額に据え置かれていた。この報酬額は十数年にわたり据え置かれていたという。フリーランス法施行後「買いたたき」をめぐる勧告としては初めてのケースである。
河合楽器だけではない。2025年6月には島村楽器が同法違反(不当な経済上の利益の提供要請)で勧告を受けており(注2)、フリーランス講師101人のうち11人に体験レッスンを無償で行わせ、97人に取引条件を書面で明示せず、86人への報酬を支払期日までに支払わなかったことが認定された。委託するにあたって結んだ覚書に「(体験レッスンの)報酬は発生しない」と明記されていたという。

このような問題は、フリーランス講師を含む立場の弱い働き手に対して企業が一方的に不利な条件を押し付けていることに他ならず、適切性を欠くものであることは言うまでもない。また、このように報道されれば、企業としても一定のレピュテーションリスクが発生する。それなのになぜ、このような問題が起きてしまったのか。

注1:公正取引委員会「(令和8年6月22日)株式会社河合楽器製作所に対する勧告について

注2:公正取引委員会「(令和7年6月25日)島村楽器株式会社に対する勧告について
■そもそも人の倫理観には「限界」がある
私は法曹家ではないので法律論の解釈やその是非は扱わない。しかしながら現在のコンプライアンスは、「法律を守る」ことに加えて、「企業倫理や社会通念に照らして恥ずかしくない経営行動をとること」も含まれるようになっている点は指摘できる。
そのうえで、企業倫理の視点から考察すると、今回の問題の原因は、業務慣行や業務効率的な視点が優先されてコンプライアンスが後回しにされたこと、さらには「コスト削減の観点からレッスン料の削減はやむを得ない」といった企業側の論理を正当化したことだと考えられる。
ここで、倫理学の一分野である「行動倫理学」を紹介したい。行動倫理学には「人間の倫理観は完全ではない」という「限定倫理性」の前提がある。行動倫理学者のベイザーマンとテンブランセルによれば、人は「もっと倫理的に行動しろ」と主張されたとしても、そもそも目の前の問題が「道徳に関わるもの」だと気づいていなかったり、論理的に考える前にすでに行動を決めていたり、意図の善悪と結果の善悪が一致していなかったりすることが珍しくないという(注3)。
つまり企業側の問題を論じる際には、単に「倫理的に問題だ」と批判する前に、人間の倫理観の限界を前提に分析するほうが現実的なのだ。

注3:Bazerman, M. H. and Tenbrunsel, A. E. (2011a). Blind Spots: Why We Fail to Do What‘s Right and What to Do About It, Princeton University Press.:池村千秋(訳)・谷本寛治(解説)『倫理の死角』(NTT出版、2013年)
■厄介な「悪意のない不正」
当然ながら、詐欺など悪意を持った不正も存在する。その場合には、悪意ある不正を起こした者に厳正に対処したうえで、ルール・コンプライアンスの強化や徹底が重要であり、その際の原因究明は比較的容易であると考える。


一方で「悪意のない不正」も存在する。例えば、ベイザーマンとテンブランセルが指摘したように、倫理観を発揮したつもりが当人や企業の対応が不十分である場合や、自らの行為が倫理的に問題であるのに当人がそれを認識していない場合だ。
その場合、ルールやコンプライアンスの厳格化のみでは効果に乏しく、制度不備・組織文化・意思決定の問題などに目を向けるべきである。
今回の場合においては、経営判断として「コンプライアンス上の問題である」と認識していなかった可能性がある。また問題行為として認識していても、結果的に倫理的な問題を軽視し、社会的なリスクを軽く捉えていた可能性もあるだろう。その点で今回の勧告をきっかけに、当該企業および社会全体で問題を振り返ることはとても重要である。
■その「経営合理性の判断」は正しいのか
一方で、本件は「経済合理性」の観点でも問題があると考えられる。
空き教室の維持や無料体験レッスンにかかるコストは企業側の持ち出しであり、継続的なレッスンや受講契約が発生して初めて利益となる。集客のためのマーケティングコストを削減するなどの経営努力が重要であることは言うまでもないだろう。
しかし、その経営コストや集客リスクを、立場の弱いフリーランスの音楽講師に移転してしまったのは問題である。しかも正当な対価を払わずに。企業自らが本来負うべきコストやリスクを企業外に移転し、軽減を図る「コストの外部化」が発生している。

もちろん上記のコストやリスクは企業経営において頭が痛い問題である。しかし、フリーランスの音楽講師がレッスンや講義の対価をもらうのは当然だ。そのために必要な準備をし、業務のための時間を確保している。それなのに、レッスンをしたにもかかわらず報酬の減額や無償労働を強いることは、企業が本来負うべきコストを労働者に負わせていることに他ならない。
特にフリーランスの労働者は、企業と比べて立場が弱く、不利な条件に対して難色を示したり抗議をしたりすれば、次回から契約を打ち切られる可能性がある。そのため泣き寝入りが発生することは容易に想定可能である。
「真の経済合理性」とは、労働や価値提供に対して“正当な報酬が支払われることを前提としながら”必要な経営努力や工夫を行うべきものではないだろうか。
■“真の”社会的責任の果たし方
近年「企業の社会的責任」にも注目が集まっている。といっても、寄付活動や社会貢献活動だけが該当するわけではない。地道な企業活動の中で、企業倫理などを土台にスタッフや社員を大事にすることこそが、企業の社会的責任の“正しい果たし方”だと言えるだろう。そしてそういった地道な活動が、中長期的に見て企業の評判向上につながる。
今回のようなフリーランスへのしわ寄せが明らかになれば「この企業は人を大切にしていない」というイメージにつながる。
特に芸術や教育、衣食住に直結する団体は、人間の生きる活動を豊かにし、サポートすることが企業の目的・業務内容であるはずだ。
それなのに「働いている人々の人生が豊かになっていない」ことが明らかになってしまうと、結果として人々に、割り切れない思いや腑に落ちないイメージを持たせることにつながる。これは企業のイメージ戦略の点から見ても決して良い結果を生まないだろう。
■「買いたたき」指摘が懸念される業界・業種
現代は、副業・ダブルワークが徐々に一般的になりつつある。本件はフリーランスの音楽講師の事案であるが、今や個人や企業もこうした問題の当事者になり得る。よって働き方や契約に関する意識のアップグレードが重要である。
具体的には、労働者側は一人ひとりが働き方を考えるとともに、社会全体の仕組み、すなわち「価値やお金の循環」といった経済システム全体やルールに関心を持つ必要がある。企業側もまた、価値提供に対して健全な対価を支払う経済システムの担い手である認識が不可欠だ。必要であれば取引慣行を見直し、声を上げる意識が今後一層重要になっていく。
今回の「買いたたき」指摘は、音楽教室業界にとどまらないと考えられる。例えば、ITシステム開発、ウェブ・動画制作、教育・インストラクター業などに携わるフリーランスを多用する業界・業種も、本件と同様のリスクに注意が必要である。
ITシステム開発やウェブ・動画制作の分野では、システムやアプリケーションの納品後、あるいは動画編集作業の完了後に追加作業が発生すれば、原則として追加の費用負担をすべきだ。
ところが、要件定義の範囲外での事後的なプログラム修正や、追加保守・メンテナンスを曖昧な条件で求めると、フリーランス側の負担は当初の想定を超えることになる。
納品時点で品質や依頼内容の条件を明確にし、十分にすり合わせを行うことが必要であり、そのうえで追加対応が必要なら、追加料金を支払って対応すべきであろう。
また、学習塾や各種スクールなどの教育・インストラクター分野でも、音楽講師と同様に、講義料金の値下げや報酬の発生しない待機時間、準備・片付けなどの負担が懸念される。提供価値に対する対価と業務範囲を明確にするとともに、契約上の根拠なく無償で拘束することは避け、やむを得ず追加的な対応を求める場合には必要な報酬を支払うべきだ。
■コストを転嫁し続けた先の顛末は
今回の勧告を見て、単に「一企業の問題だ」と言っても解決しない。むしろ知名度のある企業こそコンプライアンス・企業倫理を遵守し、健全な業界づくりにリーダーシップを発揮し付加価値を示してほしい。
今回の分析では、本来企業が負うべきコストを払わないためにコストの外部化が発生している点を指摘したが、フリーランスなどの労働者にコストが転嫁されると、熱意ある労働者が集まらず提供価値の水準も下がりかねない。さらに近年は、そういった情報がSNSなどで長く残るため、消費者にもネガティブな印象を与え続ける。
さらに、社会全体から見て「いくらでも替えが利く」という手法は、フリーランスの労働者が市場に参画して価値提供を行い、正当な報酬や対価を受領し、彼らが一般消費者として何らかのサービスを受容するという、健全な市場や社会システムの循環を壊すことになる。
特に、芸術や文化、教育は、子どもから大人までを育てる大事な文化インフラである。営利企業として難しい側面もあるだろうが、働きやすい環境を構築して正当な対価を支払うことは、長期的な企業経営の視点で見れば企業への信頼性やブランドイメージの向上につながる。
企業がこうした美意識やプライドを持ち、度量を見せることが、ひいては市場を健全に維持・拡大し、企業自身にも好循環として返ってくると考える。


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脇 拓也(わき・たくや)

獨協大学経済学部経営学科准教授

慶應義塾大学を卒業後、銀行員として勤務。銀行では事務管理や外為制度、マネロン対策、コンプライアンス(サステナビリティ対策、障碍者配慮施策など)を担当。銀行勤務の傍ら大学院に通い、修了〔慶應義塾大学 博士(商学)〕。現在に至る。

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(獨協大学経済学部経営学科准教授 脇 拓也)
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