■ロードサイドの生みの親
国道17号線沿いを浦和方面に進むと、特徴的な建物が目に入る。ギザギザ状に細工された屋根に、煙突のようにポコっと飛び出た装飾は、殺風景な幹線道路沿いにあって存在感を放っている。
この建物こそ、かつてチヨダが展開していた玩具店「ハローマック」の跡地であり、今は「東京靴流通センター 浦和店」に業態転換された建物だ。
「実は、ロードサイドという言葉は、当社の創業者が作った言葉なんですよ」
そう語るのは、チヨダEC事業部長の冨髙尚登氏だ。いまや飲食店や家電量販店など、様々な業態がしのぎを削るロードサイドだが、その先駆けとして鉱脈を掘り当てていたのがチヨダだという。
遡ること半世紀近く、チヨダは1977年に、埼玉県戸田市の新大宮バイパス沿いに、貸倉庫を利用した靴専門店を開店する。これがチヨダにとっての「ロードサイド1号店」となった。倉庫の持ち主も商売が成立するのか半信半疑だった中、100坪あまりの店内に靴を敷き詰めて開店にこぎ着けると、これが大当たりする。
■靴店で得た出店ノウハウ
「1970年代当時、街道沿いにはファミレスや中古車販売店が点在している程度でした。
前述の通り、舟橋名誉会長の読みは当たった。商圏の空白地帯に、100坪規模の大箱を構え、1万点近い商材を並べて顧客を呼び込む。27センチ以上、厚底のシークレットシューズ、雨や雪にも強いワークシューズなど、ジャンルごとにコーナーを設置して、地域に密着した「なんでも揃う靴屋」として近隣住民に重宝された。
それ以降、豊富な品揃えを武器に、チヨダはロードサイドへの一気呵成の出店に乗り出す。
人流や交通量の分析、公共施設との近接性などの条件を鑑みつつ、出店精度を高めていった。店舗が拡大すればするほど、内観やオペレーションの標準化も進み、効率的な運営が磨かれていった。こうして出店のノウハウが整い、チヨダは年間数十店舗単位で、ロードサイドに攻勢をかけた。
■「遊べるおもちゃ屋」の誕生
成長局面に入った時期に、チヨダが次に考えたのが「業態の多角化」だ。靴事業で培った「ロードサイド型のフォーマット」を流用し、他の商材でチェーン展開すれば、さらに収益は積み上がる。「コングロマリット構想」としてアパレル、玩具、アウトドア、ベビー用品、バッグなど、マルチなプロダクトの多店舗化を進めた。
お気づきの通り、ハローマックが誕生したのも、その一環だった。ファミコンブームが訪れていた1985年当時、埼玉県春日部市に1号店をオープン。玩具には知見がなかった中、鳴り物入りでの参入となった。
冒頭で記した特徴的な外観は、異業種からの参入であったことや当時ロードサイドに玩具店がなかったという背景がある。城壁のような屋根に、白とピンクを基調にしたファンシーなデザイン、大々的に描かれた可愛らしいライオン。建築費をかけてまでファサードを派手にしたのは、視認性やキャッチーさを高める意図があった。
「おもちゃの国のような、西洋のお城をイメージして、ワクワクするイメージを体現した」
冨髙氏がそう語るように、ハローマックは“遊べるおもちゃ屋”として認知されていった。10~30坪の町場の玩具店が主流だった時代に、ハローマックは100坪規模のスケールをフル活用し、店内のレイアウトにもこだわりを見せた。
■最盛期は472店舗、店舗あたりの年商は約1億円
流行りのゲームのデモプレイはもちろん、壁面いっぱいにジグソーパズルやプラモデルを陳列し、特設コーナーではプラレールを走らせる。さらに三輪車やトランポリン、滑り台など、一般的な箱では捌けない大型遊具を仕入れ、行って楽しい体験を生み出した。
かつてハローマックで店長を経験してきた冨髙氏いわく、ハローマックの売場作りは「店長による裁量権」が大きかったという。近隣の小学校で人気のおもちゃをテーマにしたイベントを開催したり、当時人気のミニカーの売場を作ったり、クリスマスなどの催事では光るジグソーパズルを設置したりして特別感を演出するなど、豊富な品揃えを維持しつつも、見て、触って、遊べるおもちゃ屋を目指し、ニーズを掘り起こしてきた。
「最盛期は1990年代頃です。当時は週に2店舗ほどを開店しており、それこそ『道路が延伸したら出店を決めるほど』豪快な時代だった。
1990年代前半だけで、ハローマックは472店舗まで広がりました。各店舗の年商は約1億円あったと記憶しています。チヨダグループ全体の年商も2000億円を超える好調な業績の中、そのうち20%以上はハローマックでまかない、社の第二の柱としてのポジションを築いていました」
チヨダグループ全体としても、前述した「コングロマリット構想」は、現実味を帯びつつあった。
アパレル事業の「マックハウス」、ベビー用品を揃える「ベビーマム」、スポーツスニーカーやウエアを中心とした「フットアップ」などを立ち上げる。これら複数のブランドを一拠点に密集させることで、立ち寄った顧客がいくつもの店舗を回遊して、“チヨダ・ビレッジ”ともいえる商業集積地を構築する青写真を描いていた……しかし転機が訪れた。
■やってきた「玩具業界の黒船」
一方で、1990年代後半を機に、ハローマックは翳りを見せる。
大きく潮目が変わったのが、1991年末に日本上陸を果たした「トイザらス」の存在だった。米国発の玩具ブランドが、日本マクドナルド社との合弁で日本法人を立ち上げたことで、上陸当時は「玩具業界の黒船」とも呼称された。
トイザらスの特徴といえば、その圧倒的なスケールだろう。
いわばハローマックが100坪単位で実践していた「体験型店舗」を、その10倍近いスケールで上塗りしたわけだ。同店舗にベビー服や離乳食などを派生した商材を揃えるのも、チヨダのコングロマリット構想に近しい戦略を感じる。
また同時期には、郊外にショッピングモールが林立し始めたのも逆風となった。1991年に大店法※の改正が始まり、大型モールの出店に対する規制が緩和され始めたのだ。
※編集部註
大規模小売店舗における小売業の事業活動の調整に関する法律の略。同法は1974年に施行され中小小売店を保護するため大型店の出店を規制していた。2000年に「大規模小売店舗立地法」に置き換えられ役目を終えた。
モール内のフロアマップを思い浮かべれば、同じフロアに玩具店やゲームセンター、子供服や靴などのテナントが同居する。チヨダがいくら商業集積地の構築を進めていても、1店舗であらゆるニーズを満たす利便性には敵わなかったはずだ。
大型店として幅広い商材を武器に、客層を取り込んでいったハローマックだが、こうした強みを上回る形で競合に台頭されては分が悪くなるのは自明のことだ。
■川上型産業の難しさ
「玩具業界は“川上型産業”と言われています。
そう語るのは、チヨダ上席執行役員マーケティング統括本部長の安立邦広氏だ。
加えて、当時のチヨダにはハローマックのマスコットであるマックライオン以外にこれといった自社IPもなく、大半の商材を仕入れて展開していたため、粗利が低いことも衰退につながった。とりわけ目玉商品であったものの営業利益率が靴の半分近くと、収益を圧迫する商材であることも首を絞めた。
薄利多売のビジネスモデルであったがゆえに、ハローマックは不採算店舗が目立つようになり、チヨダは戦略的撤退を進める。1990年代後半から、契約終了による撤退や、他ブランドへの業態転換も進み、店舗数は減少していく。ハローマックの最後の店舗が閉店したのは、図らずもリーマンショックが訪れた2008年だった。
■ハローマックの撤退後の大転換
ハローマックの大量出店、チヨダのコングロマリット構想――。
1980~90年代にかけて、多業種を展開してきたチヨダだが、2026年現在は「靴一本での経営体制」に移行している。業績を見れば、最盛期に2000億円近くあった売上高は、2026年2月期には約813億円に。ハローマックに限らず、チヨダは収益を圧迫するブランドを整理し、屋台骨である「東京靴流通センター」など靴事業を残した形と言える。
こうしたポートフォリオの転換を見ると、いかに現在の市場環境が厳しく、「選択と集中」が不可欠かが窺える。
「ハローマックから学んだことは、価格決定権も流通量もコントロールできるPBに注力して、収益構造を筋肉質に保つことです。
以前はハローマックのように現場で仕入れを行い、棚にも各店長が売りたい商材を並べていましたが、現在はオペレーション化を徹底。決められた商材を、全国展開して原価を抑え、実店舗とECをシームレスにつなぐ戦略を敷いている。今ではPBが全商品の40~45%を占めています」(安立氏)
靴事業の中でも、主力商品として位置付けられているのが、PB(プライベートブランド)商品である「スパットシューズ」だ。“立ったままスパッと履ける”ハンズフリーを売りに、シリーズ累計販売足数500万足を超える(2022年3月~2026年2月販売実績)。さらに目下、チヨダで伸長しているのがEC事業だ。2022年2月期には売上高10億円に満たなかった中、2026年2月期には実績36億円にまで伸長している。
■「今なら、都心部か、郊外でもショッピングセンター内にしか出店しない」
また、出店エリアも「今はロードサイドに出す選択肢はない」と、かつての方針を一蹴する。
「今であれば、人口集積地の都心部か、郊外でもショッピングセンター内にしか出さないでしょうね。地方も人口減少が加速しており、ECの構成比も上がっているので、商圏が少ないエリアの開拓は現実的ではないかなと。ご存じの通り、建築費や原材料費など、あらゆる資材が高騰している。かつての100坪規模よりは、小回りの利くビジネスが求められる時代ですね」(安立氏)
改めて、チヨダの変遷や経営戦略を振り返ると、平成当時から現在にかけて、大きな構造変化が起きていることが分かる。
1990年前後は、①ロードサイドの大箱を大量出店、②ブランドや事業の多角化、③豊富な商材の展開、④実店舗を基盤にしたコングロマリット戦略。主にチヨダはこの4点を戦略としていた。
それが現在は、①モール内の一テナントとして展開、②靴事業への単一化、③売れ筋であるPB商品の主軸化、④EC事業の伸長。このように様変わりしている。
かつてハローマックに代わり、玩具業界の勢力図を塗り替えたトイザらスも、2020年から5期連続で赤字を記録している。不調の要因として、AmazonなどECの台頭や、体験型店舗の価値の低下が指摘されており、それだけ業界の栄枯盛衰が激しいことを物語っているように映る。
■“聖地巡礼”をするファンたち
2008年にブランドを畳んでから20年近くがたった。だが、ハローマックは今なお、若者からミドル世代の思い出として残っている。
SNSやブログ上にはハローマック跡地を聖地巡礼した投稿が散見される。2019年の「東京おもちゃショー」ではマスコットキャラクター・マックライオンのグッズなどが出展。2024年には店舗ジオラマのカプセルトイ化も実現した。かつて“遊べるおもちゃ屋”として、おもちゃの城をイメージした店舗は、平成のレガシーとして語り継がれている。
「今も月に5件ほどハローマックに関する問い合わせが来るんですよ。『もう店舗ないんですか』とか、『出店しないんですか』とか。当時は、ハローマックで働きたいとチヨダの門を叩く社員も多くて、根強く愛されているブランドだと誇りに思います。
ただ、今ハローマックのような運営は現実的ではないですよね。アンテナショップとして出すのもありかもしれませんが(苦笑)」(安立氏)
ハローマックを懐かしむ声には、おもちゃへの郷愁というより、“遊べる場所”があった時代そのものへの恋しさや熱量が滲んでいる。だからこそ、時代の変わり目に対する寂しさが透けて見え、根強い思い出として残り続けているのかもしれない。
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佐藤 隼秀(さとう・はやひで)
ライター
1995年生まれ。大学卒業後、競馬関係の編集部に勤め、その後フリーランスに。趣味は飲み歩き・競馬・読書
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(ライター 佐藤 隼秀)

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