『週刊文春』の記事を受け、フジテレビがドラマの現場で俳優の佐藤二朗氏から女性俳優への問題行動があったと発表。一体、なにが起こっているのか……。
エンタメに詳しいライターの村瀬まりもさんは「報道やXの投稿内容を整理してみると、見えてきたのは『あなたは役者をやるべきではない』という発言の背景だ」という――。
■アカデミー賞も獲得、頂点に立った
「好事魔多し」とはこのことである。
俳優・佐藤二朗は1969年生まれの57歳。信州大学を卒業しリクルートに就職するものの、サラリーマン生活になじめず1日で辞めたという武勇伝の持ち主。20代のうちに劇団を旗揚げし、30代の頃から映画やドラマなどにバイプレーヤーとして多数出演。なかなかメジャーな存在にはなれなかったが、50歳前後でようやく主演作が作られるようになり、みずから脚本を書き監督した映画も全国公開できるようになった。
2025年の映画『爆弾』では主演ではないが、警察で取り調べを受ける爆弾魔のタゴサクを怪演し、みごと第49回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を獲得。その栄えある授賞式(3月13日)で映画にかける熱い思いを述べた“旬の人”が、まさか、その直後にスタートした主演ドラマでつまずくことになろうとは……。
佐藤の演技で爆笑したことは数え切れないほどある。TVドラマや映画、演劇の取材をするライターとして、彼のトリッキーな演技を毎回楽しみにする一方で、心理表現の深さにも拍手を贈ってきたが、現在は「本当に残念」とショックを受けている事態である。状況を整理してみる。
■「夫婦別姓刑事」でのトラブル
7月1日
文春オンラインで「佐藤二朗(57)が橋本愛(30)に“問題行為”を起こしていた フジテレビ調査では「深刻なハラスメント」認定《『夫婦別姓刑事』で共演》」という記事が公開(2日発売の『週刊文春』は「橋本愛が号泣した佐藤二朗の『爆弾ハラスメント』」というタイトル)。

フジテレビで4~6月に放送された連続ドラマ「夫婦別姓刑事」の現場において佐藤と橋本の間にトラブルがあったことを報じる。撮影中、佐藤が妻役の橋本の顔に(台本にないアドリブで)触ったことでスタッフから注意を受け、橋本の楽屋にアポなしで訪れ「(接触の制限があるなら)夫婦役は受けるべきじゃない」「あなたは役者をやるべきではない」と言ったという内容だった。
佐藤二朗が自身のXアカウントで声明を発表。
「さすがに、さすがにもうこれ以上は我慢できません。僕は撮影中、何度も「もう我慢の限界だから、このドラマを降板させてほしい。そして全ての事実を公にするべき」と訴えました。

もっと早く決断するべきでした。

数々の「ほんとうのこと」が、明らかになる日が来ることを、切に祈ります。

佐藤二朗」

「夫婦別姓刑事」の脚本家・矢島弘一もXで下記のようにコメント。その投稿を佐藤がリツイート。
「事実と解釈が捻じ曲げられていて、めちゃくちゃ悔しい」
「この悔しさを何処にぶつければ良いのだろう。絶対に違うのに。
誰も幸せにならん」
佐藤の所属事務所フロム・ファーストプロダクションがコメントを発表
「記事で示されているようなハラスメントに該当する事実は確認されておらず、そのような評価は適切ではないと考えております。専門家からも佐藤の言動がハラスメントにあたるものでないと、確認を得ています。」
■フジテレビがトラブルを認める
7月2日
『週刊文春』発売。
フジテレビが声明を発表
「当社から男性俳優の言動について、厳重注意を行うとともに、再発防止を求めたことは事実です。
なお、当社としては、男性俳優が撮影中に女性俳優の顔に触れた点を問題として捉えているものではありません。男性俳優が、女性俳優が演技上の制約を有することになった経緯を認識しながら発した言葉等が、外部弁護士による調査において問題視されたことを受けて、当社は、『フジ・メディア・ホールディングス グループ人権方針』に則って、これまで適切な環境調整や関係者への配慮・保護に努めてまいりました。
当社は、過去に辛い経験をされた方に対して、それによる不自由や制限を当然に受け入れるべきだという意見には与しません。そのような言葉を投げかけることこそが、二次加害や誹謗中傷に他ならず、人権尊重を掲げる当社としては、そのような行為を許容することはできません。」
7月3日
佐藤がフジテレビ側の決定・通達を受け、新作ドラマ「踊る大捜査線」のスピンオフからクランクイン前日に降板したと報じられる
■佐藤が投稿「嘘はやめてください」
7月3日
佐藤がXを更新。『週刊文春』の記事についてコメントする。
「勿論、偏った記事とは思ってましたが、ここまでとは。
ステレオタイプの「か弱い若い女性」と「典型的な昭和のパワハラオヤジ」を完全に創作してる。最大級の「注意」や「警戒」が必要と痛感していた僕が、そんな態度を取れる訳がない。自分の身を守る為にも。

嘘はやめて下さい。」

新作ドラマ降板で、フジテレビとは当面の関係がなくなったからか、より言葉選びが強くなっている。
「完全に創作」という主張からは、相手は「か弱い若い女性」ではなく、自分はパワハラオヤジではない。「最大級の『注意』や『警戒』が必要と痛感」という言葉は、相手は警戒すべき人だと言っているようで、攻撃性を感じる。
なぜこんなことになってしまったのだろうか。
フジテレビと弁護士が問題としたのは、佐藤が「演技中に顔を触った」ことではなく、「あなたは役者をやるべきではないと言った」こと。声明の「過去に辛い経験をされた方に対して、それによる不自由や制限を当然に受け入れるべきだという意見」という部分がその言葉に該当するだろう。つまり、この一件が「ハラスメント」だとすれば、それはセクシャルハラスメントではなく、パワーハラスメントなのである。
■パワハラには該当しているか
厚生労働省「職場におけるハラスメント 対策パンフレット」によれば、パワハラが認定されるには、以下の3つの要素がある。
職場におけるパワーハラスメントは、職場において行われる
① 優越的な関係を背景とした言動であって、

② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、

③ 労働者の就業環境が害されるもの
であり、①から③までの3つの要素を全て満たすものをいいます。

主にテレビ局のスタジオで行われる撮影現場を職場とし、基本的にはフリーランスである俳優に当てはめればということになるが、①「優越的な関係」という意味では、「夫婦別姓刑事」において佐藤と橋本はダブル主演だったので、基本的に立場は対等である。しかし、キャストの番手(番組表などの表示順)は佐藤が1番であり、橋本は2番。年齢は27歳開いている。
社会保険労務士の村井真子さんが書いた『職場問題ハラスメントのトリセツ』(アルク)によると、この条件は上司と部下など、はっきりした優越関係でなくても、該当するそうだ。
②「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの(言動)」は明らかに該当し、佐藤が橋本の楽屋に乗り込んで「あなたは役者をやるべきではない」と言ったなら完全アウトだ。『週刊文春』がそう報じただけでなく、そこに佐藤の事務所が寄せた回答でも、佐藤が直接、橋本に、「(接触しないことを強要し続けるなら)役者は続けるべきではないと僕個人は思いますという思いを伝えました」と認めている。
■「役者を続けるべきではない」
Xなどでは「夫婦役なのに触るな、なんて橋本側がありえない」とバッシングする投稿もあるが、同作に限定して、夫婦の関係性を表現するためには、例えば手をつなぐ、ハグをするなどの演技が必要だからと相談するならともかく(橋本もそういった提案は受け入れるとしていたようだ)、このドラマ以外の作品においても役者をやるべきではないというのは、「業務上必要かつ相当な範囲を超え」ている。
例えば、一般企業で「あなたは会社員をやるべきではない」と言ったらどうなるだろうか。それは「退職すべきだ」「もう辞めろ」「どこの会社に行っても、やっていけないよ」と同義であり、数々のパワハラ認定されたケースでも、発せられてきた言葉だ。
その言葉によって「③労働者の就業環境が害される」となった。橋本の事務所によれば、体調を崩し撮影に参加できなかったこともあったという(『週刊文春』)。
こうしてみると、パワーハラスメントの「3要素」が揃っているように見える。

しかし、佐藤の事務所は「専門家に確認」し、「佐藤の言動がハラスメントにあたるものでない」と発表している。
■バランス感覚はあったのに…
筆者はこれまで佐藤二朗をバランス感覚に優れた人だと思ってきた。実際に会って話したときの印象もそうだし、「歴史探偵」(NHK)でのMCの様子、5月に出演した「徹子の部屋」(テレビ朝日)で黒柳徹子を相手にしてのトークも非常に抑制されていて、相手の立場を思いやれる人だと思った。
しかし、『週刊文春』にも転載されている4月の佐藤のXへの投稿では(現在は削除)、俳優として何かに妥協したと書き、それを激しく後悔している様子で「自分が表現者として絶対に守るべきことは守るべきだった。芝居の神さまに死んでもお侘びしきれない」と書いていたので、驚いた。
筆者はこれまでも、エンタメの現場で数々のハラスメントを見聞きしてきたが、「芝居の神さま」「表現者、役者として」というワードは要注意である。何人の若い俳優がそういった言葉の下に不当に扱われてきたことか。
職場問題ハラスメントのトリセツ』(村井真子著)では、ハラスメント加害をしやすい人の例として「アンコンシャス・バイアスが強い人」を挙げている。
「アンコンシャス・バイアス」とは自分では気づかないうちに生じる認知の歪みや偏見のこと。(中略)アンコンシャス・バイアスが強い人は、無自覚に自分の考え方・ものの見方が「絶対に正しい」として、他人に押し付ける傾向があります。
その典型的な行動例としては、「『こうすべきだ』という口癖があり、異なる意見を受け付けない」「自分の判断が公平で最良のものであるという根拠のない自信がある」「過去の経験や自分の固定概念に基づき、無意識に他人を批評・選別する」とある。
「芝居の神さま」を信仰する佐藤二朗の思考には、このバイアスがかかっているのかもしれない。

Xでの「数々のほんとうのこと」「嘘はやめてください」という言葉からは、「絶対に自分は正しい」という自信を感じるし、そもそも「役者たるもの、こうすべきだ」という固定概念があるから、「あなたは役者をやるべきではない」と言ってしまったのかもしれない。「表現者として」「役者として」自身を厳しく律することは何の問題もないが、それを他者に強要するとなると話は別なのに。
「好事魔多し」の「魔」とは他人に邪魔されたり災難にあったりするという意味だけではない。長い時間をかけて苦労を重ね、キャリアを築き、ようやく頂点に立ったとき、自分の中の「魔」が悪い方に働いて、トラブルを引き起こすこともあるのだ。

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村瀬 まりも(むらせ・まりも)

ライター

1995年、出版社に入社し、アイドル誌の編集部などで働く。フリーランスになってからも別名で芸能人のインタビューを多数手がけ、アイドル・俳優の写真集なども担当している。「リアルサウンド映画部」などに寄稿。

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(ライター 村瀬 まりも)
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