■高齢者の1割負担は「不公平」という声
昨今、しきりに「現役世代と高齢者」といった世代間の公平性が議論になります。
皆さんは、「高齢者は優遇されている一方、現役世代は負担を強いられ割(わり)を食っている」と感じているでしょうか。それとも、「格差」は年齢とは関係ないのだから、ことさら世代間の対立をあおるべきではないと考えているでしょうか。
7月7日、自民党と日本維新の会は、「現役世代との間で、年齢によらない公平な応能負担を実現する観点」から、高齢者の医療費窓口負担を見直す方針で合意し、年末までに一定の結論を得たうえで、2026年度末までに改革工程表を策定する方向になったと報じられました。
ここでは、かねてより維新が求めていた「原則3割」という文言の明記は、とりあえず見送りになりました。
ただいずれにせよ、この方針からは、高齢者の窓口負担割合が現役世代よりも低く設定されていることを「不公平」とし、高齢化社会のもと増大する高齢者にかかる医療費の財源に現役世代の保険料が費やされている現状を是正すべき、という理屈が見えてくることに変わりはありません。
ここで私たちが気をつけなければならないのは、はたして高齢者の負担をふやせば、現役世代の負担は本当に減るのか、という点です。
なんとなくイメージ的には現役の負担を高齢者につけかえることで、シーソーのバランスがとれて公平になるように思えてしまいがちですが、現行の制度を大きく変更するわけですから、本当にその通りになるのか十分に検証しておかなければなりません。
じっさい、この高齢者医療費負担の見直し方針に対しては、全国保険医団体連合会(保団連)が「2580万人の命・健康に破滅的影響を及ぼす」と抗議し、日本医師会の松本吉郎会長も「非常に乱暴だ」と懸念を表明しています。さらに松本会長は7月2日、「70歳以上の窓口負担『原則3割』・外来特例の廃止」は「到底容認できない」と述べています。
医療現場に近い側からは、すでに強い警鐘が鳴らされているのです。
私も現場のひとりとして大きな懸念を抱いています。
■現役世代は救われるのか
とくに大きな影響を受けるのは、複数の慢性疾患を抱えていて、定期的な外来通院による治療および検査を必要とする多くの高齢者です。
もちろん裕福で現役並み所得のある高齢者であれば、現在でも3割負担ですので大きな影響はありません。問題となるのは収入が現役世代におよばず、現在1~2割の窓口負担をようやく支払って通院を続けている人たちです。
これらの人たちは、今後も歳を重ねていくわけですから稼働能力が劇的に向上して収入が現役並みに急増することは、まず期待できません。しかも、医療の必要性は減るよりむしろ増していくことの方が多いのです。
もし、このような人たちにまで将来的に「原則3割」に近い負担増が及ぶことになれば、治療をあきらめて中断してしまうことも出てくるでしょう。定期的診察をしていればとらえることができたはずの新たな疾患の発見が遅れ、重症化してはじめて見つかる、ということにもなりかねません。
そうなれば、せっかく高齢者の負担を増やして、保険料負担や公的負担の抑制をいくらか図れたとしても、結果として重症化や入院が増え、総医療費そのものがかえって増大してしまうという皮肉な事態さえ起きかねないのです。
そもそも、維新が求めてきたような「原則3割」とすることで、現役世代の保険料負担は年間にして、どれだけ軽減されるのでしょうか。また、このほかにも現役世代の負担を減らす方略は考えられているのでしょうか。
■軽減されるのは年間2000円という試算
今回、高齢者医療費負担の見直しとあわせて、「世代間の公平性」の名のもとで見直しの対象として浮上しているものに「外来特例」があります。「外来特例」とは、70歳以上の一般・低所得者について、個人ごとに月額上限を設ける、「外来だけの自己負担の上限」の仕組みのことです。
これも廃止・大幅見直しとなると、該当する人たちにとっては大きな痛手になります。これはいわゆる「安全弁」としての機能を持つものなので、これが外れてしまうと、毎月の通院・検査・処方の負担が、そのまま定率負担に近い形で積み上がりやすくなってしまいます。
つまり、慢性疾患で毎月きちんと通院治療を受けている人ほど、影響を受けることになるのです。
この外来特例の見直し・廃止単独による現役世代の保険料軽減効果については、厚生労働省は一定の試算をしています。それによれば、かりに外来特例をすべて外しても、保険料軽減は年700~2000円程度ということです。
一方、維新が求めてきたような「原則3割」によってどれだけ保険料が軽減されるかについては、少なくとも公表資料を見る限り、1人あたりで分かる形での明確な数字は示されていません。財務省資料にあるのは主として総額ベースの抑制見込みであって、現役世代が家計簿上で実感できる数字の提示はないのです。
つまり「現役世代の保険料負担軽減のため」の改革と言われてはいますが、その軽減効果については、私たちに十分に見える形では示されていない、というのが現状における「正しい認識」ということになります。
高齢者負担増の方針だけははっきりと示されているのに、現役世代の利益については肝心な数字がはっきりと示されない。現役世代側の“得”については、あいまいにしか知らされていない。
■“時間的・肉体的な負担”まで見えているか
さらに気になるのが、高齢者に課される負担は、本当にその高齢者本人だけが引き受けることになるのか、という点です。
その負担が、形を変えて現役世代にもどってくるリスクは本当にないのでしょうか。
もしあなたの親御さんやご家族が、この「該当する高齢者」だった場合を想像してみてください。とくに大きな病気の既往がなくとも、高血圧や脂質異常症、糖尿病などで近所のかかりつけ医に通院していた高齢のご家族に、もし今回の支払い負担増がのしかかってきた場合です。
医療費の支払い増に困って、あなたに経済的援助を求めてくることもあり得るかもしれません。
金銭的な問題だけとはかぎりません。
受診控えや治療の差し控えなどで、新たな疾患の早期発見や病状の悪化が見過ごされたり、治療の開始が遅くなることで重症化したりした場合、入院や手術など、本来であれば防げた治療が増えることで、療養の世話や介助といった肉体的な援助が増えることも十分にあり得ます。
さらに治療後に退院はできても自宅での介護が必要な状態であった場合、いくら公的サービスを併用しても、すべて任せっきりにはできません。現役世代の家族の援助が必要になる場合は少なくありませんから、時間的・肉体的な負担が「原則3割」前より増える可能性は高いと言えましょう。
■保険料減額と引き換えに失うもの
つまり、現役世代の負担軽減との名目で高齢者の負担を増やしたところで、保険料減額が若干期待できるかもしれませんが、その一方で、現実には子世代が医療費を補填し、通院を支え、付き添い、介護の穴埋めをし、それらによって働き方や、健康まで崩しかねないのです。
負担は保険制度という制度内から外に出て、各世帯や家族内での付け替えとなる可能性が高まってしまうとも言えましょう。
それは、とても現役世代が“楽になった”とは言えない状況です。
厚生労働省自身、家族介護の経済的負担感や介護離職の存在は把握しているものの、こうした「高齢者の負担増がどれだけ子世代に転嫁されたか」を直接測る公的な指標の開示は、じっさい弱いままなのです。
現役世代の保険料負担が具体的にいくら減るのか、これも知らされていませんが、こうした数字となって現れにくい個々の「家族内での負担」についても、あまりにも政府からの説明と情報が少ないことを、私は非常に懸念しています。
■誰がどれだけ負担するのが最適なのか
では、どのような制度設計をすれば良いのでしょうか。少なくとも、維新や財務省が求めてきたような一律の「原則3割」は、これまで述べてきたように制度設計としてあまりに粗雑です。
もし多少でも現役世代の保険料負担を減らすことを政策的に実現するなら、まず本当の応能負担とはなにかを議論しなければなりません。
たとえば、金融所得を含む負担能力の把握、低年金・多疾患・在宅・認知症世帯への配慮、そしてなにより高齢者医療・介護にかんする家族内転嫁を政策評価の対象に含めること、これはきわめて重要です。もちろん公費や保険者の負担率についても、聖域化することなくゼロベースで議論せねばなりません。
現在、自民・維新の協議や財務省の提案のなかで進められている議論は、こうした本筋をすっかり飛ばして、“世代間の公平性”という言葉の「イメージ」だけで語られているように見えます。
「現役世代のために高齢者負担を増やすべき」と聞けば、つい賛成したくなるかもしれません。
けれども、負担がどこへ移るのかまで見なければ、私たちは“軽減”ではなく“付け替え”を支持してしまうことになります。
あとで「こんなはずじゃなかった」と思う日が来ないように、いまこそ世代を超えたすべての人が「自分ごと」として、よくよく考えて判断する必要があるでしょう。
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木村 知(きむら・とも)
医師
1968年生まれ。医師。東京科学大学医学部臨床教授。在宅医療を中心に、多くの患者の診療、看取りをおこないつつ、医学部生・研修医の臨床教育指導にも従事、後進の育成も手掛けている。医療者ならではの視点で、時事問題、政治問題についても積極的に発信。新聞・週刊誌にも多数のコメントを提供している。著書に『大往生の作法 在宅医だからわかった人生最終コーナーの歩き方』『病気は社会が引き起こす インフルエンザ大流行のワケ』(いずれも角川新書)など。
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(医師 木村 知)

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