■中国EVで始まった「淘汰」
2026年6月、中国・重慶で開かれた自動車サミット。中国の新興電気自動車(EV)メーカー、NIOの創業者兼CEOの李斌(リー・ビン)氏は聴衆にこう告げた。「中国の自動車産業は最も残酷なフェーズに入った。決勝戦だ」
2025年にはBYDがテスラを年間販売で上回り、世界最大のEV市場としての地位を確立したはずの中国。今、業界各社は利益を度外視した価格戦争の果てに、淘汰の段階へと突入している。
販売台数の落ち込みは激しく、限られた勝者のみが生き残る「決勝戦」の苛烈さは明らかだ。ガスグー・オートニュースが報じた中国乗用車市場情報聯席会(CPCA)のデータによると、2026年1~5月の乗用車の国内小売販売台数は前年同期比19.5%減に沈んだ。
5月には、バッテリー式電気自動車(BEV)が新車販売の42.2%を占め、初めてガソリン・ディーゼル車を上回った。一見して勢いに乗っているかに見えるが、メーカー各社はその裏で、すでに昨年から激しい価格競争を繰り広げている。
■生き残りをかけた値下げ競争
フォーチュンが昨年5月に報じたところでは、中国の大手電気自動車メーカーBYDが、国内販売のEVとプラグインハイブリッド(PHEV)の22車種を対象に、大幅な値下げを発表。
モルガン・スタンレーのアナリスト、ティム・シャオ氏らは、「消費者向け市場がいかに厳しいかを示す、強いシグナルだ」と指摘した。それから1年余り。各社は値下げの手を緩めるどころかさらに攻勢を強め、中国EV産業は消耗戦から抜け出せずにいる。
中国の自動車産業は2025年、過去最高となる11.2兆元(約266兆8000億円)の売上高を記録した。だが、利益はほとんど伸びていない。
CPCAのデータを財新グローバルが伝えている。業界売上高こそ前年比7.1%増となったものの、利益はわずか0.6%増の4610億元(約10兆9800億円)にとどまった。通年の利益率は4.1%。
■王者BYDは利益が半減
2025年のトヨタの営業利益率は9.1%、ゼネラルモーターズ(GM)は6.86%だった。フォルクスワーゲンやBMW、メルセデスも0.2~6.5%とばらつきはあるが、中国の業界平均4.1%は、これら世界の主要メーカーと比べて決して高い数字ではない。
2026年に入っても歯止めはかかっていない。CPCAの崔東樹事務局長が示したデータをガスグー・オートニュースが報じている。1~3月の業界利益は前年同期比18%減の784億元(約1兆8700億円)に落ち込み、利益率は3.2%。生産台数も715万台と、前年から6%減っている。
1台あたりの収支はさらに厳しい。平均売上高である33万7000元(約803万円)に対し、コストは29万9000元(約712万円)を投じている。税負担(1台あたり2万7000元)を差し引いた粗利益はわずか1万1000元(約26万2000円)にとどまる。前年比13.2%の減少だ。
国内の他産業と比べれば、最終製品を手がける下流製造業の平均利益率は約6%を確保している。
厳しい状況の中、「決勝戦」で優位に立つ王者さえ無傷ではいられない。テスラを追い抜き、EV世界販売トップに立ったBYD。だがその2026年第1四半期決算は、決して芳しいものではなかった。
最も大きな痛手として、利益が半減した。CnEVPostによると、株主帰属純利益は40億9000万元(約974億円)で、前年同期比55%減。売上高も1502億3000万元(約3兆5800億円)と約12%落ち込んだ。
■「過去最高の海外販売」に潜む危うさ
BYD自身も3月下旬の時点で、利益が圧迫された主因は国内の価格競争の激化にあると認めていた。年初からの季節的な需要低迷に加え、補助金などの支援策の縮小も重なり、各メーカーが値下げやキャンペーンでシェア争いを繰り広げていたためだ。世界トップの座に就いた矢先に、足元の中国市場が揺らぎ始めていたのだ。
さらに、為替でも追い打ちを受けた。為替差損が膨らんだ結果、資金調達費に当たる金融費用は、前年同期比210%増の21億元(約500億円)にまで跳ね上がっている。
販売台数の急落も課題だ。第1四半期の新エネルギー車(NEV=EVとPHEVの総称)販売台数は計70万463台で、前年同期比30%減。前四半期比ではほぼ半減という深刻な状況だ。
国内の不振はその後も続いている。同メディアが5月末に伝えたところでは、BYDの5月の中国国内における販売台数は22万2809台で前年同月比24%減。世界全体で見ても、1~5月累計のNEV販売台数は140万5039台にとどまり、前年同期を20%下回った。
現在同社は、唯一の光明を海外に見いだしている。5月の海外販売は過去最高の16万644台を記録し、前年同月比80%増に急伸している。ただ裏を返せば、沈む国内市場を海外頼みで支える、危うい綱渡りの状態でもある。
■「中華圏トップ旗艦店」の社員は今や2人
価格戦争で打撃を受けているのは、メーカーの帳簿だけではない。消費者が車を買い、整備に出す現場もまた、その余波にさらされている。2025年4月、中国・山東省で、まさにそうした事態が起きた。
同省でBYDの主力販売網を担ってきた山東乾城控股有限公司が、経営危機に陥ったのだ。販売・部品供給・整備・顧客対応を一手に担う「4S」型ディーラーが20店舗超、突如として閉鎖や営業停止に追い込まれたと、米環境メディアのクリーンテクニカが報じている。
かつて「中華圏ナンバーワンのBYD旗艦店」と称された済南乾盛の店舗でさえ、昨年5月の報道時点でスタッフはわずか2人。かろうじて営業を続けているありさまだ。乾城控股は2014年に創業した。わずか1年前の2024年4月には、BYDの王伝福創業者兼会長みずからが視察に訪れていたほどだった。
割を食ったのは消費者だ。被害者は1000人を超える。3年分の保険や点検プラン、生涯メンテナンスなどの代金を前払いしていた顧客が、返金の見込みもないまま置き去りにされた格好だ。従業員も痛手を被っており、一部は最大6カ月にわたり給与を受け取れていないという。
責任の所在をめぐり、乾城側とBYDは非難の応酬を繰り広げている。乾城側は、「過去2年間にわたりBYDがディーラーを戦略的に調整したことで、資金繰りに甚大な圧力が生じた」と訴える。
■不可解な中国政府のダブルスタンダード
なぜメーカーは価格戦争をやめられないのか。
中国政府は手をこまねいているわけではない。国家市場監督管理総局(SAMR)は、新車を原価割れで販売する行為を禁じる「価格指導」を打ち出したと、今年2月にサウスチャイナ・モーニングポストが報じている。
問題は、業界の利幅を守るこの規制と並行して、EVの消費意欲をそぐ施策を実施していることだ。中国政府はこれまで消費喚起策としてEV購入時の車両取得税(購置税)を免除してきたが、2026年1月からは5%の課税を再開しており、減免措置が期限を迎える2028年には通常の10%に戻る見通しだ。
そもそもメーカーが値下げに走るのは、深刻な過剰供給が続いているためだ。カーニュースチャイナによると、2025年4月時点で国内の乗用車メーカーは、計350万台もの在庫を抱えていた。一部のメーカーでは工場の稼働率が50%を割り込んでおり、生産設備の半分以上を持て余しているという。
今年に入り、メーカーはコスト面でも追い打ちを受けている。財新グローバルによれば、EVバッテリーの主原料である炭酸リチウムは、1トンあたりの価格が2025年末の11万9000元(約283万円)から2026年1月には16万9000元(約402万円)へ、わずか1カ月余りで4割以上も跳ね上がった。
■1台売るごとに190万円超の赤字
価格戦争で恩恵にあずかるはずの消費者も、結果的に危うい立場に置かれている。中でも最大級の悲劇に見舞われたのが、昨年報じられた新興EVブランド「Neta(哪吒)」の事例だ。
2022年、Netaは新興EV勢の年間販売台数で首位に躍り出た。15万2000台を納車したと、36Krは報じている。
だが、Netaが急成長を遂げられたのは、いわゆる赤字モデルに頼っていたからだ。採算を度外視し、1台売るごとに赤字を垂れ流してでも、ひたすら売上台数を伸ばす戦略だ。親会社・合衆新能源は2021年から2023年にかけて累計183億元(約4360億円)もの純損失を計上した。36Krによれば、1台売るごとに平均8万元(約190万円)超を失っていた。
Netaは資金が底をつくと、一気に事業モデルが崩壊した。2024年後半には従業員への給与を払えなくなり、生産も停止している。同年12月、張勇CEOが退任した。
後任には創業者の方運舟会長が就いたが、同氏にも事態を好転させることはできなかった。昨年6月19日、親会社の浙江合衆新能源汽車が正式に破産手続きに入った。債権者は計265億8000万元(約6330億円)にのぼる負債を申し立てている。
■40万人が「修理難民」に
浙江合衆の破産は、約40万人の哪吒汽車オーナーの暮らしを直撃した。オーナーたちは、「自分の車がいつ動かなくなるか分からない」との恐怖に慄いている。
昨年5月ごろから、中国全土のオーナーがアプリのダウンに見舞われている。36Krによると、スマートフォンからの遠隔操作が一切効かなくなり、車載ネットワークのデータ更新も停止。カーナビの位置情報すら取得できなくなった。
Netaの大規模障害は、半年で実に3度目を数える。2025年初頭、「システムメンテナンス」を名目に公式サイトが72時間にわたってダウンした。4月にはアプリが再びクラッシュし、Bluetoothキーが反応しなくなった。車の外に締め出される人、車内に閉じ込められる人が続出した。
危うい兆候は、2024年後半にはすでに表れていた。全国に300カ所以上あったアフターサービスの拠点が次々と閉鎖され、2025年時点で残るのは50カ所に満たない。実に6分の1以下にまで縮んだ計算になる。
36Krが引く北京商報は、コンパクト電動SUV「Neta U」の女性オーナーのケースを取りあげている。購入時には「航続距離400km」と謳われた車だったが、わずか2年でバッテリーの持ちが大幅に落ちた。保証修理を正規ディーラーの4Sショップに求めたところ、返ってきたのは、「メーカーと連絡が取れない」の一言だったという。
やむなく自費で修理した後、損切りを覚悟で売却を試みたが、査定額は5万元(約119万円)にも届かない。購入価格14万元(約333万円)に対し、失った額はその6割超。わずか2年の使用で、価値の大半を失った。
■EVメーカーは6年で487社→130社に激減
給与未払い、生産停止、アプリの停止。Netaで起きた事業崩壊のシナリオは、中国EV業界でこれまで何度も繰り返されてきた。
その原型ともいえるのが、レスト・オブ・ワールドが報じたWM Motor(威馬汽車)の事例である。上海を拠点に格安EVで人気を集めた同社は、2023年10月に破産を申請した。その直後、オーナーがスマートフォンのアプリを開くと、ログインできなくなっていた。ドアの遠隔ロックも、エアコンの操作も、走行距離や充電状況の確認も、一切動作しない。
中国の自動車レビューサイト「12365auto」には、「車のシステムが麻痺してログインできない。エンターテインメントシステム全体が使えず、車両の状態も確認できない」「車が巨大な安全上の脅威になった」との苦情が相次いだ。
2024年12月には、百度(バイドゥ)出資のEVブランド「極越(ジーユエ)」も、同じ道を辿り始めていた。パンデイリーによると、夏一平CEOは社内メッセージで、「困難に直面しており、直ちに調整が必要」と認めた。5000人超いた従業員は、大幅に縮小。アフターサービス部門に残るのは約80人で、元の4分の1にすぎない。
レスト・オブ・ワールドによると、2018年に487社あった中国のEVメーカーは、2024年時点で約130社にまで減った。アリックスパートナーズの予測では、2030年までに生き残るブランドは15社に満たない。「決勝戦」どころか、まだまだ予選の様相だ。
■「BYDに次ぐ2位」だったEVメーカーの末路
中国EV業界で広がる混乱に、海外の消費者も巻き込まれ始めた。Netaにとって最大の海外市場であるタイも、その例外ではない。
タイの実業家チャイチャーン氏は2024年1月、入念に調査を重ねた末、NetaのEVを54万9000バーツ(約266万8000円。7月7日現在のレート、1バーツ4.86円で換算)で購入した。ところが間もなく、交換部品は入荷のめどが立たないと告げられた。近隣のサービスセンターも閉鎖。親会社・合衆新能源汽車の破産手続きを知った同氏は、やむなく返金申請に踏み切ったと、レスト・オブ・ワールドは伝えている。
「まさかこんなことになるとは。中国ではベストセラーの一台だったのに」と同氏は振り返る。
Netaは2022年にタイに参入し、翌年にはBYDに次ぐEV販売2位に躍り出た。だが同社はあっという間に転落した。タイ各紙によれば、2024年末には現地スタッフ数百人が解雇され、60あったショールームのうち20が閉鎖された。レスト・オブ・ワールドが引くタイ国営放送NBTワールドのデータによると、2025年1~5月の販売台数はわずか1256台にとどまり、前年同期比で43%の減少となった。
■修理すらままならなくなったEV大国の惨状
タイの消費者委員会にも、消費者がNetaへの苦情を相次いで寄せている。部品不足、サービスの打ち切り、自分で修理するほかなかったケースなど、同委員会は2022年のNeta参入以降、累計で220件を超える苦情を受理した。
アメリカ在住の中国自動車産業コンサルタント、雷行(レイ・シン)氏は、こうした海外展開について、「理由はただ一つ、国内事業を救うためだった。一般論として、その戦略がうまくいくとは思わない」と言い切る。同氏は各社の海外進出を、成長戦略ではなく延命策と見ている。
Aiways(愛馳汽車)も、国内販売を全面停止して欧州に活路を求めた一社だ。同社広報はロイターに、「中国の価格戦争はすさまじいから国内では売らない」と語っている。
こうした淘汰の行方について、NIOの李氏はガスグー・オートニュースで、業界は「ブランドの混乱期」から「ブランドの選別期」へ移行しつつあると論じた。だが「選別」とは、敗者が市場から退場することにほかならない。メーカーは消えても、オーナーの車は路上に残る。「誰が私の車を修理してくれるのか」。答えのないまま、オーナーたちはその問いを抱え続けている。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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