■️なぜ「2年連続の過去最高益」を達成できたのか
2025年、全国23路線の高速バスを運行するWILLER EXPRESS(ウィラーエクスプレス)は前年比で増収増益を記録し、過去最高益を叩き出した。前年に続き、2年連続の最高益更新だ。
爆増するインバウンド、ホテル価格の高騰、推し活ブームなど、いま高速バス業界には強力な追い風が吹いている。さらに、最近では「高級シート」も人気だ。かつては快適さに目をつぶるのが暗黙の了解だった高速バスだが、近頃は高価格帯で個室さながらの快適空間を提供する車両が増えた。WILLER EXPRESSも通常価格帯から3~4倍ほどのシェル型高級シート「ReBorn(リボーン)」を、2017年から提供している。
「需要増」と「高価格化」はよくある「勝利の方程式」だろう。WILLER EXPRESSの勢いも、こうした背景に支えられているのだろうか。平山幸司社長(56)に尋ねると、返ってきたのは意外な反応だった。
「そう単純な話でもないんです。
「流行りのラグジュアリー戦略が当たっていると思われがちなんです」と平山社長は苦笑する。「需要増」と「高価格化」が主要因ではないとすれば、何が成長を押し上げているのか。平山社長はコロナ禍以前から水面下で練り上げてきた独自戦略を語り始めた。
■「最安値ではない」のに“指名買い”
その戦略の輪郭をつかむうえで、まず見逃せない数字がある。同社の東京―大阪間のスタンダードな座席料金は約6000円。一方、他社の夜行バスには安ければ1600円ほどの座席もある。単純な価格だけを比べれば、WILLER EXPRESSは決して安くない。
それでも、同社の売り上げの約9割は自社WEBサイト経由で生まれている。つまり多くの乗客は、比較サイトで最安値を探すのではなく、WILLER EXPRESSを「指名買い」しているのだ。
平山社長はこう語る。
「他社さんと3倍近い明確な差があるにもかかわらず、当社が選ばれているのは、お客様に価格差を吹き飛ばすだけの価値を感じていただけているからだと思います」
利益率を押し上げたのは、こうした「指名買い」に支えられた細かな値上げでもあった。平山社長によると、コロナ前に約79%だった乗車率は足元で85%台まで上昇。さらに、1席あたりの単価もコロナ前より約500円上がった。1席100円の上積みでも、年間では大きな利益になる。安さだけで選ばれない関係を築けたことが、収益改善に直結したのだ。
では、価格差を吹き飛ばす価値とは何なのか。平山社長は、それを「ハードではなくソフト」だと表現する。
■️高級シートよりも、接客・清掃
ここで、夜行バスに乗る場面を思い浮かべてほしい。
目的地までは長時間。車内は9割近くが埋まっている。隣の乗客との距離も近く、眠れるかどうかもわからない。
ところが、WILLER EXPRESSのバスに乗った乗客の多くは、ふとこう感じるという。
「思っていたよりも居心地が良い」
これこそがWILLER EXPRESSが追い求めた価値だった。平山社長は語る。
「当社の強みはハードではなくソフトなんです。高級シートよりも、接客、接遇、衛生管理、安全管理などに徹底的にこだわっています。実際に、口コミサイトでの高評価は接客や清掃へのコメントが中心です。それが他社との差別化要因になり、お客様のロイヤリティを高め、リピート率の向上に繋がっています」
もっとも、接客や清掃はどのバス会社にとっても「あって当たり前」のサービスに見える。新しいシートを開発する、車両を増やす、価格を上げるといった施策に比べれば、地味で、成果も見えにくい。
それでも平山社長がソフトの磨き込みに賭けたのは、コロナ禍の前から、従来の成長モデルに限界を感じていたからだ。
■️“売上”過去最高でも「このままではヤバい」と痛感
なぜ、過去最高益の原動力が、新規性の高い商品や新技術を搭載したシートではなく、接客や接遇なのか。
話は7年前に遡る。
「頭打ちが見えていましたね。価格競争は激化していたし、新たなプレイヤーもどんどん増えてくる。当社は業界では先駆けて女性顧客層を開拓したパイオニアだったんですが、他社も女性向けサービスを次々と提供するので、差別化も難しくなりつつありました。売上高は過去最高でも『このままではヤバいな』という思いが拭えなかったんです」
■「事業が止まっている間に精鋭部隊を作る」
「バス業界の2024年問題」も悩みの種だった。2019年から順次施行された働き方改革関連法に伴い、2024年4月からは運転手の時間外労働が制限されると決まっていた。運転手の労働時間規制が強まれば、バスの運行台数は制限され、大幅な値上げに踏み切らない限り、売り上げは縮小する。それまでの規模拡大路線では限界が見えていた。
そこに追い打ちをかけるようにコロナ禍が訪れる。2020年4月、WILLER EXPRESSは1~3日のみ運行し、あとはすべて運休となった。運休は5月31日まで続き、この間の売り上げは「0円」。
「事業が止まっている今のうちに、スタッフの教育や研修を改革し、車内美化を徹底して、他社に比類ないサービスを提供できる精鋭部隊を作ろうと。ポストコロナの生き残り策はこれしかないと、必死の思いでした」
■️「期待されない夜行バス」が突破口に
平山社長は「残念な話ですが、夜行バスのお客様は「期待をしていない」。安かろう悪かろうは覚悟して乗車している。だからこそ、丁寧でホスピタリティのあるサービスに好意的なギャップを感じるんです」と話す。
その一例として挙げたのが、乗車確認だ。夜行バスでは出発前に乗務員が乗客の乗車確認を行う。この際、WILLER EXPRESSでは乗客の一人ひとりと目を合わせて「お困り事はございますか」「車内は寒くありませんか」といった一言をかけている。また、夜間のサービスエリアでの休憩時間には、手持ちのハンディライトで乗客の足元を照らし、乗降口までエスコートするのが通例だ。
些細な気づかいにも思えるが、こうした接客が顧客満足度に与える影響は大きい。
「当社はお客様に背中を見せません。休憩時も、サービスエリアで降車するお客様を全員見送ってから自らも休憩を取る。これが当社の接客の基本的なスタンスです」
■「女性の隣は女性」のシステムを開発
過去最高益の土台は、20年来の「女性市場の開拓」にもあった。
2005年ごろ、同社は「女性の隣には必ず女性」という独自の座席配置を始めた。当時の夜行バスに席指定の概念はなく、運行管理者は予約締切後、マジックで座席表を手書きしていたという。
「当時の夜行バスは年齢が高めの男性が乗る乗り物で、女性が安心して乗れる乗り物ではなかった。だから女性の横には必ず女性を座らせると決めたんです。最初は座席表をマジックで手書きしていました」と、平山社長は振り返る。
シートにも工夫が宿る。たとえば、「寝顔を見られたくないからか、ハンカチを顔にかぶせる女性客の姿をよく目にする」という乗務員からの指摘を受けて、座席に開閉式の覆いを装着した。
デザインはベビーカーの日よけに着想を得て、シートを丸ごと覆うような形態になっている。車体は2006年に全身ピンクのラッピングを採用し、翌年に白基調へピンクを差したデザインへ刷新した。
「最初から女性をターゲットにしていたので、『伸びた』というより、女性の潜在層を顕在化させたんです。いまは乗客の7割が女性で、9割が女性になる便もある。女性に夜行バスという選択肢を広げてきた自負があります」と、平山社長は胸を張る。
ハードとソフトで女性客を取り込んだ20年が、好調の地盤になっている。
■️「臭い」も武器になった
「神接客」に引けを取らないこだわりを見せるのが衛生管理だ。なかでも、着目したのが「臭い」。WILLER EXPRESSでは車内の消臭などを目的に、座席のシートを「丸洗い」しているのだという。
「お客様に快適な空間を提供するうえで、車内にゴミが落ちていないなんて当たり前の話です。見過ごされがちなのは臭いです。シートの表面に付着した汗や皮脂は悪臭の元ですから、定期的に専用の高圧洗浄機で全車両の座席シートを洗っています。詳細は控えますが、洗浄後の排水を目にすると驚きますよ。たくさんのお客様を乗せると座席はこんなに汚れるのかと。気付かれにくいですが、清潔な座席も当社の提供価値だと自負しています」
快適空間を演出する芳香剤も妥協しない。平山社長が目指したのは「石鹸の匂いのするバス」。独自に選定した芳香剤を使用し、換気や空調に工夫を凝らすことで、清潔感ある匂いを保っている。他の乗客と長時間、隣り合う夜行バスにおいて、心地よい香りが漂う空間は快適性を高め、リピート顧客を惹きつける要因になる。
さらに、忘れてはならないのが安全管理だ。WILLER EXPRESSでは乗務員の脈拍などをモニタリングするウェアラブルセンサーを導入し、営業所から運転状況をリアルタイムで管理している。乗務員が眠気を催すなど体調の変化を感知するとアラートが通知される仕組みだ。
「安全が私たちに提供できる何よりのサービスです」と平山社長は胸を張る。接客、衛生管理、安全管理、「あって当たり前」のありふれたサービスを徹底して磨き上げることで、WILLER EXPRESSは過酷な競争環境を勝ち抜く強みを手に入れた。
■️“小さな安心”が指名買いを生んでいる
疲労や窮屈さは覚悟のうえだった乗客たちは、丁寧な接客や清潔な車内環境に大きなギャップを感じ、次の機会にもWILLER EXPRESSの夜行バスを選ぶ。確固たるロイヤル顧客の創造が、平山社長がポストコロナ時代に見据えた勝ち筋だった。
乗車前の不安を、乗車後の安心に変える。
その小さな体験の積み重ねが、「次もWILLERで行こう」という指名買いを生んでいる。
平山社長は「ハードは真似できても、ソフトは真似できないんですよ」とつぶやいた。
インフレが続き、低価格競争だけでは企業が生き残りにくくなっているいま、WILLER EXPRESSの成長はひとつの示唆を与えている。顧客が本当にお金を払うのは、豪華な設備そのものではなく、そこで得られる安心や快適さなのだ。
接客、清掃、安全管理という「あって当たり前」のサービスを徹底的に磨き上げたこと。それが、WILLER EXPRESSを低価格競争から抜け出させた最大の武器だったのだ。
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島袋 龍太(しまぶくろ・りゅうた)
フリーライター
1986年生まれ。沖縄県出身。琉球大学卒業後、警視庁入庁。警視庁警察官として、地域部、警務部、刑事部を経験。警視庁時代には事件解決の功労が認められ、警視総監賞を受賞。警視庁退職後は求人広告代理店のコピーライターなどを経て、2019年にフリーライターとして独立。ビジネス、経済、社会、サブカルチャーなど取材。趣味は読書とブラジリアン柔術。妻は漫画家の意志強ナツ子。
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(フリーライター 島袋 龍太)

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