地球温暖化が進む裏で、天然資源の争奪戦が繰り広げられている。「最後の火薬庫」となるのはどこか。
著作家・宇山卓栄さんの書籍『「地理で考える」は武器になる』(秀和システム新社)より、一部を紹介する――。
■温暖化で「勝つ国」「負ける国」
地球温暖化は、現代における最大の環境問題として語られます。
温室効果ガスの排出を減らし、地球の平均気温の上昇を抑えなければならない。この主張に反対する人はほとんどいません。メディアも教育も、温暖化を「人類共通の絶対悪」として扱っています。
しかし、地政学という視点においては、「絶対悪」も「絶対善」も存在しません。存在するのは、純然たる物理的な環境の変化と、それに伴う国家間のパワーバランスの変化だけです。
気温が上昇し、海面が上がり、気候帯が移動する。
これは地球という巨大な盤面で行われている陣取りゲームの「ルール」と「地形」が、ゲームの最中に書き換えられることを意味します。
地形が変われば、今まで有利だった場所が不利になり、今まで誰も見向きもしなかった辺境の地が一等地に化けることがあります。
つまり、温暖化は人類全体にとっては危機かもしれませんが、国家単位で見れば、明確に「勝つ国」と「負ける国」を生み出す巨大な富の再分配システムなのです。この不都合な真実から目を背けていては、未来の国際情勢を見誤ることになります。

■「暑くて不快」どころか「住めない」
まずは、温暖化によって最も大きな打撃を受ける「負ける国」から見ていきましょう。直感的にわかる通り、それは「赤道直下の国々」と「海抜の低い島国」です。
赤道付近のアフリカ諸国、中東、南アジアの一部では、現在でも夏の気温が人間の生存限界に近づきつつあります。
これ以上気温が上昇すれば、どうなるでしょうか。
単に「暑くて不快だ」というレベルではありません。
農業が完全に崩壊します。熱波と干ばつによって作物が育たなくなり、慢性的な水不足に陥ります。
経済基盤の弱いこれらの国々では、エアコンなどの空調設備を全国民に行き渡らせることは不可能です。結果として何が起きるか。
「気候難民」の大量発生です。
■海に飲まれ、国家そのものが消える
住めなくなった土地を捨て、数千万人、数億人という人々が、少しでも涼しく、水のある北半球の中緯度地帯(ヨーロッパや北米)を目指して大移動を始めます。これは、国境という概念を物理的に押し流す、前代未聞の安全保障上の脅威となります。

また、太平洋やインド洋に浮かぶ島国(ツバルやモルディブなど)や、バングラデシュのような低湿地帯を抱える国々は、海面上昇によって国土そのものが物理的に海に沈み、地図上から消滅する危機に瀕しています。彼らにとって温暖化は、経済的な損失ではなく、国家の「死」を意味するのです。
一方で、温暖化を密かに、あるいは公然と歓迎している国々が存在します。
それが、北半球の高緯度に広大な領土を持つ「ロシア」と「カナダ」です。
これまで、これらの国の領土の大部分は、一年中凍りついた永久凍土(ツンドラ)や、寒すぎて農業ができない針葉樹林帯(タイガ)でした。面積だけは広いものの、人間が住み、経済活動を行うにはコストがかかりすぎる「死んだ土地」だったのです。
しかし、気温が上昇すると、この状況は一変します。
■「凍れる巨人」ロシアとカナダの覚醒
永久凍土が溶け、気候帯が北へ移動することで、かつての極寒の荒野が、小麦や大豆を栽培できる「広大な農地」へと生まれ変わるのです。
本書の第3章で、ロシアが「凍らない港(不凍港)」を求めて南下を繰り返してきた悲しい歴史について触れました。しかし、地球全体が暖かくなれば、わざわざ戦争をして南の港を奪う必要すらなくなります。自国の北極海沿岸の港が、一年中使えるようになるからです。
さらに、寒さが和らぐことで、暖房にかかる莫大なエネルギー消費が削減されます。
ロシアやカナダにとって、温暖化とは、国土の有効面積が何倍にも広がり、農業生産力が爆発的に向上し、物流のコストが下がるという、まさに「天の恵み」なのです。
ロシアのプーチン大統領が、過去に「気温が数度上がれば、毛皮のコートにお金を使わなくて済むし、農業生産も増える」と発言したことがありますが、これは単なる強がりではなく、高緯度国家が抱く地政学的な本音です。
温暖化が進めば進むほど、ロシアは農業大国として、また資源大国としての力を増し、真の超大国として覚醒する可能性を秘めているのです。
■トランプが北の辺境を本気で狙う理由
この「北の辺境が宝の山に変わる」という地政学的な変化を、最も露骨に象徴するエピソードがあります。
2019年、アメリカのトランプ大統領(当時)が、デンマーク領である「グリーンランド」をアメリカが買い取りたいと発言し、世界中を驚かせました。
2期目に入った2025年以降も、トランプ大統領は購入または支配に意欲を見せています。
グリーンランドは、国土の8割以上が分厚い氷床に覆われた、世界最大の島です。多くの人は「なぜあんな氷の塊を欲しがるのか」「大統領の気まぐれだ」と冷笑しました。しかし、地政学と資源の観点から見れば、これは極めて合理的で、先見の明のある戦略でした。
温暖化によってグリーンランドの氷が溶け始めている現在、その氷の下には、レアアース(希土類)をはじめとする莫大な未採掘の鉱物資源が眠っていることがわかっています。
■中国vsアメリカの陣取りゲームが始まった
レアアースは、電気自動車やスマートフォン、そして軍事兵器の製造に不可欠な戦略物資であり、現在は中国が市場を独占しています。アメリカとしては、中国への依存を脱却するために、是が非でも新しい供給源を確保したいのです。

さらに、グリーンランドは北極海と大西洋を結ぶ戦略的な要衝に位置しています。氷が溶けて北極海航路が本格的に開通すれば、ここは世界物流の新たな中継地点となります。
実際に、中国はいち早くグリーンランドの資源開発やインフラ投資に名乗りを上げ、足場を築こうとしていました。トランプ大統領の「買収発言」は、中国の進出に対する強烈な牽制であり、北極圏における陣取りゲームの宣戦布告だったのです。
氷という「蓋」が外れた瞬間、グリーンランドはただの白い島から、大国が喉から手が出るほど欲しがる「地政学の一等地」へと変貌しました。
■南極大陸は条約で守られているが…
北極で起きていることは、地球の反対側、「南極」でもいずれ現実のものとなります。
現在、南極大陸は「南極条約」によって、どこの国にも属さないこと、平和目的のみに利用すること、軍事基地の建設や資源の採掘を禁止することが定められています。
日本を含む各国の観測隊が協力をして平和的に科学調査を行っている場所です。
しかし、この条約の効力がいつまで続くかは誰にもわかりません。
南極大陸の分厚い氷の下には、石炭、鉄鉱石、石油、天然ガスといった莫大な資源が眠っていると推測されています。今は氷に阻まれて採掘コストが高すぎるため、各国は「環境保護」という建前のもとに紳士協定を守っています。
もし、温暖化によって氷が溶け、採掘が容易になったら。

あるいは、世界的な資源枯渇が深刻化し、どこの国も背に腹は代えられない状況になったら。
その時、大国たちはあっさりと条約を破棄し、南極大陸の分割支配に乗り出すでしょう。
実際に、中国やロシアは南極での観測基地の建設を急速に進め、将来の領有権主張に向けた「既成事実」を積み上げつつあります。
地図上では真っ白に塗られている南極大陸ですが、各国が主張する「潜在的な領有権」の線を引いてみると、そこにはケーキを切り分けるような、生々しい利権の境界線がすでに引かれているのです。
■国家間のパワーバランスが激変する
地球温暖化は、単なる環境問題ではありません。
それは、数千年続いてきた「気候」という土台を根底から揺るがし、国家間のパワーバランスを強制的にリセットする、究極の地政学的イベントです。
私たちは、赤道付近の国々が経済的・社会的に崩壊していく悲劇を目の当たりにするでしょう。同時に、北極圏の氷が溶けることで、ロシアやカナダ、北欧諸国が圧倒的な資源と農業生産力を手に入れ、新たな覇権国家として台頭する姿を見ることになります。
「気候を守る」という道徳的な議論の裏側で、各国の指導者たちはすでに、気温が2度、3度上がった後の「新しい世界地図」を広げ、どこに投資し、どこを切り捨てるかという冷酷な計算を始めています。
これからの数十年を生き抜くためには、私たちもまた、環境保護のイデオロギーに流されることなく、気温の変化がもたらす「地形と国力の変化」を見極める必要があるのです。

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宇山 卓栄(うやま・たくえい)

著作家

1975年、大阪生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。
代々木ゼミナール世界史科講師を務め、著作家。テレビ、ラジオ、雑誌、ネットなど各メディアで、時事問題を歴史の視点でわかりやすく解説。主な著書に『民族と文明で読み解く大アジア史』(講談社)、『朝鮮属国史 中国が支配した2000年』『韓国暴政史 「文在寅」現象を生み出す民族と社会』『経済で読み解く世界史』(以上、扶桑社)、『民族で読み解く世界史』『王室で読み解く世界史』『宗教で読み解く世界史』(以上、日本実業出版社)、『世界一おもしろい世界史の授業』(KADOKAWA)、『世界史で読み解く天皇ブランド』(悟空出版)など、その他著書多数。

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(著作家 宇山 卓栄)
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