■秋元康の人生設計は開成不合格で崩れた
人生観は「体験」に根ざす。
秋元康の半生をたどると、みずから「半ズボンの挫折」と呼ぶ中学受験の失敗に行きつく。秋元が思い描く人生設計は、開成中学、開成高校、東京大学と進み、大蔵省(現・財務省)に入省するというものだった。夢ではなく既定路線である。「絶対に受かる」と塾は太鼓判を押し、模試でもトップクラスの成績だった。
ところが開成中学に落ち、人生設計はスタートでつまずいた。
《すごくショックでした。世の中予定通りいかないというか、運というものがすごく大きいんだなと思いましたね》
音楽業界情報総合サイト『Musicman』のリレーインタビュー(2010年5月13日公開、第86回)に、秋元はそう答えている。
「98%の運と、1%の汗と、1%の才能」――それが秋元の人生観となる。ものごとの成否の原因が「運」にあるとする人生観は傍観者のものであり、必然的に「責任」の生じない立ち位置に身を置くことになる。
秋元は公立中学から中央大学附属高等学校に進学し、東大を目指した。
■失うものがないからこそ
「思えば、道草からはじまった人生」――秋元はのちにそう語るが、秋元の処し方で注目するのは次の言葉だ。書籍『AKB48の戦略!』(田原総一朗との共著、アスコム)で、田原にこう語っている。
《僕は、スタートから高校生の放送作家だった。だから予測がはずれようが、バカな思いつきを口にして呆れられようが、失うものは1つもない。僕はどんな会議でもずっと最年少でした。おもしろい企画を出せば採用してくれるけど、何も責任はないわけです。もともと期待されていないから、昔はバットをいちばん長く持ってぶんぶん振り回し、ときどき当たった。たまにはホームランを打った》
「責任のない立場」が秋元にとっていかに居心地のいいものであったかがうかがえる言葉だ。「運」という傍観者の立ち位置から見る人生観と、「責任のない立場」という立ち位置。
これが秋元の人生を貫く「寝業」の両輪ということになる。
■アルバイト感覚のままヒットを連発
日本が経済成長を遂げた時代はリスクと実利は表裏の関係にあり、「虎穴に入らずんば虎児を得ず」とされた。
だが、長い不景気を経て不確実性の時代になった現代において人生の勝者になるには、「虎穴に【入らずして】虎児を得る」――すなわち、いかにリスクを避け、実利を手に入れるかという「寝業」が求められる。
秋元の人生観と処世術は、鋭敏な感覚によって時代を先取りしたものと読み解くことができるだろう。中央大学に進学すると放送作家として本格的に活動を開始。やがて亀渕の勧めで作詞を手がけるようになる。
作詞をはじめた秋元の才能はすぐに開花。稲垣潤一『ドラマティック・レイン』(1982年)、さらに翌年、長渕剛『GOOD-BYE青春』のヒットで注目されるが、秋元にしてみれば運がよかっただけのことで、自分は作詞家だとも放送作家だとも思わなかった。いつ辞めてもいい。そんなアルバイト感覚で仕事をしていた。
■ブレイクの絶頂でニューヨークへ逃避
秋元がさらなる「運」のステップに足をかけるのは、ブレーンとして参加した『オールナイトフジ』(フジテレビ)だ。別の番組で知り合った「とんねるず」の起用を推薦。これによって、とんねるずは一気に弾け、ブームを巻き起こす。
さらに同番組で放映した女子高生スペシャルが当たり、これが新番組『夕やけニャンニャン』につながって「おニャン子クラブ」が大ブレイクする。フジテレビが仕掛けたこの企画を具現化したのが秋元だった。秋元は「おニャン子クラブ」の全楽曲の作詞を担当。
長者番付「その他の部門」で16位となる。翌1988年、「おニャン子クラブ」のメンバーだった高井麻巳子と結婚する。
30歳で「人生の勝者」になったのだ。私たちであればさらに上を目指して奮闘するだろうが、秋元はブレイクに戸惑った。アルバイトのはずが、「責任の生じる立場」に立たされてしまっている。
秋元の言葉を借りれば「このままじゃ、たぶん浮かれて、祭り上げられて、担がれて終わる」との危機感を持った。「垂直志向」のリスクを本能的に嗅ぎ分けていたのだろう。
すべての仕事を整理し、ニューヨークへ“逃避”したのである。
■客7人から社会現象を生み出す
だが「運」は秋元を追いかけてくる。
以前、レコード会社・コロムビアの人間に今後の抱負を問われ、「作詞家になったからにはやっぱり美空ひばりさんと仕事をしてみたいです」と言ったことがあったのだ。ひばりの息子が、とんねるずのファンだったのも追い風となった。
そうして書き上げたのが、ひばりの遺作となる『川の流れのように』だった。大ヒットし、秋元は作詞家として地位を不動のものにする。
「水平志向」の秋元は横へ横へとさらなる活躍の場を広げていく。それがAKB48のプロデュースだ。「会いに行けるアイドル」――秋元のコンセプトだった。
秋葉原に収容人数250名のAKB48劇場を立ち上げる。オープンは2005年12月8日。一般客はわずかに7名。ところがSNSによる口コミで3カ月後には満員になり、メンバーのオーディションに数千人の応募が殺到。
その後、乃木坂46を結成するなど、AKBグループが社会現象になっていくのは周知のとおりだ。
■あえてマネジメントはしない
アイドルグループにはそれぞれ所属するプロダクションや運営会社があり、秋元は、マネジメントはしていない総合プロデューサーとしてクリエイティブな部分を指揮し、楽曲の作詞は秋元がすべて行っている。
なぜ秋元はマネジメントをしないのか。秋元がオーナーとなって芸能プロダクションをつくり、そこにAKBグループを所属させれば大きなビジネスになるではないか。
インタビューで田原総一朗に問われた秋元は、マネージャーは彼女たちと徹底的につき合い、悩みを聞きながら一つひとつ解決していく仕事であり、自分には無理だと答える一方、秋元はメンバーに対し、親身になってこんな励ましの「洗脳的アドバイス」をしている。
《僕はメンバーに「チャンスの順番」と話すんですよ。AKBのメンバー全員にチャンスが同時に回ってくるなんてことは、ありえない。チャンスは順番に回ってくる。いま真ん中にいる子もいれば、端っこにいる子もいるけど、ベランダに置いた鉢植えのように、光の当たり方は時間や季節によって違う。順番があるんだと。
こうも言います。「止まっている時計は、日に2度正確な時刻を示す」と。
■「何を考えるか」を考えさせる
秋元は言葉を紡ぎ出す作詞家だ。こうしたレトリックが若い女子たちを感激させるだけでなく、仲間への嫉妬を未然に防ぎ、売れない子の不満の解消につながっている。「洗脳的アドバイス」によってメンバーの心をつかみ、心をつかむことで「君臨」しているということになる。
では、運営会社のスタッフたちに対しては、どうやってグリップしているのか。
「とにかく考えろ。24時間考えろ」
秋元がスタッフに飛ばす檄だ。何を考えるのか。前出『AKB48の戦略!』で、田原総一朗からそのことを問われ、秋元はこう答えている。
《何を考えるかを考えるんです。たとえばある会社に電話をしたとき、先方が「はい、田原商事の秋元です」と名乗るのを聞いたとします。そこで、用件を済ませたあと「普通は社名しか言わないけど、いまの人は社名と自分の名前を言ったぞ」と考えるんですよ。で、これはいいな、「うちの会社でもやろうと思うか?」です。ボケッとせずに、そういうことを考えるのが大事だと》
■抽象的な指示こそ秋元の秘策
《ニューヨークであるホテルに泊まったら、ベッドメイキングしたところに2つ折りにしたメモが立ててあって、明日の天気と温度が書いてあった。メイドさんが手書きするわけです。明日の天気と温度がわかれば、雨だから観光は別の日にしようとか、涼しいから何を着ていこうとか、客にはありがたい。世の中は全部、そんな企画で満ちていると思うんです》
具体的な命令であればスタッフはそれに従えばよい。だが「何を考えるか考えろ」という抽象的な命令には戸惑う。何を提言すれば秋元の意にかなうのか。
ここに忖度が生まれる。そして忖度による企画や提言、行動は【忖度した側】に責任が生じ、【忖度させた側】に責任はない。秋元は責任を回避しつつ、意のままに従わせることができる。忖度を強いるこの手法こそ、まさにガバナンスにおける「寝業」なのである。
■選抜総選挙で「歌唱メンバー選出責任」を手放した
AKB48といえば「握手会」と「選抜総選挙」の2つがよく知られている。
どちらもCD購入者を対象にしたものだが、商品に何らかの物品を追加して販売した事例は、すでに江戸時代にある。富山の薬売りが、お得意先に売薬版画(浮世絵)や日用品をサービスとして置いていったという記録がある。
また1947年、紅梅食品はキャラメルにおまけとして読売巨人軍選手のブロマイドをカードとして添付し、ヒット商品にした。さらに1971年にはカルビー製菓(現カルビー)がスナック菓子に「仮面ライダーカード」をおまけとしてつけて、爆発的な人気を博した。
握手会の発案者は不明だが、総合プロデューサーである秋元のGOサインなくして実行は不可能であることから、このビジネスモデルを「秋元モデル」と呼んでさしつかえはあるまい。「秋元モデル」が出色なのは、CDに景品というものをつけるのではなく、「会いに行けるアイドル」というAKB48コンセプトを具現化したことだ。
これに選抜総選挙が加わる。人気投票だ。ファンクラブに入会するか、直前に発売されるシングルCDに封入されている投票券を入手することによって投票が可能になり、獲得投票数の多い順に次に発売されるシングルの歌唱メンバーが選出される。
オープンで公平な選出法だが、秋元の視点に立てば、歌唱メンバー選出という「責任」からの解放を意味する。要はCDが売れればいいのだ。
■貫いた「傍観者」の立ち位置
だが「秋元モデル」には懸念もある。かつて「仮面ライダースナック」は、スナックを買った少年少女たちがカードだけを取ってスナックを捨ててしまうことから、「ライダースナック投棄事件」として社会問題になった。
AKB48の「握手会」「選抜総選挙」はCD販売を装った「参加券ビジネス」であり、千枚単位でCDを購入するファンもいる。過熱すれば批判の声が起こるだろうが、総合プロデューサーの秋元は組織運営の責任者ではない。
すなわち「選抜総選挙」は秋元にとって「選出の責任回避」「運営の責任回避」、そして全楽曲を作詞する秋元にとってCDの売上という一石三鳥の名案ということになる。
2018年、「10回の節目」を理由に「選抜総選挙」は終わる。この年、NGT48の山口真帆暴行被害事件によって、ファンとの関係性や安全管理のあり方が社会問題化した影響によるものとも言われたが、「傍観者」の立ち位置にある秋元は責任を追及されることはなく沈黙を守った。
■トップに立たないことが現代の戦略
秋元は自身の来し方を振り返って、「運のドミノ倒し」と言う。構成作家からスタートして作詞家、とんねるず、美空ひばり、おニャン子クラブ、AKB48グループと連鎖していくなかでシナリオを書き、映画を撮り、本を書く。
さらに、セガが開発したドリームキャストや、日本郵政公社(現・日本郵政グループ)の「手紙ドキドキプロジェクト」の総合プロデューサーに就任したり、文部科学省がグローバル人材育成事業の一環として実施した官民協働の海外留学創出キャンペーン「トビタテ! 留学JAPAN」をプロデュースしたりするなど活躍の場を広げていく。
2022年、秋元は紫綬褒章を受章する。秋元の言う「運のドミノ倒し」は「水平志向」において成り立つものであることがわかるだろう。
これまで会社や組織にあっては、出世を目指す「垂直志向」が是とされた。だが現代は、経営陣が経営責任を問われ、株主訴訟で莫大な損害賠償を請求される時代になった。「垂直志向」には相応のリスクがついて回ることから、変化が激しく先行き不透明な現代は「名」より「実」に価値観がシフトされつつある。
この処し方が、リスクを避け、現在地を起点として横へ横へと活躍の場を広げていく「水平志向」であり、「責任ある立場」は足枷になってしまうのだ。
かつてトップに立つために用いた「寝業」は、現代にあっては「トップに【立たないため】」「責任者にならないため」の戦略であり、私たちが秋元から学ぶ処世術なのである。
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向谷 匡史(むかいだに・ただし)
作家/浄土真宗本願寺派僧侶/日本空手道「昇空館」館長
1950年、広島県呉市出身。拓殖大学卒業後、週刊誌記者などを経て作家に。浄土真宗本願寺派僧侶。保護司、日本空手道「昇空館」館長として、青少年の育成にあたる。著書に『』(左右社)、『』(青春出版社)、『』(河出書房新社)、『』(徳間書店)など多数。
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(作家/浄土真宗本願寺派僧侶/日本空手道「昇空館」館長 向谷 匡史)

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