M&Aには、数字では語れない「企業と人の物語」がある。焼鳥チェーン「鳥貴族」を運営するエターナルホスピタリティグループは、2023年に同業の「やきとり大吉」を買収した。
鳥貴族創業者の大倉忠司社長(66)は「やきとり大吉は私のルーツです。大吉がなければ焼鳥屋に進んでいません」という。ノンフィクションライターの笹間聖子さんが、その真意を聞いた――。
■鳥貴族が買収した「最大のライバル」
全国、実に1185店舗(※)。コロナ禍の2021年7月期には、営業利益マイナス46億円まで沈みながら、そこからわずか3年で売上419億円・営業利益32億円へとV字回復を遂げた外食チェーンがある。焼鳥居酒屋「鳥貴族」を擁するエターナルホスピタリティグループだ。数年で売上を倍以上に伸ばした成長企業である。
このグループが2023年1月、もう一つの“焼鳥の巨人”を傘下に収めた。やきとり大吉(以下、大吉)。1977年創業、最盛期には全国1000店を超えたチェーンだ。FC店のロイヤリティを30年以上ほぼ月3万3000円に据え置きながら、本部わずか10人で約500店を支えてきた。
いずれも店舗での串打ちにこだわりクオリティの高い焼鳥を提供する。
日本No.1とNo.2の焼鳥店がひとつになったと言っていいだろう。だが、これは「大きいほうが小さいほうを呑み込む」買収ではない。大吉は、エターナルホスピタリティグループ代表取締役社長の大倉忠司氏が、25歳で創業したときから意識し続け、「いつか抜いてやる」と誓ってきた相手だったからだ。
しかし買収後、大倉社長が社員にまず告げたのは、意外な一言だった。
「絶対に上から目線になってはいけない。私たちは対等だよ」
大倉氏はなぜ業界最大のライバルを買い、こんなことを言ったのだろうか。話は45年ほど前にさかのぼる。
■20歳の大倉社長が通い詰めた店とは
終電で降りた深夜の街は、どの店も灯りを落としている。そのなかで一軒だけ、赤い看板に光がともり、炭火の煙と香ばしい匂いを路地に流している店があった。やきとり大吉だ。ホテルのレストランでの仕事を終えた20歳の大倉氏が、唯一立ち寄れる店だった。焼鳥そのものもおいしかったが、惹かれたのは店主である。
一回り年上の店主と妻が、掛け合い漫才のように客を沸かせていた。
「店主のキャラクターもトークも非常に楽しかった。その方と話したい、お酒も飲みたいという気持ちがありまして」
その後店主は大吉から独立し、個人で「焼鳥道場」を開店。その店にも通っていたところ、あるとき学生アルバイトの人手が足りず、休日に店の手伝いを頼まれた。そこからときどき店を手伝い、「大倉くん仕事ができるな。うちに来ないか」と誘われるようになる。いずれはイタリアンのシェフにと考えていた大倉氏は断ったが、半年間誘われ続けるなかで、心が動いた出来事があった。
※2026年6月末時点
■「焼鳥屋が好きで入ったわけじゃない」
「俺はチェーン展開がしたいんだ。お前が一緒にやってくれたら、大チェーンを作れる気がするんだ」
日々料理を作りながら漠然と、なにか大きなことがしたい、社会にインパクトを与えることがしたいという気持ちが芽生えてきていた。くすぶっていた思いに、店主の夢が火をつけた瞬間だった。
「焼鳥屋が好きで入ったわけじゃない。その方の夢、その方についていけば、私もなにか大きなことができそうな気がしたんです」
こうして大倉氏は1982年、22歳で焼鳥の世界へ飛び込んだ。
毎日、昼の12時から、最後の客が午前2時ごろ帰ったあとも、師匠が酒を飲むのに付き合って朝6時ごろまで。その期間に師匠の店は1店舗から7店舗へと増え、調理、経営、新規出店のいろは、ときには賃貸借契約の同行まで、徹底的に叩き込まれた。
■家賃4万3000円、「大吉とは違う店」を作る
修行をはじめて3年が経ったころ、だんだん、師匠との考えにズレが生じてきたという。働きながら、学んでいたからだ。パナソニック松下幸之助氏、京セラの稲盛和夫氏、ダイエーの中内㓛氏など名だたる経営者や企業の本を読み、セミナーを受講しにいっていた。
「学ぶうちにやっぱり、自分なりの考えが生まれてきますよね。会社はこうあるべき、経営者はこういう考えでやるべきだとか。それが師匠の考えとだんだんずれて、『あれ?』と首を傾げることが増えていったんです」
悩んだ末、25歳で独立。乗降客数の多い駅を狙ったが、契約したのは偶然見つけた地元・近鉄俊徳道駅前の貸店舗。乗降客は少ないが、約9坪27席で家賃は相場の3分の1にあたる4万3000円。安さの理由は、家主が不動産を本業としない実直な町工場経営者だったためだ。
9坪の小さな店。
しかし、見ていた景色はまるで違った。目指したのは、ただの焼鳥店ではない。大チェーンだ。ならば自分だけでなく、「働くみんなの会社」だと思ってもらわないといけない……と考えた。
■「全メニュー均一価格」が生まれた背景
「社長一人が地位も利益も独占する『大倉商店』では、社員はおもしろくないし、共に全国チェーンなんて目指せないなと。だから報酬にできるだけ差をつけず、みんなも一緒に利益をとってもらうと、そんな考えでした」
翌年には法人化し、3店舗目では当時の飲食店に珍しい社会保険や厚生年金を導入。価格は、自身が通った「全品230円均一」の炉端焼き屋と、「客単価を下げればその分市場は大きくなる」というダイエー中内㓛氏のチェーンストア理論から、150円・250円・350円のスリープライスにした。自分が社長と店長を兼ね、自分の給与が不要だったから実現できた価格だ。この頃を大倉氏は「我慢の経営」と振り返る。
けれど食材の原価が負担になり、創業1年で「このままでは倒産してしまう」と全品250円均一へ。「居酒屋で安いと言ってもらえる価格の分岐点が250~300円」だとにらみ、その安い価格に合わせて集客を狙った。
■絶対に間違われない「黄色い看板」の真意
店はどう設計していったのか。
その根っこには、つねに大吉の存在があったという。
「やっぱり意識していましたね。大吉とは違う焼鳥をつくろう、差別化をしよう、からスタートしているんですよ」
その結果、焼鳥の串は大吉の2倍強の大きさに。客層も、それまでは中高年男性の世界だった焼鳥屋を、若者と女性が入って会話がしやすい店にしたいと考えた。そのため、カウンター席ではなく、テーブル席、ボックス席中心の店に変えた。
当時、関西では大吉の人気に火がつき店舗数が拡大し、通りには赤看板をマネた“大吉もどき”がひしめいていた。その洪水のなかで、「絶対に間違われたくない」と選んだ黄色い看板は、反旗を掲げるように際立った。
「大吉と同じ店を作っても、意味がない。新しい市場を開拓しようと思っていました。それを作るのは、いつの時代も若者です。だから20代を狙いました。大吉の客は40代以降が中心。
とにかく、大吉とは違う焼鳥店を――それが鳥貴族の原点でした」
■バブル崩壊が「追い風」になった
しかし、全く知名度がなく、均一価格で安売りをする鳥貴族の経営は伸び悩む。皮肉にも、そんな鳥貴族を押し上げたのは不況だった。1991年からはじまったバブル崩壊で格安物件が増えたのだ。保証金はそれまでの約5分の1、家賃は2分の1に下がった。「ようやくビジネスモデルが時代の経済条件とマッチした」と大倉社長。
そこから出店攻勢がはじまった。決定打となったのは、2003年に35店舗目としてオープンした店だ。場所は、ネオン輝く道頓堀。動くカニの看板で名高い「かに道楽」の隣のビルに、鳥貴族は初めて“空中階”の店を構えた。
集客は「ロケットスタート」だったそうだ。人通りが多く、また「飲食ビル」というロケーションも幸いした。そのころ最も勢いのあった「和民」も入っており、ビル自体の集客力もすさまじかったという。最初は他店に入れなかったお客さんが「おこぼれ」のように来ることもあった。
「今までローカルで苦労していたのに、本当に一気に成功したんですよね。1階の路面店では家賃と保証金が合わず諦めていた一等地にも、空中階なら出られるとわかりました。それでどんどん店を増やしていったんです」
鳥貴族はたちまち、都市の中心部へと広がっていった。大吉があるのは住宅街が中心だ。出店エリアも真逆となった。
■「大吉は今、サントリーのものですよ」
鳥貴族と大吉とに思わぬ接点が生まれたのは、2012年ごろのことだ。
鳥貴族は300店舗を突破し、2014年にはジャスダックへの上場を控えていた。一方の大吉は1000店を超えるピークは過ぎていたものの、663店舗と倍以上の規模だった。
知人の紹介で、当時大吉の社長だった牟田稔氏と食事をした大倉氏は、衝撃を受ける。
「『大吉は今、サントリーのものですよ』と聞いてね。まだ創業家が持っていると思っていたので、驚きました。その時から、どこかで将来一緒になれればいいなと頭に描いていました」
しかもサントリーは、鳥貴族にとってふだんから酒類を仕入れる取引先でもあった。焼鳥の経営が専門ではない親会社で、しかも付き合いのある相手――「これなら、いつか手放す日が来るかもしれない」。そう思えたことが大きかった。
会食はその後も定期的に行われ、2022年、ついにチャンスが訪れる。多くの店が休業を余儀なくされたコロナ禍を経て、サントリーとの買収交渉が始まったのだ。
当時鳥貴族の店舗は約600店舗で、大吉は約500店舗。
2012年に倍以上の差があった店舗数は、この10年で逆転していた。「いつか抜いてやる」と、かつて見上げていた背中に、鳥貴族はいつのまにか追いつき、追い越していたのだ。だが、このとき大倉氏の心にあったのは、もう勝ち負けではなかった。
合併すれば1000軒以上だ。鳥貴族、大吉ともに、セントラルキッチンを持たず、自店で仕込みをしている。つまり、味とクオリティを含め、名実ともに日本一の焼鳥チェーンが誕生する。
■買収後、大倉社長が「最初に語ったこと」
そのスケールメリットやシナジーは、はかりしれない。2022年9月に両社は合意、2023年1月、大吉を経営するダイキチシステムは、正式にエターナルホスピタリティグループ(旧鳥貴族ホールディングス)に入った。
大倉社長は「細かな取り決めはあったが、お互い無茶な要求もせず、話はスムーズに進んだ」と振り返る。ただ、大吉の現場にとっては寝耳に水の話だったようだ。筆者は以前、ダイキチシステムの近藤隆社長を取材したことがある。その際、近藤氏は「知らされたのはグループ入りする1週間ほど前だった」と話していた。
また、「最寄り駅から降りて、自分の店に行くまでの間に鳥貴族の前を通る店主は多くいます。ですから、もちろん驚きや戸惑いはあったのではないでしょうか。それでも大吉の看板を持ち続けてくれたのは、『自分たちは、地元密着の生業だから』と納得してくれたからかもしれません」と店主をおもんぱかっていた。
一方、大倉社長は買収直後、ダイキチシステムの部長クラス以上のメンバーを集め、こう話したという。
「私自身が、師匠が大吉出身で、私の中でも大吉をずっとリスペクトしています。焼鳥市場を作ってくれた会社と一緒にやれることを本当にうれしく思っています」
そして、社内に向けて冒頭の説明をした。
「グループインしても、買った側だからと絶対上から目線になってはいけない。そういう会話もしたらダメですよと言いましたね。私たちは対等だよと」
■あえて「変えない」から価値が生まれる
大倉氏の言葉に、この買収の本質がある。
通常、同業種でのM&Aの目的は、さきほども述べた通り、シナジーでありスケールメリットである。すなわち、統合による効率化だ。仕入れを一本化し、システムを統一し、時間と価格のコストを下げていく。実際、鳥貴族は、繁華街の大型店を中心に規模を拡大することで、均一価格を実現する“効率化”により成長してきた。
ところが大吉は、その正反対の論理で回っている。店主が自ら地元で食材を仕入れ、焼台に立ち、客をもてなす「生業主義」だ。売上の管理は本部ではなく、各店が主導している。スーパーバイザー役を担うのは、酒を卸す地元の酒販店。また、ロイヤリティは30年以上ほぼ月3万3000円のまま。
これらの施策を考えると、ある一点に行き着く。店主を大切にしているのだ。焼鳥を売っているようでいて、本当の主役は店主の人柄だ、ということだろう。
だから本部も人件費をかけず、大吉約500店を、わずか10人で支えている。そして、「仕入業者は大吉の宝だ」というスローガンが、創業以来、全店の壁に貼られている。
つまり大吉の価値は、“効率化できないこと”このうえないのだ。
それをマニュアルに落とし込み、標準化しようとした瞬間、その魅力は手のひらの水のようにこぼれ落ち、大吉は大吉でなくなってしまう。
だが、スケールの論理で見れば、それら“非効率”はすべて、統合し標準化すべき対象に映るだろう。そして、効率化のうまみを誰より知るのは、効率を追求して勝ち上がってきた大倉氏自身だった。
■「仕入れ先は当面の間動かさない」約束のワケ
だからこそ大倉氏は、根幹に手をつけなかった。POSのような仕組みは旗艦店に入れても、人と人の関係には踏み込まない。サントリーとの取り決めで「仕入れ先は当面の間動かさない」と約束し、生業主義をそのまま温存した。
ダイキチシステムの近藤社長も、かつての取材でこう漏らしていた。「そこを一切遮断して、スケールメリットだけで進めるのが、果たしていいのか」。その慎重さは、店主一人ひとりへの誠実さでもあった。
今年でM&Aから3年が過ぎ、備品の共同購買など、スケールメリットを活かす取り組みが徐々に進んでいる。仕入れに関しては、FC店の店主に「鳥貴族の仕入れ先ならこの価格です」と提示して、比べて選んでもらう形をとるそうだ。
「店主さんにも付き合いがありますから、選ばないことも自由なんです。『多少高くても、これまでの仕入先がいい』という店主がいてもいい。こちらは情報をお伝えするだけ。そういう進め方ができればと思います」
■スケールメリットは「押しつけない」
スケールメリットは「享受してもらう」もので、「押しつける」ものではない。統合はいまも、デリケートな線引きの上をゆっくりと進んでいる。
この姿勢を受けて大吉の店主からは、「鳥貴族のみなさんに親切にしていただいて」という声も聞こえる。「思っていた以上にみなさんと一緒に気持ちよく働けていますし、働いてくれていると思います」と大倉社長は笑顔を浮かべた。
2024年7月にはオフィスも合併し、運営側の協業も進んでいる。鳥貴族のマーケティングデータを大吉に活用してもらったり、店舗開発のノウハウも共有している。
また、エターナルホスピタリティグループから独立する際には、従来の鳥貴族、コンパクトタイプの鳥貴族、大吉と、大きく3つの暖簾を選べるようになった。これを利用して、今2人が大吉で独立することが決まっているそうだ。さらに、大吉の経理担当部長が、鳥貴族を含めた、国内事業全体の経理を管理する部署へと異動している。財布を預けるのは、十二分な信頼の証だ。
大吉の経営の執行については近藤社長に一任しており、大倉氏は会長ではあるが、取締役会で業績の報告を受けるに留まっているという。
■結局、その買収は「儲かった」のか
そうなると、この一見“非効率”な買収は、報われたと言えるのだろうか。
結果は数字を見れば明白だ。2026年7月期の上期だけで、グループは売上253億円(前年比+14.5%)、営業利益16億円(同+22.5%)と大幅な増収増益を記録し、中間純利益にいたっては前年比約4割増。通期予想も上方修正した。
ただし、この成長を直接けん引したのは、鳥貴族の既存店の伸びや創業40周年フェア、そして海外出店である。大吉の買収が、即座に利益を生んだわけではない。大倉氏が手にしたのは、もっと長い時間軸の果実だ。ゼロから作れば数十年かかる約500店の店舗網、鳥貴族とは世代が異なる客層、長年焼台の前で腕を磨いた職人たちだ。
「ルーツである大吉と、こうして共創できる未来に来られた。何がそれを可能にしたと思いますか?」最後に、大倉社長に尋ねてみた。
「やっぱり、大吉とは違う市場を目指したことです。大吉は住宅街中心で、店舗数のわりに知名度やブランド力が弱い。逆に、中心地の空中階で勝負した鳥貴族は、そこで強くなれた。だからこそ、いまこうして一緒にやれているのだと思います」
■焼鳥を「世界の共通語」に
いま、巨大グループが掲げるビジョンは「Global YAKITORI Family」。すでに海外26店舗を展開する。カジュアルブランドの「鳥貴族」「大吉」から、ミシュラン星付き店と共同開発したプレミアム業態「松明」「mozu」まで幅が広がり、焼鳥という食文化ごと世界へ売り込む戦略が描けるようになった。大吉も、今年4月にベトナムにオープン。同国では、鳥貴族に現地の若者が集い、大吉では日系企業のオフィスワーカーが昭和歌謡を聴きながら郷愁に浸る。見事な棲み分けができている。
「大吉は私のルーツです。大吉がなければ焼鳥屋に進んでいません。大阪に焼鳥の市場を広げてくれたという意味でも、大きな存在だと思います」
40年前、終電後の大吉に通った青年は、「大吉とは違う焼鳥をつくろう。差別化をしよう」と常に意識して、まったく違う焼鳥店を作り上げた。そして今、かつて雲の上に見たその店とともに、世界へ打って出ようとしている。師匠でありライバルは、最良のパートナーになった。

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笹間 聖子(ささま・せいこ)

フリーライター、編集者

おもなジャンルは「ホテル」「ビジネス」「発酵」「幼児教育」。編集プロダクション2社を経て2019年に独立。ホテル業界専門誌で17年執筆を続けており、ホテルと経営者の取材経験多数。編集者としては、発酵食品メーカーの会員誌を10年以上担当し、多彩な発酵食品を取材した経験を持つ。「東洋経済オンライン」「月刊ホテレス」「ダイヤモンド・チェーンストアオンライン」「FQ Kids」などで執筆中。大阪在住。

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(フリーライター、編集者 笹間 聖子)
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