象徴天皇制の根幹を揺さぶる改正皇室典範が、7月17日に成立した。男系継承維持を優先する余り、国民も皇族も望んではいない、関係者の誰も幸福を追求できない内容になっている。
皇統の危機をめぐる混乱は、改正典範が10月24日に施行されてからも続く。男女の別を問わず、皇族の結婚自体が難しくなった時代を迎え、悠仁さまに男子出産の精神的重圧がかかる結婚のお相手を見いだせるかという問題がある。男子出産のプレッシャーは、雅子皇后も経験されたが、今後も皇位を継ぐ男性(旧宮家からの養子皇族を含む)と結婚する女性たちにのしかかっていくのである。憲法が保障している自由と平等の精神・理念に照らしていかがなものだろうか。
改正皇室典範をめぐって重要度を増しているのが、象徴天皇制はどうあるべきかという議論だ。天皇や皇族の基本的人権をどう考えるのか。自己決定権が認められるならば、婚姻や非婚の自由、プライバシー権はどこまで貫けるのか。継承・就位の拒否はあり得るのか。国民にどこまで寄り添えばいいのか。例えば、先の大戦への反省、地震などの被災地訪問はどこまで期待されるのか――。
皇位継承問題は、象徴のあり方をめぐる議論の延長線上にあるはずだが、高市早苗政権は、典範改正に当たって、憲法を絡めた議論を深めずに、拙速に数の力で押し切ってしまった。
■「32親等隔たりの男系男子が養子に」
改正皇室典範は、女性皇族が結婚後も皇族の身分を保つこと、旧宮家の男系男子を養子として皇族に迎え、養子の子である男子は皇位継承資格を持つことを2本柱に据えている。
7月17日の参院本会議の採決では、投票総数241のうち、反対票が57(24%)に上った。立憲民主党や共産党、れいわ新選組などが反対した。7月10日の衆院本会議では共産党などが反対したにとどまった。「国会議員は、票にならないから、皇室に無関心なのが普通だろう」(衆院副議長経験者)。
2017年の天皇陛下の退位特例法に自由党(当時)を除くすべての与野党が賛成したのと比べると、今回は合意形成への努力が足りなかったことも意味する。
何しろ改正典範の質疑は衆参合わせてわずか6時間15分だった。参考人質疑も、学識経験者を呼んでの公聴会も開かれなかった。
質疑でも、自民党の小林鷹之政調会長が7月10日の衆院議院運営委員会で「皇位の男系継承は2600年以上、先人が守り抜いてきた皇統、皇室の伝統だ」と神話と史実を混同するなど、空疎な議論が続いた。
高市首相も皇室の歴史に疎い。7月17日の参院予算委で、立憲民主党の蓮舫氏が旧宮家と今の天皇陛下に36~38親等もの隔たりがあると指摘し、「そんな遠い一般人を養子にするなら、一親等の直系長子である愛子さまへの皇位継承を認めるべきだ」と迫ったところ、「122代明治天皇の御代に天皇と32親等の隔たりのある皇族たる男系男子が養子になられた例がある」とドヤ顔で答弁したのだ。
今回の改正典範と前提が異なる皇室内の養子縁組のうえ、11年後に縁組を解消した例と養子となった当日に死亡したケースだった、と7月23日の朝日新聞が伝えている。これらは1889年の旧皇室典範で養子が禁止される以前の、制度が安定していなかった過渡期の特殊事例に過ぎない。
■「天皇家や皇族の意向は知らされない」
旧宮家からの養子縁組案についての議論は生煮えのままだった。7月15日の参院皇室典範特別委員会で、国民民主党の川合孝典氏が「旧宮家の男系男子が皇籍を取得する際の要件や人選の透明性をどのように確保していくのか、ほとんど議論されていない。国民の理解や納得を得るための手続きをどのように検討しているのか」と質した。
これに対し、木原稔官房長官は「養子縁組は、当事者の自由な意思が尊重されなければならない。養親、養子の相互の自由な意思に基づき、養子縁組が成立するように宮内庁で適切に取り組む」と語るにとどめた。このような薄っぺらい答弁で、皇位継承ルールに人間の「意思」を介在させてはならないとして明治の先人たちが回避してきた養子制度の導入を強行したのである。
さらに不可解なのは、天皇家の「家族法」改正なのに、こうした審議の間、天皇陛下や皇族ら当事者の意見を聞かなかったことだ。立民党の福山哲郎参院副議長がその後の共同通信のインタビューで「天皇家や皇族のご意向を何も知らされない中、皇室典範を改正するという非常に難しい議論だった」(8月18日配信)と振り返っている。
この対応は、後日、皇室との関わりが深い元首相や有識者らの痛烈な批判を招く。
■「象徴天皇制の根幹を傷つけた」
改正皇室典範が成立した翌7月18日の全国紙社説は、産経新聞のみが「皇統を守る成立を歓迎する/静謐な環境で養子縁組実現を」と賛意を示す。
押さえておきたいのは、読売などは、蓮舫氏やSNS空間の「愛子天皇(待望)論」とは一線を画し、現実的な危機管理論を展開していることだ。
秋篠宮さま、悠仁さまへの皇位継承を尊重しつつ、その次の世代に男系男子が途絶えるリスクに対し、女性・女系という選択肢を封印してしまった高市政権の戦略性の欠如や危うさを指摘しているのである。
7月の読売新聞世論調査(24~26日)では、皇室典範再改正による女性天皇の容認に「賛成」が85%に達し、「反対」は8%に過ぎなかった。高市内閣の支持率は57%と、6月調査から12ポイントも下落し、発足して初めて5割台となった。物価高対策が不十分だったこともあるが、改正皇室典範が大きな要素となったのは否めない。
ちなみに、8月の読売調査(21~23日)では、内閣支持率は56%と横ばいながら、発足以来最低を更新した。
■「議論を再開する考えは毛頭ない」
高市首相は、7月27日の衆院予算委(閉会中審査)で、中道改革連合の階猛幹事長から「改正皇室典範の付帯決議に基づき、安定的な皇位継承策を検討し続けるための有識者会議を直ちに新設すべきだ」と求められ、「議論を再開する考えは毛頭ない」「次代以降の皇位継承のあり方については、悠仁殿下のご年齢やご結婚をめぐる状況を踏まえたうえで議論を深めていくべきだ」と一蹴した。
強気の裏では、議論が再開すれば、悠仁さまの次世代において男系男子の養子案が持続可能なシステムとして機能するのか、という疑義に直面することを恐れているのだろう。
この点は、所功京都産業大名誉教授が8月10日のAERA DIGITALに、男系男子の養子案について「養子皇族から男子が生まれ続けなければ意味がないという理屈になる。普通に考えれば、想像を絶するほどの精神的な負担となるはずだ。養子の男性も結婚のお相手の女性も、よほど腹の据わった人物でないと務まらないだろう」と語っている通りだ。
悠仁さまの結婚のお相手、養子皇族、その結婚相手ら関係者らの心理的ハードルを少しでも下げておくという発想になぜ至らないのか、不思議である。
■「反天皇的、反国民的、反憲法的だ」
皇室と親交がある近現代史研究家の保阪正康氏は、高市政権に厳しい。8月7日配信のサンデー毎日×週刊エコノミストオンラインで、「改正皇室典範は、反天皇的、反国民的、反憲法的だ」と指摘したのである。
保坂氏は「私はこれを一時的な権勢に驕る政治権力の横暴であると考える。そもそも当事者である天皇と天皇家の意見を聞かず、旧宮家の意見も聞いていない。さらに憲法が、天皇の地位は『主権の存する日本国民の総意に基づく』と定める、その国民の意見も聞かないままに、高市政権と、その周囲に存在すると思われる男系男子による皇位継承に固執する勢力が強行した暴挙である」と説く。
細川護熙元首相も8月10日発売の月刊文藝春秋に寄稿し、天皇を「象徴天皇制の最大の擁護者で、かつ実践者である」と評したうえで、皇位継承問題について、こう記した。
「現代国家との共生も考えず、女性差別の甚だしいやり方で、三十何親等も離れた赤の他人に皇位を移して、『男系継承は守られた』と言ったところで、国民が喜ぶわけでも、世界が称賛するわけでもない。『日本はいつまで時代遅れのことをやっているのか』と言われるのが落ちだろう」
細川氏は、昭和天皇に仕えた近衛文麿を祖父に、高松宮宣仁親王の御用掛を務めた細川護貞を父に持つが、「高市氏の皇室に対する態度は信じがたい」とも言う。
政府主催の4月29日の昭和100年記念式典での振る舞いが一例だ。天皇のお言葉がなく、天皇皇后両陛下の入場にあたって先導役を務めたのが木原稔官房長官だったことだ。1968年の明治100年式典では昭和天皇のお言葉を賜り、佐藤栄作首相が先導役だった。
細川氏は「記念式典はまるで昭和の音楽祭とも言われたが、高市氏がガッツポーズや合いの手を入れるなどノリノリな様子だったのは周知の通りだ。恐らく天皇陛下の前で、高市氏は今この場での最高権力者は自分だと思っていたのではないか。それは危険なことである」と警告を発している。
■「世の中って進歩していくことが大事」
改正皇室典範の成立後、皇族として初めて口を開いたのが、秋篠宮さまだった。パラグアイ訪問前の8月13日に記者会見に応じ、当事者の一人として「私自身いろいろと考えるところはありました」と切り出された。天皇陛下が6月の記者会見で「皇族数の確保の在り方についての議論も、国民の皆さんの理解が得られるものとなることを望んでいます」と発言されたことについて、秋篠宮さまは「もっともだ。その通りだと思っています」と賛同する考えを示された。
制度設計に当たって皇室の状況や意向をふまえた議論が行われていないのではないかと問われたのに対し、「私も生身の人間ですから、色々と思うところはもちろんあります」「やっぱり世の中って進歩していくことが大事」などと述べられた。女性皇族の役割について「皇族の役割に女性、男性の区別というのはない」とも語られた。
憲法上の制約がある中で、改正皇室典範に対し、「思うところがある」とし、「世の中は進歩が大事」「皇族の役割に女性、男性の区別はない」と述べられている。時代に合わせて象徴天皇制のあり方、皇族の役割も柔軟に変わるべきだとの思いが、もどかしさとともに伝わってくる。政治はこうしたメッセージにきちんと対応すべきではないのか。
■「憲法に抵触するのではないか」
そのタイミングで、自民党の石破茂前首相が13日のTBS-CS番組で、改正皇室典範について「さらなる改正が必要だ」と明言した。男系男子の養子縁組について「賛成ではないという方がものすごく多い。国民の総意がそこにあるとするなら、憲法に抵触するのではないか」と疑問を呈した。
26日のラジオ日本番組では「新しい皇室典範は今の憲法とあまり齟齬、違いがないようにしなければならないが、男女同権、職業選択の自由など基本的人権が、皇族、なかんずく陛下はものすごく制限をされている。なぜ許されるのか」と述べた。
石破氏は、天皇皇后両陛下のオランダ・ベルギー訪問(6月13日~26日)に随行し、陛下とも訪欧前後に会食したと伝えられ、その発言が注目されていた。だが、今の自民党内では、再改正の提案は戯れ言扱いだろう。
改正皇室典範を主導してきた麻生太郎副総裁は8月17日の産経新聞の検証記事に登場し、6月30日の日本維新の会の藤田文武共同代表との会談で、改正案提出に向け、「安倍(晋三元首相)が亡くなった以上、俺がやるしかない。何とか形にしたい」と説得したことが報じられた。麻生氏は7月23日の麻生派の会合で「ようやく、本当に典範改正を成し遂げることができた」と喜んでいたが、改めての「勝利宣言」なのだろう。
■「養親は誰か」「考えている。いる」
木原官房長官は8月17日の産経のインタビューで、皇族と旧宮家との養子縁組について「自由意志に基づき具体化しなければならず、これからが本番だ。結論が出てすべて整ってから発表することになる」の段取りを示した。
養親候補は、常陸宮さま・華子さま、三笠宮彬子さま、瑶子さま、寛仁親王妃家信子さま、高円宮妃久子さま、承子さまの7人だ。信子さまは麻生氏の妹、彬子さまと瑶子さまは姪に当たる。
麻生氏は、25年6月ごろから旧宮家養子案を前面に打ち出してきた。当時、周辺から「養親は誰を想定しているのか」と問われ、具体的には答えなかったが、「考えている。いる」と明言した。当てがあったのだろう。
三笠宮百合子さま(24年11月死去)が務めていた三笠宮家当主を彬子さまが継承し、確執が伝えられる信子さまが三笠宮寛仁親王妃家の当主として独立することになったのは、25年9月の皇室経済会議のことだった。
皇室に関わりのある閣僚経験者の一人はこう見る。「旧宮家から養子を迎える受け皿(養親)を増やす狙いもあったと思う。でも、『自由意志』を得た皇族方がどう出て来られるのか、そこは分からない」
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小田 尚(おだ・たかし)
政治ジャーナリスト
1951年新潟県生まれ。東大法学部卒。読売新聞東京本社政治部長、論説委員長、グループ本社取締役論説主幹などを経て、フリーに。2018~2023年国家公安委員会委員。
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(政治ジャーナリスト 小田 尚)

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