バルクに敏感な1H-NMR測定により、有機伝導体(d7-DMe-DCNQI)2Cuの抵抗スイッチング状態では、金属相と絶縁相が物質内部で共存していることを明らかにしました。
電気輸送測定とNMR測定を組み合わせることで、試料温度が金属-絶縁体転移温度近傍に保たれる「温度固定効果」と、電圧が電流に反比例する「逆オーム則」が現れることを見出しました。
これらの現象が、ジュール発熱と周囲への放熱の釣り合いのもとで、金属相と絶縁相の割合が自律的に調整される「熱的自己組織化」によって生じることを明らかにしました。
【研究の概要】
東京理科大学 先進工学部 物理工学科の伊藤 哲明教授、小内 貴祥助教、同大学大学院 先進工学研究科 物理工学専攻の石井 璃空氏(2024年度 修士課程修了)、物質・材料研究機構(NIMS) ナノアーキテクトニクス材料研究センターの大池 広志主任研究員、東京科学大学 理学院 物理学系の賀川 史敬教授(理化学研究所 創発物性科学研究センター(CEMS) 動的創発物性研究チーム チームディレクター)、理化学研究所 開拓研究所(PRI) Kim表面界面科学研究室の加藤 礼三研究員らの共同研究グループは、有機伝導体(d7-DMe-DCNQI)2Cuの抵抗スイッチング状態(*1)において、金属相と絶縁相が共存することをバルクに敏感な1H-NMR測定により明らかにしました。
相関電子系(*2)における揮発性抵抗スイッチング現象(*3)は、電流の印加により抵抗が大きく変化する現象で、基礎物理とデバイス応用の両面から注目されています。一方、その多くは基板上の無機薄膜で研究されてきたため、基板への放熱や、金属-絶縁体転移が幅広い温度範囲に広がることなどが絡み合い、ジュール熱が生み出す非線形な熱効果を切り分けて理解することは容易ではありませんでした。
本研究では、極めて急峻な一次金属-絶縁体転移(*4)を示し、周囲との熱結合が弱いバルク有機伝導体を用いました。電気輸送測定と1H-NMR測定を組み合わせることで、抵抗スイッチング状態における物質内部の電子状態を微視的に調べるとともに、その状態を支える熱的機構を検証しました。
その結果、抵抗スイッチング状態では金属相と絶縁相が共存することがNMRから示されました。さらに、周囲温度を下げても試料の大部分が金属-絶縁体転移温度付近に保たれる「温度固定効果(temperature locking)」と、通常のオームの法則(*5)とは逆に、電流を減らすとそれに反比例して電圧が上昇する「逆オーム則(inverse Ohm’s law)」が現れることを見出しました。これらの現象は、ジュール発熱と周囲への放熱の釣り合いを保つように金属相と絶縁相の割合が自律的に調整される「熱的自己組織化」によって生じることを明らかにしました。
本成果は、抵抗スイッチングを単なる一様な温度上昇としてではなく、相転移・熱流・電気伝導が互いに結合する「熱的自己組織化」を伴う非平衡定常状態(*6)として捉えることの重要性を示すものです。また、熱流や相共存を適切に制御することで、より小さなエネルギー散逸で動作する抵抗スイッチングへつながる可能性も示しています。
本研究成果は、2026年8月17日に国際学術誌「Physical Review Applied」にオンライン掲載されました。
[画像: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/102047/274/102047-274-7cd8271bc619255da064274515f39783-364x345.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図1 バルク結晶の1H-NMR測定の模式図。
【研究の背景】
相関電子系では、電子同士の強い相互作用によって金属相と絶縁相の間の相転移が生じることがあります。その相転移近傍で電場や電流を加えると、抵抗が大きく変化する「抵抗スイッチング」が現れます。こうした現象は、物性物理学の基礎問題であると同時に、メモリ素子やニューロモルフィック素子などへの応用可能性からも広く研究されています。
抵抗スイッチングには電流によるジュール発熱が重要な役割を果たします。しかし、従来広く研究されてきた無機薄膜では、基板への熱流が大きく、金属-絶縁体転移も比較的幅広い温度域にわたることが多いため、発熱・放熱と相転移がどのように結びついてスイッチング状態を形成するのかを明瞭に捉えることが難しいという問題がありました。
そこで本研究グループは、約79 Kで極めて急峻な一次金属-絶縁体転移を示す有機伝導体(d7-DMe-DCNQI)2Cuのバルク結晶を研究対象としました。バルク結晶であるため基板がなく、周囲との熱結合も弱いことから、ジュール発熱と相転移の結びつきを明瞭に捉えるのに適した系です。本研究では、この特徴を利用し、電気輸送測定と1H-NMR測定を組み合わせて抵抗スイッチング状態の性質を調べました。
【研究結果の詳細】
1. 電流印加下で現れる抵抗スイッチング状態
0.3 mAの低電流印加下では、約79 Kで金属相から絶縁相への急峻な抵抗変化が現れます。一方、2.0 mAを印加して冷却すると、この通常の金属-絶縁体転移を避けて中間的な抵抗値をもつ抵抗スイッチング状態が形成され、この状態は、試料周辺の環境温度を絶対零度(0 K)付近まで下げても維持されました。
また、この状態には強い履歴効果が見られます。いったん絶縁相へ転移した後は、電圧を大きく上げても単純には抵抗スイッチング状態へ戻らず、転移温度以上まで加熱して金属相に戻した後に再び電流を印加して冷却することで、抵抗スイッチング状態を再現できます。これは、電気的応答だけでなく熱履歴と相転移も状態形成に本質的であることを示しています。
2. 1H-NMRで見えた金属相・絶縁相の共存と「温度固定効果」
抵抗スイッチング状態の内部で何が起きているかを調べるため、1H-NMRの核磁気緩和を測定しました。通常の金属相と絶縁相では、それぞれの緩和曲線は単一の指数関数で記述されます。これに対して抵抗スイッチング状態では二つの緩和成分が現れ、その緩和時間はそれぞれ金属相と絶縁相の値に対応しました。この結果から、抵抗スイッチング状態が均一な新しい電子相ではなく、金属相と絶縁相が物質内部で共存する状態であることがわかりました。
さらにNMR信号強度を用いて試料温度を調べると、周囲温度が転移温度より低くなっても、抵抗スイッチング状態では試料の大部分が約79 Kの転移温度近傍に保たれていることがわかりました。本研究ではこの現象を「温度固定効果」と呼んでいます。これは、周囲を冷却してもジュール発熱が増えることで試料温度が転移温度付近に固定される、強い非線形熱応答です。
3.「逆オーム則」―電流を減らすと電圧が上がる―
一定の電流範囲で電圧Vが電流Iにほぼ反比例するV∝1/Iの関係が現れました。
この関係は、「温度固定効果」が生じている状態では自然に理解できます。試料温度がほぼ一定であれば、試料から周囲へ逃げる熱量もほぼ一定になります。定常状態では、それと釣り合うジュール発熱P = IVもほぼ一定でなければなりません。その結果、電流Iを増やすと電圧Vが下がり、逆に電流Iを減らすと電圧Vが上がる関係が現れます。
さらにNMRで観測された相共存と合わせると、この定常状態では、金属相と絶縁相の割合、すなわち電流を担う金属領域が、必要な発熱量を保つように自己調整されていると考えられます。周囲温度を下げると外部への熱流が増えるため、転移温度付近を維持するために必要なジュール発熱も増加します。本研究は、輸送測定と微視的なNMR観測を組み合わせることによって、この熱的な自己組織化と相共存の関係を明らかにしました。
本研究を主導した東京理科大学の伊藤教授は、「抵抗スイッチングはデバイス応用の観点から盛んに研究されていますが、その際に物質内部で実際に何が起きているのかは、必ずしもよくわかっていません。本研究では、NMRを使って抵抗スイッチング状態における物質内部の電子状態を直接調べ、金属相と絶縁相が共存していることを明らかにしました。さらに輸送測定と組み合わせることで、相共存が熱流と結びついて自己調整され、『温度固定効果』や電流と電圧が反比例する『逆オーム則』という一見直感に反する応答を生み出すことがわかりました。抵抗スイッチングを非線形な熱現象として微視的に理解するうえで、重要な手掛かりになると考えています」と、コメントしています。
- 本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科研費(22H01184, 19H01852, 18H05225)、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(CREST; MJCR23A1)の助成を受けて実施したものです。
【用語】
*1 抵抗スイッチング状態
電圧や電流などの外部刺激によって、物質の電気抵抗が急激かつ可逆的に変化する現象、またはその状態。抵抗の高い状態(絶縁状態)と低い状態(金属状態)を切り替えられることから、次世代の記憶素子やスイッチング素子への応用が期待されている。
*2 相関電子系
物質中の電子同士が強く影響を及ぼし合う(強く相関する)ことで、通常の金属や絶縁体とは異なる多様な物性を示す物質群。
*3 揮発性抵抗スイッチング現象
外部刺激を取り除くと、抵抗が変化前の状態に自然に戻ってしまう抵抗スイッチング現象。刺激を止めても状態が保持される「不揮発性」のスイッチングとは対照的な性質を有する。
*4 金属-絶縁体転移
温度や圧力などの条件変化に伴い、物質が金属相と絶縁相の間で不連続に切り替わる相転移現象。
*5 オームの法則
通常の物質では、電流と電圧は「正」比例の関係を示し、これはオームの法則(Ohm’s law)として広く受け入れられている。
*6 非平衡定常状態
熱や物質の出入りはあるものの、全体としては時間変化がなく安定している状態。
【論文情報】
[表1: https://prtimes.jp/data/corp/102047/table/274_1_199f7234dbed0638fb25fffb86c55bdd.jpg?v=202608311145 ]
【発表者】
[表2: https://prtimes.jp/data/corp/102047/table/274_2_4806c99fb6561eb6e6d006d6f4ffeb2d.jpg?v=202608311145 ]
【研究に関する問い合わせ先】
東京理科大学 先進工学部 物理工学科 教授
伊藤 哲明(いとう てつあき)
E-mail: tetsuaki.itou【@】rs.tus.ac.jp
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