同社が掲げる言葉は、
「白飯を、かきこめ。」
一見すると、力強く、食欲をそそる飲食店のキャッチコピーに見える。
しかし、その言葉の奥には、創業者である大塚龍之介さんの家族の物語がある。
祖父が生きるために始めた農業。
父が兼業で守り続けてきた農業。
そして、大塚さんが経営という形で未来へつなごうとしている農業。
ベジ家は、単なる野菜炒め専門店ではない。
農業と食卓をつなぎ、地域の飲食店としての価値を再定義しようとする挑戦でもある。
今回、株式会社sommet farm代表取締役の大塚龍之介さんに、ベジ家誕生の背景、農業への想い、そしてフランチャイズ展開に込めた考えを聞いた。
祖父は農家ではなく、トラック運転手だった
「私の祖父は、もともと農家ではありませんでした。トラック運転手でした」そう語る大塚さんの言葉は、静かだが重い。
祖父は個人事業主として働き、家族を養うために毎日ハンドルを握り続けていた。
しかし、歳を重ねるにつれて糖尿病を患い、視力が低下。やがて、仕事である運転を続けることが難しくなった。
「今のように個人事業主への社会保障が整っていた時代ではありません。
そんな祖父が選んだのが、農業だった。
いちご栽培である。
「決して華やかな理由ではありませんでした。生きていくため。家族を守るため。老後の生活を支えるためでした」
朝早くから畑へ向かい、土に触れ、作物と向き合う。
祖父は多くを語る人ではなかったという。
それでも、大塚さんはその背中から多くのものを受け取った。
「働くことの意味、続けることの大切さ、生きるために汗を流すことの尊さ。そういうものを、言葉ではなく背中で教えてもらった気がします」
祖父の死をきっかけに、大塚さんは農業というものを強く意識するようになった。
父は祖父の背中を見て、農業を覚えた
大塚さんの父も、専業農家ではない。会社員として働きながら農業を続ける、いわゆる兼業農家だ。
祖父が衰えてきた頃、いちご栽培はやめ、家では米作りへと移っていった。
父は、祖父の背中を見ながら、見よう見まねで農業を覚えていったという。
「専門的な教育を受けたわけではありません。誰かに体系立てて教わったわけでもない。仕事が終われば畑に行き、休日になれば田んぼに出る。平日は会社員、週末は農家。そんな生活を何年も続けてきました」
子どもの頃の大塚さんにとって、それは当たり前の景色だった。
しかし、経営者となった今、父が続けてきたことの凄さを改めて感じている。
「農業は本当に大変です。天候に左右される。資材価格は上がる。収穫量は安定しない。
大塚さんにとって農業は、遠い世界の話ではない。
家族の暮らしの中にあり、幼い頃から目の前にあった現実だった。
農業ではなく、経営の道へ
農業のある家庭で育ちながら、大塚さん自身は農家にはならなかった。社会に出て選んだのは、営業の仕事だった。
「営業は好きでした。努力した分だけ結果が出る。数字で評価される。その世界に面白さを感じていました」
やがて独立し、経営者となった。
カフェ事業、フランチャイズ事業、飲食事業。
さまざまな事業に挑戦しながら、会社を成長させてきた。
一方で、事業を広げるほどに、心のどこかには常に農業があったという。
祖父の姿。
父の姿。
そして、年々厳しさを増していく農業の現実。
「ずっと考えていました。農業はこのまま続いていくのだろうか、と」
「良いものを作る」だけでは、農業は続かない
大塚さんは、経営者になったからこそ見えた農業の課題があると話す。「農業には努力も技術も必要です。でも、それだけでは続かない。どれだけ良い作物を作っても、利益が出なければ続けられない。どれだけ想いがあっても、次の世代へ受け継げなければ消えてしまうんです」
農業を守るためには、農業だけを見ていては足りない。
販売。ブランド。マーケティング。流通。
そして、利益を生み出す仕組み。
「農業を産業として成立させなければ、未来へ残すことはできない。そう考えるようになりました」
その考えが、やがて野菜炒め専門店ベジ家の構想へとつながっていく。
野菜炒め専門店ベジ家は、ひとつの答えだった
2024年、大塚さんは宇都宮市で野菜炒め専門店「ベジ家」をオープンした。
当時、周囲からの反応は決して前向きなものばかりではなかった。
「野菜炒め専門店なんて聞いたことがない」
「ラーメンの方がいい」
「絶対に難しい」
そう言われることも多かったという。
それでも大塚さんは挑戦した。
なぜなら、届けたかったのは単なる野菜炒めではなかったからだ。
「私が本当に届けたかったのは、野菜炒めという料理そのものではありません。白飯をかきこむ幸せなんです」
ベジ家の象徴的なキャッチコピーである、
「白飯を、かきこめ。」
この言葉には、ただ満腹になってほしいという意味だけではない。
仕事帰りの職人。
営業マン。
学生。
家族連れ。
そして、祖父と同じような年代の人たち。
店内で夢中になって白飯を食べるお客様の姿を見るたびに、大塚さんは胸が熱くなるという。
「食べることは、生きることなんだと思います。そして、その食卓を支えているのは農業です。私たちは野菜炒めを売っているのではなく、その先にある食卓の時間を届けているのだと思っています」
ベジ家が支持される理由
ベジ家の魅力は、明快だ。
熱々の中華鍋で炒めた野菜。
白飯が進む濃いめの味付け。
腹いっぱい食べられるボリューム。
そして、誰にでも伝わるわかりやすさ。
「野菜炒め」という日常的な料理を、専門店として再定義した点に、ベジ家の強さがある。
ラーメンでも、唐揚げでも、カレーでもない。
しかし、日本人の食卓に昔からある「野菜炒め」を、G系のジャンク感を乗せ外食として成立させた。
そこには、奇抜さだけではない事業性がある。
野菜を使うため農業との親和性が高い。
ご飯との相性が強く、食事満足度が高い。
調理工程を標準化しやすく、フランチャイズ化しやすい。
老若男女に伝わりやすく、地方でも都市部でも展開しやすい。
ベジ家は、単なる思いつきの業態ではない。
大塚さんが見てきた農業の課題と、経営者として培ってきた事業構築力が重なって生まれた業態だ。
今も父の農業を手伝っている
大塚さんは今でも、父の農業を手伝っている。
田植えもする。
稲刈りもする。
しかし、自分のことを農家だとは言わない。
「私はまだ、手伝っているだけです。本当に農業を継いでいるのは父です」
だからこそ、大塚さんには強い危機感がある。
このままでは、次の世代に同じ苦労を背負わせてしまうのではないか。
農業が、好きだから続けるもの、家族だから守るもの、というだけでは限界があるのではないか。
「農業は、続けられる産業でなければならないと思っています。その仕組みを作ることこそが、自分の役割ではないかと感じています」
飲食店を増やしたいわけではない
2026年8月1日には株式会社ベジヤフーズを新たに創業し、本格的にフランチャイズ展開を進めるという。しかし、大塚さんは「飲食店を増やしたいだけではない」と話す。
「フランチャイズ本部を大きくしたいだけではありません。私が本当にやりたいのは、企業の力で農業を未来へ残すことです」
祖父が老後のために始めた農業。
父が兼業で守り続けてきた農業。
そして、大塚さんが経営という形で挑戦する農業。
形は違っても、目指すものは同じだ。
未来へつなぐこと。
その手段として、ベジ家がある。
「ベジ家が全国に広がれば、野菜を使う飲食店が増える。地域の食材や農業との接点も増える。食べる人が増えれば、生産者とのつながりも生まれる。飲食店として利益を出しながら、農業を支える仕組みにしていきたいんです」
加盟店ではなく、同じ物語をつくる仲間を増やしたい
しかし、ベジ家が目指しているのは、それだけではない。
大塚さんは、加盟店を単なる店舗数として見ていない。
「加盟店を増やしたいというより、同じ想いを持つ仲間を増やしたいんです」
農業を未来へ残したい。
地域を元気にしたい。
食卓の幸せを守りたい。
そして、自分の地域で強い飲食店をつくりたい。
そう考える人と一緒に、ベジ家を広げていきたいという。
「野菜炒めという業態は、まだまだ可能性があります。誰もが知っている料理なのに、専門店としてはまだ市場が大きく空いている。だからこそ、今挑戦する価値があると思っています」
「白飯を、かきこめ。」の先にある未来
ベジ家は、単なる飲食店ではない。祖父の人生から始まった農業への意識。
父が守り続けてきた田んぼ。
大塚さんが歩んできた営業と経営の道。
そして、地域の食卓を支える飲食店としての挑戦。
そのすべてが重なり、ベジ家というブランドになっている。
「この物語は、まだ始まったばかりです」
大塚さんはそう語る。
野菜炒め専門店ベジ家は、農業と食卓をつなぐ挑戦だ。
そして、その挑戦を全国へ広げるために、フランチャイズ展開を進めている。
「白飯を、かきこめ。」
その一杯の向こうに、日本の農業の未来がある。
ベジ家は今、その未来をともにつくる仲間を求めている。
ベジ家フランチャイズに込めた想い
ベジ家が求めているのは、単に飲食店を始めたい人ではない。地域に根づく店をつくりたい人。
食を通じて人を元気にしたい人。
農業や地域産業の未来に関心がある人。
そして、まだ世の中に大きく広がっていない業態に挑戦したい人。
野菜炒め専門店という新しい市場を、共につくっていく仲間だ。
ベジ家は、飲食業でありながら、農業と地域をつなぐブランドでもある。
「白飯を、かきこめ。」という一杯の食事体験を通じて、地域の食卓に活力を届ける。
その挑戦は、これから全国へ広がっていく。