Gakkenが生み出す、数々の個性的で魅力的な商品・サービス。その背景にあるのはクリエイターたちの情熱です。
今回は、昨今のせいろブームの火付け役を果たした、累計32万部突破の『すべてを蒸したい せいろレシピ』をはじめ、日々の暮らしに寄り添う料理書を手がけてきた編集者、田村貴子に取材。
せいろを中心に、キッチンアイテム「アイラップ」や冷凍ストック、麻辣湯といったテーマを通して、暮らしの中の「これならできそう」を企画に変える視点について伺いました。
せいろは、昔からある暮らしの道具だ。けれど、見せ方や使い方が少し変わるだけで、「なんだか素敵」「自分にもできそう」「毎日の料理が少しラクになるかも」と感じられるものになる。身近なものの中に、まだ気づかれていない魅力が眠っていることは案外多いのかもしれない。
今回取材したのは、『すべてを蒸したい せいろレシピ』など、暮らしに寄り添う実用書を手がけてきた編集者・田村だ。せいろを毎日使える生活の道具と見せた一冊は、どのように生まれたのか。さらに、新刊『アイラップで簡単レシピ 冷凍ストック編』(6/25発売)や、『おうちで麻辣湯レシピ』(7/9発売)といった新たなテーマには、どんな時代の気分を見ているのか。
「これならできそう」「試してみたい」と思わせる企画は、どのように生まれるのか。その舞台裏を聞いた。
◆せいろを「特別な道具」から「毎日の道具」へ
暮らしの変化をとらえたアンテナ
せいろは蒸し料理をおいしく仕上げてくれる一方で、どこか料理上級者向けで、普段は戸棚にしまわれ、特別なときに出してくるもの。
田村も、最初から「せいろの本を作ろう」と考えていたわけではなかった。
「Gakkenにも、せいろの本はすでにあったんです。せいろってすごくテーマが狭いので、最初は、せいろの本ってそんなに何冊もいるかなと正直思いました」
それでも、企画へと動き出したのは、田村が日頃から暮らしの中の小さな変化に目を向けていたからだ。
田村たちのチームでは、インフルエンサーの投稿やSNSで話題になっているものを、日頃から見ているという。何がバズっているのかを追うだけではなく、暮らしの中で、どんな工夫が広がり、どんな投稿に人が反応しているのか。そうした情報を見ている中で、目にとまったのが、Instagramでせいろレシピの投稿をしていた「りよ子」さんだった。
りよ子さんのInstagramに並んでいたのは、これまでのせいろ本に載っているレシピとは少し違う料理だった。従来のせいろ料理で思い浮かぶ本格的な点心や蒸し料理とは違い、身近な食材を気軽に蒸して、そのまま食卓に出せるような、日常に近いせいろの使い方だ。
「りよ子さんはプロの料理家ではなく、むしろ、あまり料理が得意ではない、一般的な20代の会社員女性でした。そういう人が、普段の忙しい生活の中で『こんなの蒸してみたよ』って投稿しているのが、等身大でイマドキな感じがして面白いなと思ったんです」
りよ子さん自身がせいろを手に取った理由も、少し意外なものだった。引っ越しを機に、キッチンをウッディーでナチュラルな雰囲気にしたいと思い、「これがキッチンに置いてあったら素敵じゃない?」と、見た目から入ったのだという。
ところが、実際に使ってみると、せいろは見た目のよさだけでは終わらなかった。残業続きの忙しい毎日の中で、せいろが一つあるだけで、野菜も肉も卵も、ちゃんとした食事になる。ヘルシーで、手軽で、そのまま食卓に出しても絵になる。その気づきが、日々の投稿へとつながっていった。
田村が惹かれたのは、まさにその無理のない距離感だった。せいろの魅力を、特別な料理道具としてではなく、忙しい毎日の中で使える道具として見せること。そこに、この本ならではの入り口があった。
ただし、一冊の本にするうえで大事だったのは、頑張りすぎないことだった。
りよ子さんは当初、本を出すのであれば「誰も見たことがない、びっくりするようなレシピ」を考えたいと話していたという。しかし田村は、Instagramで支持されていた素朴さこそ大切にしたいと考えた。
「インスタでは、ただ野菜や肉を蒸しただけという、そういうのが受けていたので。打ち合わせのたびに『こういうのでいいんだよ』と言っていた記憶があります」
読者が家で無理なく試せること。
それこそが、この本で大切にしたい軸だった。
◆❝詰めて蒸すだけ❞を入り口に
せいろを身近に感じてもらうためのページ構成
その考え方は、紙面づくりにも表れている。
巻頭では、ファッション誌の「着回し1週間」のように、せいろを日々の暮らしの中で活用するイメージを見せた。月曜日は家にあるものを詰めるだけ。火曜日は夜遅くなっても野菜をたっぷり食べられるもの。水曜日は在宅のお昼に麺を蒸す。レシピだけを並べるのではなく、「こんな日に、こんなふうに使える」という生活のシーンごと提案した。
さらに、パンや冷凍うどん、缶詰のように、「レシピ」と呼ぶにはあまりに簡単なものにも、あえてページを割いた。
「レシピにするほどでもないから入れなくていいんじゃないか、という話もあったんです。でも、あえて1ページずつちゃんとページを取って、前半の方に入れました。せいろは身近なもので、毎日使える生活の道具だと伝わるようにしたかったんです」
ただ切って、詰めて、蒸すだけ。
それでも、湯気の立つせいろが食卓にあるだけで、食事は少し楽しくなる。忙しい日でも、野菜を食べられた、ちゃんとご飯を用意できた、と思える。
『すべてを蒸したい せいろレシピ』が広げたのは、せいろ料理のレパートリーだけではない。特別な日に出す道具だと思われていたせいろを、今日の食卓に置けるものへと近づけた。その見せ方こそが、この本の出発点だった。
◆ヒットの兆しは、暮らしの中にある
「同時多発的に目にするもの」をどう企画に変えるのか
『すべてを蒸したい せいろレシピ』が発売されたのは、2024年9月。企画が動き出したのは、そのおよそ1年前だったという。
当時、せいろはまだ大きなブームになっていたわけではなかった。ただ、田村の中には、すでに「潜在的な需要がある」という感覚があった。
「企画の時点では、せいろだけを発信するアカウントは、りよ子さんしかいなかったと思います。ただ、以前にGakkenから出したせいろの本が長く売れていたこともあって、せいろ自体の潜在的な需要はあるんだなと思っていました」
さらに制作を進める中で、その感覚は少しずつ確信に変わっていった。発売時期が近づくにつれ、大手の雑貨セレクトショップやECサイトから続々と手に取りやすい価格のせいろが出るという情報が入ってきたのだ。
たまたまひとつの商品が売れている、というだけではない。いろいろな場所で、同じ方向を向いた動きが起きている。田村は、そうした空気の重なりを見ていた。
SNSやメディアなど、せいろにまつわる投稿や紹介をあちこちで目にするようになっていったという。
「普段はせいろと関係のない場面でも、せいろの話を聞くことが増えたので、これからもっと大きなブームになりそうだなと感じました」
ただし、目にする回数が増えたからといって、すぐに料理本の企画につながるわけではない。一過性の流行で終わるものと、暮らしの中に根づいていくもの。その違いを、判断する必要があるのだと田村は語る。
「自分で続けられるかどうかで判断しています。それと、読者の困ったことをうまく解決できているかどうか」
せいろなら、忙しい日でも野菜や肉を蒸すだけで食事になる。ヘルシーで、手軽で、食卓にそのまま出しても見栄えがする。そこには、見た目の楽しさだけでなく、日々の食事を少しラクにしてくれる実用性があった。
流行を追いかけるだけでは、実用書にはならない。
大事なのは、その奥にある「なぜ今、人がそれを求めているのか」を見ることだ。
せいろはまったく新しい道具ではない。けれど、今の暮らしに合う使い方を示すことで、「これなら自分にも続けられそう」と思えるものになる。
ヒットの兆しは、遠くにある特別な情報ではなく、日々の暮らしの中にある。田村は、その小さな動きを見逃さず、一冊の企画へと育てている。
◆次のヒットの種は日々の食卓にある
冷凍ストックと麻辣湯に見る、田村の着眼点
田村が次に目を向けているのも、日々の食卓にある小さな変化だ。
SNSなどで目にする機会が増えている「冷凍ストック」や、外食メニューとして人気が広がる麻辣湯も、家で気軽に試せる形にすることで、料理書のテーマになっていく。
6月発売の『アイラップで簡単レシピ 冷凍ストック編』は、『アイラップで簡単レシピ』シリーズの第3弾にあたる一冊だ。ここ数年、SNS上でも広がっている「冷凍ストック」に着目し、キッチンアイテム「アイラップ」を使った冷凍保存やレシピを紹介している。
アイラップは、湯せん調理や防災のイメージが強い人も多いかもしれない。しかし、実は冷凍保存にも相性がいい。食材を無駄にせず、使いたい分だけ取り出せる手軽さは、忙しい日々の食事づくりにも役立つ。
「ネギの小口切りなどが、冷凍してもカチカチに固まらないんですよ。ピザ用チーズやひき肉も、一般的なフリーザーバッグだと、袋の中で固まりがちなんですが、不思議とアイラップならパラパラのままなんです」
食材別の冷凍方法に加え、肉や野菜、調味料をアイラップに入れて冷凍しておき、食べるときに凍ったまま湯せんすれば料理が完成するレシピも掲載。毎日の食事を無理なく回すための一冊になっている。
7月発売の『おうちで麻辣湯レシピ』も、田村が次に注目したテーマの一つだ。
専門店の人気などを背景に、麻辣湯は近年、少しずつ注目を集めている。外で食べるイメージの強いメニューを、家でも楽しめる形にしたのがこの一冊だ。
本書では、ベースのスープやスパイスを好みに合わせて調整できるようにし、薬膳の要素も取り入れた。鶏ガラスープの素や白だしなどを使えば手軽に作ることができ、トッピング具材も家にあるもの3~4つの組み合わせで楽しめるという。
「本当に簡単で、だいたい3ステップでできます。私自身もすごくはまっていて、家で一人のときは最近ずっとこれ。全然飽きないんですよ」
冷凍ストックは、日々の食事づくりを無理なく回すための知恵。麻辣湯は、外で人気の味を自分好みに家で楽しむ提案。どちらにも共通しているのは、「これならやってみたい」と思えるところまで、暮らしに近づけることだ。
田村は、時短や保存、流行の味を、ただ情報として並べるのではなく、読者が明日から試せる形へと整えていく。そこに、料理書づくりの面白さがある。
◆料理本は、人の毎日に役立つ本
暮らしの根っこに届く実用書づくり
せいろ蒸し、アイラップを使った冷凍ストック、麻辣湯。どれも食や暮らしにまつわるものだ。
「『食』って、生きるために必要不可欠じゃないですか。そういう、人間の根幹に関わるところの本なので、いくらやっても飽きないというか、やりがいは感じますね」
料理本が届けるものは、単なるレシピだけではない。
忙しい日の食事づくりを少しラクにすること。いつもの食卓を少し楽しくすること。体調や年齢、家族構成、暮らし方に合わせて、その人に必要なヒントを渡すこと。
その視点は、田村がヒットの兆しを見極めるときの判断軸にもつながっている。
本がヒットするには、話題性やタイミングも欠かせない。けれど田村が見ているのは、その先にある日々の実感だ。
この道具なら続けられるか。
このレシピなら今日作ってみたいと思えるか。
この一冊が、読者の困りごとを少しでも軽くできるか。
暮らしの中の小さな動きに目を向け、著者のアイデアを受け止め、読者が手に取りやすい形へと整えていく。その積み重ねが、結果としてヒットにつながっていく。
せいろの湯気、冷凍ストックの安心感、麻辣湯を自分好みに作る楽しさ。どれも特別な日のためだけではなく、今日の食卓を少しラクに、少し楽しくするためのものだ。
料理本は、人の毎日に役立つ本である。
その手応えが、田村の企画づくりを支えている。