近年では、脂肪の消費や腹部脂肪の低減、中高年の歩行能力の維持などを訴求する機能性表示食品の機能性関与成分として広く活用されるようになりました。
しかし二十数年前、日本ではブラックジンジャーはほとんど知られておらず、食品として利用できるかどうかさえ明確ではありませんでした。そんな未知の素材に可能性を見出し、日本での活用への道を切り拓いたのが丸善製薬です。
今回は、丸善製薬の製品である「ブラックジンジャー抽出物」の開発担当者や購買担当者のインタビューを通じて、その挑戦の軌跡を振り返ります。
左から研究員 阿波、研究開発本部長 桒原、購買部員 高橋
「これは何だろう?」すべては一冊の機内誌から始まった
桒原 浩誠:取締役 研究開発本部 本部長
― ブラックジンジャーを初めて知ったのはいつ頃ですか?
桒原:2000年代初頭に当時の執行役員営業本部長が、海外出張の際に搭乗した国際線で手にした一冊の機内誌。そこで紹介されていた植物が、ブラックジンジャーだったと聞いています。
当時の日本ではほとんど知られていない素材でしたが、「面白い植物があるが知っているか?」と研究開発部門に照会がありました。それが、私たちとブラックジンジャーとの最初の接点です。
国際線の機内誌で初めてブラックジンジャーを知る(イメージ)
― どのような第一印象でしたか?
桒原:「これは何だろう」という純粋な好奇心が芽生えました。
研究開発という仕事は、そうした小さな興味から始まることが多いんです。
「まだ日本では誰も知らない、でもなんとなく知っているような植物名。そこに惹かれました」
その小さな照会が、後に日本のブラックジンジャー市場へとつながることになるとは、当時は想像もしていませんでした。
現地の公的機関と手を取り、研究の入り口を探る
― その後、どのように調査を進めたのでしょうか。桒原:まずは現地とのつながりをつくるところからでした。
そこで、タイ王国科学技術省タイ国家イノベーション庁(National Innovation Agency, NIA)の協力を得ながら情報収集を進め、研究開発に向けた連携体制を築いていきました。
― NIAとの連携では、どのようなことがあったのでしょうか。
桒原:NIAの協力のもと、現地での調査や研究の可能性について協議を重ね、研究開発に関するMOU(基本合意書)を締結しました。
その過程では、現地のさまざまな大学も訪問しました。どのような研究者がいて、どのような視点でこの植物を見ているのかを知ることは、素材の可能性を見極めるうえで非常に重要でした。
最初から栽培地に訪問できたわけではありません。
まずは、NIAから提供いただいたサンプルをもとに、国内で研究を開始しました。
未知の植物を前に、研究者として一つひとつ確認しながら可能性を探っていく。そこから、丸善製薬のブラックジンジャー研究が本格的に動き始めました。
研究者たちが見つけた可能性 「これはいける」という確信
― どのような研究を行ったのでしょうか。阿波:まずは成分分析です。
当時、私たちが注目していた成分が豊富に含まれていることが分かりました。
阿波 里佳:研究開発本部 研究員
― どんな反応でしたか?
阿波:研究者としては非常に興奮しました。
「これはいける」そんな手応えがありました。
そこから数年かけて研究を進め、ブラックジンジャー抽出物の開発に取り組むことになります。
「これはいける。研究者みんなが可能性を感じていました。」
しかし、その時点ではまだ何が分かるかも、どのような価値につながるかも確信はありませんでした。
その後、長年にわたって研究を積み重ねた結果、脂肪の消費や腹部脂肪の低減、中高年の歩行能力の維持などに関する知見が蓄積され、多くの特許取得へとつながりました。現在では、丸善製薬の「ブラックジンジャー抽出物」に含まれるブラックジンジャー由来ポリメトキシフラボンを機能性関与成分とした多くの機能性表示食品が販売されています。
自分の目で確かめる。タイのブラックジンジャー栽培地へ
― 研究の途中、実際に桒原さんと阿波さんでタイへ行かれたそうですね。桒原:はい。資料だけでは分からないことがたくさんありました。
どのように栽培されている植物なのか、自分たちの目で見て確かめたかったんです。
― 現地では苦労もあったのでは?
阿波:ありましたね(笑)。
ブラックジンジャーの産地は決してアクセスが良い場所ばかりではありませんでした。
ブラックジンジャーの栽培地へ向かう山道
道は十分に整備されておらず、思った以上に車が揺れ、引き返そうかとも思いましたが、「せっかくここまで来たのだから見たい」という気持ちが強かったです。
そしてようやく畑が見えた時は、本当にうれしかったですね。
現地で栽培されていたブラックジンジャー
現地の生産者の方々が大切に育てている様子を見て、この植物への期待がさらに高まりました。
最大の壁 実は日本では食品なのか何なのかが定まっていなかった
その後も研究は順調に進みました。ところが商品化を目指す中で、大きな問題に直面します。
当時、日本ではブラックジンジャーを食品として活用してよいのかが整理されておらず、商品化への大きな壁となっていました。
― その時の率直な気持ちは?
阿波:高いハードルがあるなと思いました。
良い研究成果が出ても、食品として利用できなければ社会に届けることができません。
ブラックジンジャーは日本で誰も前例を作っていなかった素材だったんです。
― それでも商品化を諦めなかったのはなぜですか?
阿波:この素材には価値がある。
前例がないのであれば、自分たちが先頭に立って道を切り拓こうと考えました。
「誰かがやらなければ、日本でこの価値のあるブラックジンジャーが広がらない。」
その思いが原動力でした。
2013年7月10日、日本のブラックジンジャー市場形成の大きな転機となった日
丸善製薬にて厚生労働省へ食薬区分の照会を行い、2013年7月10日、ブラックジンジャーは医薬品ではないと判断され、食品利用への道が切り拓かれました。
― その日のことは覚えていますか?
阿波:もちろん覚えています。
長い挑戦が一つ実を結んだ瞬間でした。
ようやくスタートラインに立てた、そんな気持ちでしたね。
その後、一般社団法人日本記念日協会に申請し、7月10日は「ブラックジンジャーの日」として認定されました。
7月10日は「ブラックジンジャーの日」 日本記念日協会から登録認定 丸善製薬PR TIMES×
2013年7月10日、ブラックジンジャーが医薬品ではないと判断されたことで、日本での研究開発と商品化が本格化しました。現在のブラックジンジャー市場の拡大は、その後の多くの企業の取り組みによって支えられています。
丸善製薬は、その初期段階から研究開発、原料供給、品質管理に取り組み、日本におけるブラックジンジャー活用の基盤づくりを支えてきました。
パイオニアの責任 品質へのこだわり
高橋 純平:国際本部 購買部員
市場が広がってからも、私たちの考えは変わりません。
ブラックジンジャーは栽培が難しい植物です。
だからこそ、丸善製薬では定期的に現地を訪問し、畑の状況や品質を確認しています。
ブラックジンジャーの生育確認の様子
― なぜそこまで行うのでしょうか。
高橋:品質への責任があるからです。
原料メーカーとして大切なのは、単に原料を仕入れることではありません。
どのような環境で育ち、どのような品質が維持されているのかまで責任を持つことだと思っています。
長年同じ産地を訪問していると、生産者の方々とも自然と信頼関係が生まれます。
「今年は天候がどうだった」 「収穫量はどうか」
といった会話を重ねながら、一緒に品質を作り上げている感覚があります。
「原料を買うというより、一緒に育てている感覚ですね。」
研究だけでは終わらない安定供給という使命
― 市場が拡大する中で意識してきたことはありますか?高橋:安定供給です。
健康食品メーカーのお客様にとって、研究データだけでは十分ではありません。
商品化した後も継続して供給できることが重要です。
そのため私たちは、原料調達から製造までを見据えながら体制を整えてきました。
研究開発の成果を社会に届けるには、品質と供給の両方が必要だからです。
ブラックジンジャーとともに歩む未来
― 最後に、今後の展望を教えてください。桒原:ブラックジンジャーには、まだ多くの可能性があると考えています。
私たちはこれからも研究を続け、新たな価値の発見に挑戦していきます。
また、長年培ってきた経験や知見を活かし、お客様の商品開発にも貢献していきたいですね。
今では多くの機能性表示食品に採用されているブラックジンジャー。
しかし、その歩みは一冊の機内誌との出会いから始まりました。
未知の植物に可能性を感じ、自らタイへ足を運び、現地の協力体制の構築、日本では食薬区分も整理されていない前例のない状況の中、研究と商品化に取り組んだ研究者たち。
その挑戦が、日本におけるブラックジンジャー市場の礎となり、現在の市場形成へとつながっています。
ブラックジンジャーの歴史は、単なる素材開発の歴史ではありません。
それは、「価値あるものを社会へ届けたい」という丸善製薬の挑戦の歴史そのものなのです。