ザ・ウィークエンド(The Weeknd)という名前のもとで、エイベル・テスファイは長くひとつのペルソナを作り上げてきた。欲望や孤独、破滅を抱えたその世界を、巨大な演出と圧倒的な歌唱で立ち上げるプロフェッショナルなショー。
一方で今回の日本公演では、その背後にいるエイベル自身の姿も幾度となく見えた。エイベルは本名のファーストネームであり、ファンが親しみを込めて呼ぶ名前でもある。日本への愛をさらけ出し、何度も笑顔を見せ、観客に声をゆだねる。作り込まれた「ザ・ウィークエンド」と、その世界を楽しんでいるエイベル。その両方が同時に見えたことが、この日の公演を特別なものにしていた。

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9月20日、ベルーナドームで行われたザ・ウィークエンドの「After Hours Til Dawn Tour」2日目。約2時間で40曲近くを駆け抜ける巨大かつ圧巻のライブだった。曲によっては尺を縮め、メドレーのように次曲へと進んでいく。基本的なショーの構造はこれまでの海外公演と共通しており、15年に及ぶザ・ウィークエンドのキャリアそのものをひとつの作品として再編集しているような流れだ。

冒頭の「Baptized In Fear」から、ステージにはすでに終末の気配が漂っていた。崩れかけた建造物、赤い衣装をまとった集団、巨大な金色の女性型ロボット。ザ・ウィークエンド自身も緑色に光る目を持つマスクで顔を隠している。
「Open Hearts」「Wake Me Up」「After Hours」と進み、その世界が一気にポップへ開いたのが「Starboy」だった。イントロが鳴った瞬間、ベルーナドームの空気が変わる。ここから「Heartless」「Cry For Me」「Take My Breath」といった曲へ。2010年代半ばのR&B/ポップから、80年代的シンセポップ、ディスコ、近年のダンスミュージックまでがほとんど切れ目なく並ぶ。ザ・ウィークエンドは時代ごとにサウンドを変えてきた。にもかかわらず、彼の曲にはずっと同じ空気が流れている。欲望があり、快楽があり、そのすぐ隣に孤独がある。「Starboy」の高揚も、「After Hours」の後悔も、「Sacrifice」のダンスフロアも、結局は同じ夜の中にある。それゆえ多くの曲を短くつないでも、意外なほど世界観は崩れない。

ザ・ウィークエンド来日公演を観た──孤独を歌う声が、3万人の合唱に変わるまで

Photo by Sebastien Nagy

ザ・ウィークエンド来日公演を観た──孤独を歌う声が、3万人の合唱に変わるまで

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その暗さが最も色濃くなるのが中盤だった。「Often」から「Given Up On Me」「I Was Never There」、そして「The Hills」へ。巨大な炎が上がり、低いビートがベルーナドームを揺らす。
火炎演出と歌の攻撃性が結びつき、とてつもないカタルシスを生み出す。一方、これだけ巨大なショーに対して、演奏は驚くほどコンパクト。長年ザ・ウィークエンドのツアーを支えるPatrick Greenawayがギターやシンセを担い、Ricky Lewisがドラムを叩く。プログラムされた音と生演奏が、密接に重なっていく。

ザ・ウィークエンド来日公演を観た──孤独を歌う声が、3万人の合唱に変わるまで

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そこに乗るザ・ウィークエンドの歌声も、実に表情豊かだ。ただ、その魅力は「高音が出る」「声量がすごい」といった説明だけでは語り尽くせない。幼少期から家庭でエチオピア音楽を聴いて育った彼は、その影響が自身の歌い方やヴィブラートにも表れていると語ってきた。一音を細かく揺らしながら引き伸ばす歌い回しや、声の奥に泣き声のような哀感をにじませるテナーも、そうしたルーツと結びつけてたびたび論じられている。ライブで聴くと、その独特な声の揺れが、いっそう生々しく感じられた。

たとえば「Call Out My Name」で印象的だったのは、単純な声量ではなく、一音を伸ばしたあとに残るわずかな余韻だ。声が消えるまで急いで次へ進まず、その余白まで含めて感情を伝える。逆に「The Hills」では声の輪郭を硬くし、「Starboy」では軽やかに跳ねる。
どこまで歌い、どこで引くのか。その判断の細やかさが、彼の歌唱を単なる技巧以上のものにしている。

ザ・ウィークエンドが歌っている内容は、決してそれ自体が美しいわけではない。ドラッグ、執着、依存、自己嫌悪――人間の醜い部分について歌う歌詞も多い。しかし、それを歌う声は驚くほど甘美だ。「Call Out My Name」や「Die For You」では、ときに傷つきやすい少年のような声にすら聴こえる。つまり、一見すると汚れたことを、汚れていない声で歌うところに、ザ・ウィークエンドの音楽が持つ独特のエロティシズムがあるのだと思う。

ステージ中央にそびえる、空山基による約12メートルの巨大な「Sexy Robot」も、終始抜群の存在感を見せていた。ポリスチレンから手彫りされ、富山で日本人職人によって成形された作品とのことで、今回のツアーでは海外公演でも使用されている。金色に光る女性像は官能的で、その滑らかな身体は冷たく未来的でもある。今回のステージのビジュアル設計を担った一人、Alexander Wesselyは、このショー全体を「homage」「decay」「ruin」「rebirth」――オマージュ、腐敗、廃墟、再生――という4幕で構成したと説明している。空山の彫刻についても、機械と身体、未来と廃墟の境界にある存在として捉えているそうだ。


ザ・ウィークエンド来日公演を観た──孤独を歌う声が、3万人の合唱に変わるまで

Photo by Sebastien Nagy

それらのステージ美術から感じられたのは、破滅や不穏さまで、美しいものとして整える感覚だった。崩壊した都市は赤く照らされ、火炎は恐ろしいほど整った形で上がり、仮面をつけた集団は儀式のように動く。人間と機械の中間にあるような巨大な女性像は金色に輝いている。そして、その中心でザ・ウィークエンドが甘い声を響かせる。実に耽美的なステージだが、それは単に美しいものがたくさん置かれているからではない。醜さや破滅、不穏さといったものまで、最後まで美しい形を崩さずに見せてしまうからだ。空山のロボットとザ・ウィークエンドの声は、その点で似ている。どちらも滑らかで、艶があり、人工的なほど整っている。しかし、そこから想起されるのは、人間の身体である。ロボットを見れば人間の肌を想像し、ザ・ウィークエンドのファルセットを聴けば、人間が傷つく瞬間を想像する。だからこそ、これほどまでに巨大なショーであるにもかかわらず、妙に生々しかったのだと思う。

「Kiss Land」も印象的だった。
同曲を収録した2013年のアルバム『Kiss Land』は、ザ・ウィークエンドと日本との関係を考えるうえで重要な作品だ。アルバム収録曲「Belong To The World」のMVは東京で撮影され、作品全体のビジュアルにも日本的なイメージが色濃く取り入れられている。当時ザ・ウィークエンドは『Kiss Land』について、ツアーに出て未知の世界へ足を踏み入れていく感覚を形にした作品だと説明していた。日本はすでに訪れたことのある場所だったが、その距離感や異質さは、彼にとって「未知の世界」を象徴する重要なイメージのひとつだったに違いない。

それから13年後、日本との関係は大きく変化している。彼は以前から映画をはじめとする日本文化に強く惹かれ、東京に来るたびにその息づかいを吸収し、制作へ生かしてきた。特に三池崇史作品への思い入れは強く、『オーディション』『殺し屋1』などについて具体的に言及している。今年に入ってからも、来日記念盤では天野喜孝が4作品のアートワークを手掛け、「Out of Time」では、サンプリング元の「Midnight Pretenders」を歌う亜蘭知子本人を迎えた新バージョンをリリースした。かつて日本を、異国の象徴として作品へ取り込んでいたザ・ウィークエンドが、いまでは日本のクリエイターや音楽家と実際に作品をつくっている。

その変化をさらに明確に示したのが、新曲「Tokyo」だろう。前日の9月19日には、「残酷な天使のテーゼ」の要素を取り入れた同曲を初披露。高橋洋子本人も登場し、「残酷な天使のテーゼ」を歌い上げた。
ヨコオタロウがビジュアルを担当し、『エヴァンゲリオン』と『NieR:Automata』がザ・ウィークエンドの世界へ接続された。20日は高橋洋子本人の出演こそなかったが、「Tokyo」はそのままセットに残された。

ザ・ウィークエンド来日公演を観た──孤独を歌う声が、3万人の合唱に変わるまで

Photo by Sebastien Nagy

『Kiss Land』の頃には、東京は未知の世界を映し出すイメージのひとつだった。2026年には、その都市の名前そのものが新曲のタイトルになっている。彼にとって日本は、単なる異国のイメージから、自分の作品を一緒につくる場所へと変わったのだ。そう考えると、この日しきりに見せていた笑顔にも納得がいく。ザ・ウィークエンドは、日本を創作の舞台として、以前よりはるかに身近に感じているのだろう。

ザ・ウィークエンド来日公演を観た──孤独を歌う声が、3万人の合唱に変わるまで

Photo by Sebastien Nagy

後半、「Out of Time」では、ファンにマイクを向けた交流も。今ツアーではお決まりの演出だが、ファンの熱狂的な喜びと、それに負けないエイベル自身の笑顔を見ると、やはりぐっと心をつかまれてしまう。この場面は会場全体を熱狂させ、公演のハイライトのひとつとなった。その後、「I Feel It Coming」「Die For You」などを経て、終盤には「Blinding Lights」へ。赤い光と炎に支配されていたベルーナドームが、一転して巨大なポップコンサートになる。ここもザ・ウィークエンドの面白さだ。これだけ孤独について歌ってきた人の曲が、最終的には3万人の合唱になること。「Blinding Lights」はその極端な例だろう。もともと夜の孤独や渇望を抱えた曲が、スタジアムでは一人では成立しない音楽になるというのもすごい。個人的な傷をポップソングへ変え、それを世界中の人間が同時に歌う――ザ・ウィークエンドがこの15年間続けてきたことが、最も分かりやすい形で目の前に現れた瞬間だった。

それにしても、本人は楽しそうだった。暗い音楽に崩壊した都市、仮面の集団、巨大な女性型ロボット。その中心で、ザ・ウィークエンドは何度も笑顔を見せ、観客へ手を振り、日本に戻ってこられたことを素直に楽しんでいるように見えた。楽曲が描くニヒリスティックな人物像とは対照的に、ステージ上の本人は親しみやすく、ときに自分が作ったダークなスター像を楽しんでいるように見える。あれほど大がかりな炎も、仮面も、廃墟も、ザ・ウィークエンドというキャラクターを成立させるために、エイベル・テスファイ自身が少し外側から眺めながら、楽しそうに動かしているようにも感じられたのだ。

終盤には、「House Of Balloons」が鳴った。2011年、まだその正体すらほとんど知られていなかった時期の曲だ。そこから長い年月が経ち、ザ・ウィークエンドは、ベッドルームに閉ざされたR&Bを、数万人が集まるスタジアムまで拡張した。けれども、すべてが巨大になった一方で、ザ・ウィークエンドの表現の本質は意外なほど変わっていないように感じた。欲望のあとに来る寂しさ、美しいものの隣にある気味悪さ、快楽と自己嫌悪――そのすべてを、あの甘い声で包んでしまうこと。

ザ・ウィークエンド来日公演を観た──孤独を歌う声が、3万人の合唱に変わるまで

Photo by Sebastien Nagy

そのまま、最後は「Moth To A Flame」へ。なんて名残惜しいのだろう。炎も、レーザーも、空山基の巨大なロボットも圧倒的だった。それでもベルーナドームを出たあと、最後に実感として残っていたのは、やはりザ・ウィークエンドの声だった。巨大な廃墟の中で、あの声は、最後まで人間だった。

【来日公演セットリスト・プレイリスト】
https://umj.lnk.to/tw_ahtdt

ザ・ウィークエンド「OUT OF TIME (with 亜蘭知子)」
配信中
ストリーミングはこちら:https://umj.lnk.to/TW_OOTwTA

ザ・ウィークエンド 『AFTER HOURS TIL DAWN COLLECTION』
発売中
購入はこちら:https://umj.lnk.to/AHTDC_JP
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