カラオケは「愚かで浅ましい」? 呂布カルマが語る"トラウマ"...の画像はこちら >>

『週刊プレイボーイ』でコラム「呂布カルマのフリースタイル人生論」を連載している呂布カルマ

ラッパーとしてはもとより、グラビアディガー、テレビのコメンテーターなど、多岐にわたって異彩を放っている呂布(りょふ)カルマ。『週刊プレイボーイ』の連載コラム「呂布カルマのフリースタイル人生論」では『カラオケ嫌い』について語った。

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★今週のひと言「過去のトラウマが原因で俺はカラオケ嫌いになった」

俺はカラオケに行かない。普通に生きていれば飲み会の流れからや友達に誘われることはいくらでもある。そのたびに「カラオケ嫌いなんだよね」と断ってきたが、今回コラムを書くに当たって掘り下げると単純な好き嫌いの話ではなかった。

これは一種トラウマのようなものだ。

さかのぼれば学生時代、友人同士の娯楽といえば、ほとんどカラオケだった。今のようにオンラインで友達とゲームなどできなかった時代だ。取りあえず集合してカラオケでも行くか、ぐらいしかなかったのだ。

その当時は俺もまだ素直にカラオケを楽しめていた。なんなら好きなほうだったかもしれない。

謙遜でもなんでもなく歌がへただったけど、当時はやり始めたミクスチャーバンドのラップ曲なら上手に歌えることがわかり、カラオケで山嵐やRIZEの曲を歌ったのをキッカケにラップにハマっていった時期だ。

何を勘違いしたか漫画家になるために芸大にまで進んだはずの俺は、やがてラップ好きが高じて大学卒業と同時にラッパーになった。

ラッパーとはいえ、表向きはただのフリーターで、実家を出てそれなりに稼ぐ必要があった俺は、名古屋の夜の街、住吉で深夜のカラオケバイトを始めた。

その店舗は地上5階建て、週末ともなれば一晩で何百万円も売り上げるような店で、深夜になると社員も帰り、すべてバイトたちに任されるなかなかハードな店舗だった。数年勤めた俺は、最終的に深夜帯の副支配人にまで上り詰めるのだが、そこでの経験が俺とカラオケを分かつキッカケとなる。

バイト自体は楽しかった。俺と同じく夢を追うフリーター、大学生、訳ありでダブルワークの社会人など、繁華街の深夜は癖の強いバイトがそろっており、20年以上たつ今でも親交が続くような仲間にも恵まれたのだが、来る日も来る日も赤の他人のカラオケを浴びせられると、アレルギー反応が出るのかもしれない。

20年以上前の当時のヒットチャートは覚えていないが、カラオケを席巻していた2曲は忘れられない。

DJ OZMA(オズマ)の『アゲ♂アゲ♂EVERY☆騎士』と、誰の曲か知らんけど『恋のマイアヒ』だ。

俺の店舗は、とんでもない部屋数を誇るのだが、泥酔したサラリーマン、水商売、ひと通りSEXを終えた後の学生、どの部屋からもその2曲が鳴り響いた。

「バンストゥミバーンストゥミ!!」
「マイアヒ~~~マイアハ~~~マイアハッハ~~」

頭おかしなるて。

その2曲に罪はない。これは完全な逆恨みだ。時代が違って、別のヒット曲だったとしても同じことだっただろう。俺のタイミングがオズマとマイアヒだっただけだ。

当時の俺はまったく売れないながらも、ラッパーとしての自意識だけは最高に高まっていた頃だ。音楽を音楽として扱わず、ただ騒ぐためだけに消費し、時間貸しのカラオケルームを酒とゲロでぐちゃぐちゃにしていく。すべてがそうではないが、立地上そんな客の割合は高かった。

「カラオケ」という行為そのものを愚かで浅ましく感じてしまうのを今思い返しても避けられなかった。以降20年以上、俺が回避しきれずカラオケに行ったのは片手に収まる程度だ。

俺がいまだに皆で合唱して楽しむような曲を作らない、作れないのは、この頃のトラウマのせいかもしれない。

とはいえ、俺の曲も皆にカラオケで歌ってもらえてナンボ。じゃんじゃん歌って場の空気を冷やしてほしい。

撮影/田中智久

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