坂口杏里が、また人に見られている。
 かつて名女優の母・坂口良子さんとともにバラエティ番組に出演し、「2世タレント」として知られた彼女も35歳。
いま主戦場としているのはテレビではなくライブ配信だ。

 9月12日の配信では、交際する体重170キロの男性配信者・ぱるぱるについて、「好きになった人がたまたま170キロっていう」と笑い、「でっかい赤ちゃんだと思ってます」「男として見ると腹立つけど」「31歳で私が35だから、ちょっと年の離れた、わがままな弟」と語っていた。

坂口杏里、いまや“配信界の裏スター”に。結婚と離婚を繰り返す...の画像はこちら >>

いまや“ライブ配信中毒”に

 もっとも、ここに至るまでにもひと騒動あった。8月28日の配信中、2人の口論から警察沙汰となり、坂口は連行されて10日間勾留。釈放後には再び2人で配信する姿も見られている。

 そんな10日間の勾留生活で、坂口が恋しくなったものがあったという。

 ライブ配信の「コメント」だ。

 以前は閲覧数を気にしていたという坂口だが、いまは「みんなとしゃべりたい」という気持ちのほうが強いという。「中毒になっちゃって」とまで語り、勾留中はコメントを見ることができなかったため、「坂口の声もいやだ」といった悪口まで恋しくなったと明かしている。

 配信には、

《杏里ちゃんを心配する》

《応援してるよ》

《不正出血は止まった?》

 と、まるで身近な知人を気遣うようなコメントまで流れてくる。

 ネットの悪意に苦しんできた人が、いまでは悪口さえ届かないことを寂しがる。「見られること」に苦しみながら、「見られなくなること」もまた寂しい。現在の坂口を見ていると、そんな複雑さが浮かんでくる。


 だが、振り返れば坂口の人生は、幼いころから「見られること」と切り離せなかった。

 その原点にいたのが、母・良子さんだった。

母の死後、キャリアが一転

 少女時代、母と一緒にモーニング娘。を見ていた坂口は、とりわけ後藤真希に憧れた。実際にモーニング娘。のオーディションにも応募したものの、書類選考で落選。それでも芸能界への憧れは消えず、2008年に芸能界入りした。

 ただ、華やかな芸能一家に見えて、母娘の結びつきはかなり強かった。

 良子さんは生前、娘について「私が死ぬまでに杏里を立派にしてやりたい」と周囲に語っていたという。杏里もアルバイトで貯めたお金で母の誕生日にプレゼントを贈るなど、親孝行な一面を見せていた。

 良子さんが離婚後、プロゴルファーの尾崎健夫氏と交際を始めたころ、杏里はまだ小学生だった。当時は「母を取られてしまう」と感じ、尾崎氏を家から追い出そうとしたことまであったという。それほど母への思いは強かった。


 長い事実婚を経て良子さんと尾崎氏が結婚したのは2012年。そして翌2013年、良子さんは57歳で亡くなった。

 幼いころから良子さんを慕い、芸能界に入ってからも母娘でテレビに出演してきた坂口にとって、その喪失はあまりに大きかった。後年も母の命日には「ママ、会いたいよ」と思いを吐露している。良子さんの死後もしばらく交流があった尾崎氏とも、その後は関係が途絶え、現在は絶縁状態にあると報じられている。

 そして母を失ってから、坂口の人生は大きく揺れ始める。

 バイきんぐ・小峠英二との交際と破局を経て、2016年には「ANRI」名義でAVデビュー。芸能界を離れた後は、夜の世界でも働いた。

安住の地を求めて、さまざまな場所を渡り歩く

 さらに2019年6月放送の『ザ・ノンフィクション』(フジテレビ系)では、前年9月に自殺を図っていたことまで告白した。

 それでも坂口は放送後、「生きていて良かったよ」とつづり、良子さんの墓前では「絶対成功するから。もっと本当に頑張るから」と再起を誓っている。

 そして、このころ何度も口にしていたのが、

「人生やり直せる」

 という言葉だった。

 実際、坂口はそこから何度も「次の自分」を探していく。


 2019年には芸能界復帰を目指し、バンド活動にも挑戦。夜の仕事からの卒業も宣言し、その後はYouTubeを開始。将来の夢として「スナック杏里」も掲げた。

 2020年11月にはタレント時代の写真を投稿して「戻りたい」と漏らし、その後、「夢だったアイドル活動」をすると発表した。

 モーニング娘。のオーディションに落ちた少女が、29歳になってもまだ「アイドル」という夢を持っていたのだ。

 だが、その活動は翌月には断念している。

 振り返ると、坂口は何かにつまずくたびに「次はこれ」と新しい夢を口にしてきた。それは移り気というよりも、「今度こそ、ここならやり直せる」と、自分の居場所を必死に探し続けてきたようにも見える。アイドルへの再挑戦もまた、その一つだったのかもしれない。

結婚と離婚、SNS全削除、万引きで逮捕…

 一方、私生活でも「普通」の幸せを求めてきた。

 2022年には新たな恋人について「一般人同士の恋愛が1番平和」と投稿。同年に別の男性と結婚し、その後離婚。
2025年には25歳年上の男性と再婚したものの、この結婚も約2カ月で終わった。

 仕事では何度も新しい自分を探し、私生活では結婚と離婚を経験する。そんな坂口がたびたび求めてきたのが、「普通」に暮らすことだった。

 2024年末には経済的な苦境を訴え、SNSで「助けてください」と支援を求めた。そして同年の大みそかにはSNSの投稿をすべて削除すると宣言。

「普通の人と同じく、静かにゆっくり暮らしていきたい」

 そうつづり、人間関係も一度リセットしたいとした。

 芸能活動をやめてすでに長い。今度こそ「坂口杏里」という名前で見られる生活からも離れ、普通の生活を送りたい――。そんな願いにも見えた。

 ところが2026年3月、坂口は思わぬ形で再び大きな注目を浴びることになる。

 3月17日、東京都八王子市のコンビニで約300円のサンドイッチ1個を万引きした疑いで現行犯逮捕されたのだ。この件はその後、不起訴となっている。


 逮捕が報じられると、「坂口杏里」の名前が一斉にネットニュースの見出しに並んだ。

 ここで奇妙なのが、その扱われ方だ。

世間が「普通の人」に戻してくれない

 坂口はとっくにタレント活動をやめている一般人である。本来なら「坂口杏里さん」と呼ばれてもおかしくない。ところが逮捕を伝えるニュースでは「坂口杏里」と呼び捨ての見出しも目立ち、さらに「元タレント・坂口杏里」という肩書きまで添えられる。記事だけを眺めていると、いまも芸能人であるかのようにさえ映る。

 もちろん、一般人がどんな仕事を選び、どこで暮らし、誰と付き合おうが、それだけで何かそしりを受けるいわれはない。

 それでも一度有名になった人間は、自分から表舞台を降りても、世間の側がなかなか「普通の人」に戻してくれない。

 アイドルに憧れて自ら入った芸能界。しかし、そこを離れて何年たっても「元タレント・坂口杏里」という肩書きはついて回る。普通に暮らしたいと願った坂口が、思わぬ出来事によって再び「有名人」として扱われる。そのジレンマは、現在の坂口を考えるうえで無視できないだろう。

 しかも、この逮捕を境に坂口への関心は、それまでとは比べものにならないほど高まっていく。


 その後、不起訴となった坂口だが、世間の視線が離れることはなかった。むしろ釈放後の暮らしぶりや人間関係まで、「坂口杏里の現在」として次々と取り上げられるようになった。

 そして、その視線の先に現れたのが、現在の交際相手である男性配信者・ぱるぱるだった。

不思議な場所にいる坂口杏里

 2人の交際が始まると、出会いから同居、ケンカ、仲直りまでがライブ配信を通じて伝わっていく。8月28日には配信中の口論から警察沙汰に発展し、坂口は連行されて10日間勾留された。

 それでも釈放後、坂口が戻ってきたのはライブ配信だった。

 テレビから離れ、「普通の人と同じく、静かにゆっくり暮らしていきたい」と願ったはずの坂口が、いま最も長い時間を過ごしているのは、皮肉にも自分の生活そのものが人目にさらされる場所だった。

 良子さんも、よもや娘が35歳になって、日々の暮らしも恋愛もさらけ出しながら、ライブ配信で多くの人に見守られる存在になっているとは想像していなかったに違いない。

 キラキラしたインフルエンサーとは真逆だ。それでも、彼女のもとには、人が集まってくる。先に述べたように、危なっかしい姿を放っておけず、応援したくなる人もいるのだろう。

 だが一方、「まーた坂口杏里は…」と言いながら彼女の人生をのぞき、「坂口杏里よりはマシ」と自分の暮らしを比べる“物差し”のような存在になっているのかもしれない。

 誰もがどこかに不安や寂しさを抱える時代――。アイドルになりたかった坂口杏里は、ずいぶん遠回りをして、いま“配信界の裏スター”とでも呼びたくなるような、不思議な場所にいる。

<TEXT/川瀬孝雄>

【川瀬孝雄】
テレビ業界に身を置く傍ら、フリーライターとして芸能・テレビ番組を中心にコラムや分析記事を執筆。テレビ番組のトレンドやドラマの傾向、芸能人の動向などを独自の視点で読み解き、ニュースサイトを中心に寄稿している。
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