ギター漫談師の林家ペー(84)が初の自伝本「ヨレヨレ人生漫談」(小学館)を刊行した。妻・林家パー子(77)とともに全身ピンク色を身にまとい、明るい雰囲気と夫婦仲で親しまれてきた。

そんな中、昨年9月に自宅マンションが火災に。当日は強いショックでパー子は混乱し、ペーもパニック状態に陥った。だが惨事も笑い話に変え、2人で立ち直ってきている。芸人としての生きざま、愛妻への思いを聞いた。(水野 佑紀)

 7月14日に行った取材冒頭、ペーからの逆質問に面食らった。「報知新聞は今日で通算何号?」。恥ずかしながら答えられなかった。

 「5万1996号。あと4日で5万2000号。スポーツ新聞として発行を始めた昭和24年12月30日は『赤い鳥』の素晴らしいボーカル・山本潤子と同じ誕生日。僕は漫談の色物で、芸がない。調べるのは芸人の性(さが)なんでしょうね」

 さらに、社内で役員とすれ違い「(弊社の)会長です」と紹介すると「依田(よだ)さん!」と即答。

ここまで調べてきた人は見たことがない。芸歴62年、抜群の知名度を誇る「色物芸人」の力を体感した。

 昨年9月、80歳を過ぎて火事に見舞われた。漏電が原因だった。「師匠の初代三平の法事だった。みんなで写真撮影しようという時、電話で赤羽消防署の方から『今、家が燃えています』。びっくりしない? 一門のみんなに『家が火事だってよ』って言ったら『え? ドッキリカメラ?』って」

 足立区竹の塚から北区赤羽の自宅までタクシーを走らせた。約800メートルの新荒川大橋で渋滞にはまった。「運転手さんが『赤羽で火事があって、消防車が20台近く並んでる』って。その火事はうち。(自分の心が)死んだような気持ちだった」。事態の深刻さに気づいた。

 自宅にいたパー子は救急搬送され、指先をやけどしていた。さらに火災保険に入っていなかったため、金銭的問題に直面。修繕費、近隣住民への損害賠償、ホテルの宿泊費用…膨大な金額がのしかかった。

 「今思うと、兄弟子の(林家)こん平さんに『保険は入ったか? アバウトな意見だけど、入らないとダメだよ』って言われた。聞いておけば良かった。余談だけどね、こん平さんの本名は笠井(かさい)なの」

 同じ一門の林家たい平(61)や林家正蔵(63)の妻、道ですれ違った人など、多くの人から支援を受けて乗り越えたという。

 パー子にも異変が起きた。火災で4匹の愛猫が亡くなった。「猫ちゃん命」だったパー子は強い衝撃を受け、街をさまよって、赤羽警察署に保護された。「パー子は放心状態で何も覚えていないの。僕が迎えに行ったら、パー子はボケちゃって『どうしたの?』『あなたを迎えに来たんだよ』って。パー子には悪いことしたよ」と後悔する。

 火事の2日後から寄席に出演した。家と愛猫を失ったショック、愛妻の体調の不安。マスコミや舞台上では一切漂わせなかったが、83歳の身にこたえた。「しんどかった。家がないことでパニックなのに、10日間、1日12分の寄席では間違っちゃいけない」

 それでも、火事を笑いのネタにした。なぜ、笑い話にできたのか。「やらざるを得ない。『林家ペー』というカテゴリーは芸人。死ぬまでウケたい、全うしたいと思うのは、一つの性だろうね」。芸人の矜持(きょうじ)を貫いた。

 ペーだけ落語協会に所属しているため、寄席は1人で出るが、テレビや営業は、パー子もいることが必須条件で依頼されることが多い。妹弟子だったパー子と結婚したのは、72年3月30日。

人間国宝で歌舞伎俳優の7代目尾上菊五郎(83)と女優の富司純子(80)夫妻と同じ結婚記念日だ。

 林家ペー・パー子は、異色の存在感を放つ。全身ピンク色は、演出家・テリー伊藤氏(76)から「芸人はビジュアルが大事だよ」と助言を受け、もともとピンク好きだったパー子に寄せた。著名人の誕生日を覚えるのは、放送作家・高田文夫氏(78)から「365日、何人かずつ誕生日を覚えたら?」と提案されたことがきっかけ。素直に聞き入れたからこそ、今のペーがいる。パー子の独特な間で放たれる「ハーッハーッ!」の甲高い笑い声は天然。もはや伝統芸だ。

 高校の後輩で落語家・笑福亭鶴瓶(74)が主宰した人気企画「無学の会」の出演交渉をしていた時のこと。鶴瓶から「もちろんパー子さん、おるやろ?」と質問された。「ちょうどその日、パー子は身内の集まりだった。そしたら、鶴瓶ちゃんが『NGにしてくれ』って。パー子がいて初めて芸人なんだって思ってショック。

パー子を説得して、やっと『OK』が出た。パー子なんているだけじゃない?」と笑いながらぼやく。

 最近はパー子の調子が落ち着いた。「元気。ちょっと能天気だけど、そこが彼女のいいところ」。今でも妻のおちゃめな一面に心惹(ひ)かれる。ぺーが直筆の名刺を書くときに、パー子が足を高く上げている写真シールを貼ってくれた。「こんなに足が上がるんだよ? すごくない? 50年以上一緒にいて初めて知った。新鮮!」と大興奮した。

 結婚54年、離婚危機は一度もなかった。現在の夫婦の形を聞いた。「『いまだに新婚気分』とか言っていますけど、偕老同穴(かいろうどうけつ)。

お互い寄り添い合って、存在に感謝している。前に2人で話したけど、次(生まれ変わって)起きてもパー子の夫は私だな。私の妻はパー子だな。ペーパーって運命だから。“ペーパー”だけに“神”がついている」。ぺーらしく、だじゃれを交えながらパー子への愛を真剣に語る姿は格好よかった。

 ◆林家 ぺー(はやしや・ぺー)本名・佐藤嘉彦。1941年11月29日、大阪府生まれ。84歳。64年10月に初代・林家三平に入門。「林家ぺー平」から「林家ぺー」に改名した。伊東四朗からギターを習い、70年頃からギター漫談師に。72年に林家パー子と結婚。91年に浅草芸能大賞。2008年、「余談ですけど『愛してる』/そして高座」をリリース。出ばやしは「男の子女の子」。

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