アサヒ飲料が8月4日に全国発売した「green cola(グリーンコーラ)」が好調だ。全国発売から3日となる8月6日時点で、1都3県での先行販売分を含む累計販売は1440万本(60万ケース)に達した。
これを受け、同社は年内販売目標を当初の50万ケースから4倍の200万ケースへと大幅に上方修正した。

「green cola」は2012年にギリシャで誕生したブランド。そのネーミングの背景には当然、パブリックイメージである「コーラ=赤い」に対するアンチテーゼと、“自然派素材”というアイデンティティがある。植物由来の甘味料ステビアやコーヒー豆由来のカフェインを使用し、砂糖や保存料を一切使わないという「ノー・ギルティ(罪悪感なし)」のコンセプトは、同じく今年ヒットしているサントリーの“ギルティ炭酸”「NOPE(ノープ)」と対照的。現代の消費者の嗜好の多様化を物語っている。

コーラ飲料の歴史は、ブランドの差別化の歴史でもある。1956年11月、制限付きでコカ・コーラとペプシコーラへの外貨割り当てが承認され、国内ボトラーによる製造販売が認められた。当初は直売のみで広告活動も制限されていたが、1961年10月7日、政府はこれらの規制を事実上廃止する。これにより日本のコーラ市場は、販売や広告などの制限が撤廃され、国内の食品・飲料各社による参入が相次ぐ時代に突入した。

口火を切ったのは寿屋(現・サントリー)だった。米国ローヤルクラウン社とのライセンス契約により「クラウンコーラ」を発売。広告キャラクターに起用されたのは、当時24歳の新進俳優であった加山雄三さんだった。
同時期には明治製菓が「明治コーラ」を、江崎グリコは「グリコ・コーラ」を、日本麦酒(現・サッポロビール)が「リボンコーラ」を、武田薬品工業が「プラッシー・コーラ」を相次いで発売した。

中でも際立った存在感を発揮したのは、森永製菓が発売した缶入り国産コーラ「スパークコーラ」だ。「20世紀の禁断の木の実ガラナは、いまバクハツ的世界流行!ツイスト・エナジーの魅力です」と広告で謳われた通り、コーラにガラナエキスを配合した、現在のエナジードリンクの先駆けとも言える革新的な商品だった。この宣伝のために企画された一社提供テレビ番組「森永スパーク・ショー」(1962~1963年・フジテレビ)で一躍人気となったのが、歌手の中尾ミエさん、伊東ゆかりさん、園まりさんである。3人はいつしか“スパーク三人娘”と呼ばれ、お茶の間に親しまれる存在となった。

外資も黙ってはいなかった。日本コカ・コーラは1964年の東京オリンピックのスポンサーとして、聖火リレーなどのキャンペーンを通じて全国的なブランド認知を確立。ついで映画「エレキの若大将」とその主題歌「君といつまでも」(ともに1965年)で国民的スターとなった前述の加山雄三さんをいわば“引き抜く”形で起用し、一社提供番組『加山雄三アワー』(1966年・フジテレビ)を開始した。スキーやサーフィンといった最先端スポーツを楽しむ加山さんらのテレビCMを通じて、若者のモダンなライフスタイルに欠かせない「コカ・コーラ」像を強力に印象付けた。

いっぽう全国的な販売網の立ち上げに苦戦していたペプシコーラは1970年の大阪万博にパビリオン「ペプシ館」を出展。「三百六十五歩のマーチ」でミリオンセラーを飛ばしたばかりの歌手・水前寺清子さんを起用した広告キャンペーン「ペプシがなければはじまらない!」で対抗した。現在でも盆踊りの定番曲として知られる水前寺さんの「1+1の音頭」はこのキャンペーンソングとして制作されたもの。
レコード売り上げ26万枚を超えるヒットを記録した。

忘れてはいけないのは、当時のテレビはまだ白黒が主流だったということだ。多くの庶民にとって映像で見るコーラ飲料はどれも“ただの黒っぽい液体”でしかなく、画面上でブランドカラーを識別することすら困難だった。ゆえに各社は、音楽やスターといったエンターテインメントの力を最大限に借りて、ブランドの個性を際立たせることに躍起となった。

前述の「加山雄三アワー」が放映された1966年にはTBS初のカラー特撮テレビ番組「ウルトラマン」の放映も始まっているが、視聴者側の環境はなお白黒テレビが中心であり、加山さんが出演するコカ・コーラのCMもまだ白黒フィルムで撮影されていた。カラーテレビの普及率が90%を超えるのは、「秘密戦隊ゴレンジャー」(当時NET、現テレビ朝日)の放映が始まった1975年のことである。

それから半世紀以上の時が流れた。高画質なデジタル映像やSNSでの発信が当たり前となった現代、コーラはもはや画面越しに見分けるのが難しい「謎の黒い液体」ではない。「green cola」の提示するブランドカラーは、単にラベルの色にとどまらず、「ノー・ギルティ」でスマートな生き方を選ぶ若者たちのライフスタイルそのものを象徴する意味を持つ。時代時代の若者たちに「新しく刺激的な体験を届けたい」という飲料メーカーたちの飽くなき挑戦はまだ続いている。

【岸田林(きしだ・りん)】
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