外資系金融大手フィデリティ投信の調査部長を務め、10年前にFIREを達成したポール・サイさん。米国・シアトルで地域活動やヨットを楽しむ現在の生活の土台には、父親と恩師から受けた金融教育の存在がありました。
ポール・サイさんプロフィール
投資の原点は家族の食卓。起業家一家の食卓で交わされた「お金」と「社会」の話
トウシル:2016年にFIREされてから約10年がたちますが、今のシアトルでの生活はいかがですか?
ポールさん:毎日とても充実しています。朝起きてすぐに新聞やニュースレターを読み、株式市場の動きや自分のポートフォリオをチェックします。その後はロータリークラブやヨットクラブの活動に参加したり、子どもの学校のPTAでボードメンバーとして活動したりしています。
数年間はPTA会長も務めていました。会社に縛られる時間がないため、やりたいことを詰め込めるし、自分の時間を完全にコントロールできるのは本当に楽しいですね。健康管理のために自炊やジム通いもしています。
トウシル:ポールさんは、もともと台湾のお生まれなんですよね。
ポールさん:はい。台湾で生まれ、9歳の時に家族と一緒に米国に移住しました。台湾時代の記憶は今でもしっかり残っています。
トウシル:ご親族に起業家や投資家が多かったと伺いました。
ポールさん:そうですね。私の父はもともと機械工学出身の人間だったのですが、その後自分で会社を二つ立ち上げまして、社長や取締役を務めていたんです。そのため、日常の会話や夕食の食卓での会話に、当たり前のように「会社経営のポイント」や「会計」「ビジネス」「政治」「経済」の話が飛び交っていました。
トウシル:小学生の男の子が聞く夕食の会話としては、かなり渋いですね(笑)。
ポールさん:そうですよね(笑)。まだ深くは理解できなかったのですが、お金をどうやって管理するか、税金対策をどうすればいいかといった議論を、幼少期からごく自然に聞いて育ちました。
夏休みになると、父の会社へ連れて行ってもらい、自転車部品の組み立てラインで少し働かせてもらうなど、ビジネスの現場をリアルに体験させてもらったりもしていました。ちなみに議論の習慣は今でも変わらず、家族が集まるとずっとビジネスや経済の議論をしています。
トウシル:日本では「子どもの前でお金の話をするのはよくない」とか「お金の苦労をさせたくない」という教育方針の親が、まだ多いという印象です。
ポールさん:私は世の中のからくりや社会の働き方は、子どものうちから理解しておいた方がいいと考えています。「うちはお金がないから大変だ」といった愚痴を言うのではなく、例えば「デフレからインフレに社会が変わったのはなぜか」というような、答えのない経済のテーマについて議論を戦わせるのです。
お金そのものの話というよりは、社会に関心を持つための教育ですね。
* 米国のフィデリティ証券の「Fidelity Youth Account」では、13~17歳の子供がアプリを使って株や上場投資信託(ETF)を取引できる。親は口座の活動を監視・閉鎖する権限を持っている。子供の口座であっても、運用益に対しては税金がかかるため、金融リテラシー教育が必須。
トウシル:13歳で投資デビューですか! 早いうちから生きた経済に触れさせているのですね。
ポールさん:もうかる、もうからない、という点ではなく、「ニンテンドースイッチが売れることはなぜ任天堂のメリットになるのか」「この会社はどうやってもうけているのか」と、会社が利益を出す仕組みについて考えてみてほしいんです。「お金=家計」で終わらせず、社会でお金が回るからくりに興味を持つきっかけになってくれれば最高です。
「米国人は数学ができない!?」移住先でのカルチャーショック
トウシル:9歳で台湾から米国へ移住されたときは、環境が一変したかと思います。何かカルチャーショックはありましたか?
ポールさん:一番驚いたのは、「数学が不得意な米国人が多い」ということでしたね。
トウシル:ええっ!? なぜそう感じたんでしょう?
ポールさん:移住する前は、私も米国人は全員がものすごい天才集団だと思っていました。私は台湾では中の上くらいの成績でしたので、ついていけるか不安だったんです。移住後、米国の学校に入学したのですが、英語はまだ全く話せない状態だったのにもかかわらず、数学に関しては天才的な扱いを受けてしまったんです。
トウシル:アジアと米国の基礎教育の差が出た、ということなんでしょうか。
ポールさん:そうかもしれませんね。「この学力で、米国はどうやって人を月に送ったのだろう?」と、子どもながらに真剣に疑問を抱きました…。大人になった今の私の結論は、米国という国は「ごく少数の強烈なエリート」によってリードされ、成り立っている国だということです。
全員が賢い必要はなく、仕組み自体がトップ層を飛び抜けさせるエリート教育システムになっています。小学校から中学校に上がる時に、すでに優秀な班とそうでない班にクラスがはっきりと分かれるのです。
トウシル:日本の教育とは大きく異なりますね。
ポールさん:日本はどちらかというと、中流を重視する社会ですね。しかし、資本主義の本質は「格差の仕組み」です。米国は、格差があるからこそ進歩が生まれるという側面を重視した教育システムを組んでいると思います。
競争は非常に激しいですが、その厳しい社会を勝ち抜くための武器として、言葉の壁を越えた理系の知識や、多様な言語を話せることが自分にとっての強みになると気づけたのは、このカルチャーショックのおかげです。
借金は悪ではない。父が教えた「良い借金」の考え方
トウシル:大学は名門のカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)に進学し、機械工学を専攻されたそうですね。そこでいよいよ投資デビューを果たすわけですが、きっかけはお父さまの一言だったとか。
ポールさん:そうなんです。大学に入る前に、父から「早めに投資を学んだ方がいいんじゃないか」と言われました。当時は学費が今ほど高くなく、私はカリフォルニアの州民だったので年間1万ドルちょっとくらいの学費で進学できたんです。
さらに米国には、政府の補助を受けた低金利の学生ローン(奨学金)という制度があります。非常に条件が良い優遇されたローンですので、父は「学費は私が払ってあげるから、お前はその学生ローンを枠いっぱいに借りて、株式投資に回しなさい」と言いました。
トウシル:日本なら「借金して投資するなんてとんでもない!」と怒られそうです!
ポールさん:確かに日本では「借金は悪いもの」と考えられるのが一般的ですが、私は、一概に「借金=悪」だとは思っていません。フィデリティ証券時代の同僚に言われて妙に納得した言葉があります。
「お金を借りるのは審査や書類があって難しいけれど、返すのはボタン一つですぐに返せるから簡単だ。だから、良い条件でお金を借りられること自体がすでにパワーなのだ」と。
トウシル:確かに、誰でも好条件で借りられるわけではありませんね。
ポールさん:もちろん、借りたお金を浪費してしまうなら、借りるのはおすすめしません。しかし、ちゃんとした投資であれば問題ないと思います。全く借りないと勝負に出るチャンスもなくなってしまいますから、リスク許容度を正しく理解していれば、良い条件の負債は土台になります。
トウシル:その学生ローンを元手にして最初に買った銘柄は何でしたか?
ポールさん:よく覚えているのは、シスコシステムズ(CSCO)です。時代は1990年代の後半、ちょうどインターネットバブルの始まりの時期でした。UCLAはインターネットの黎明期を支えた大学の一つです。当時から学生全員がメールアドレスを持ち、機械工学の人でもホームページを作るのは当たり前。
そんな環境でインターネットの普及を肌で感じていましたので、投資するならインターネット関係だという、はやりのモメンタム(当日の終値と過去の終値を比較して、相場の勢いを分析するテクニカル指標)に乗る形でシスコを選んだのです。
トウシル:身近に起こっている環境の変化から、投資先を選んだのですね。
ポールさん:正直なところ、当時は株のことも理解していなくて、深いファンダメンタルズ分析(企業の本質的な価値を評価するための分析手法)なんてまったくしていない状態でした。今振り返れば、金融メディアの話に一喜一憂する、非常に投機的な投資だったと思います。
しかし、結果としてはラッキーなことに、インターネットバブルが完全にはじける前の良いタイミングで、一部を売り抜けることができました。
20代の1ドルは50代の10ドルに。人生を変えた複利の講義
トウシル:大学時代、ポールさんの投資人生を決定づける強烈な出会いがあったと伺いました。
ポールさん:大学の最後の講義での出来事です。機械工学の授業だったのですが、若いインド系米国人の教授が、最後の2時間をまるまる使って、本来の教科書とは全く関係のない「金融教育」の話を始めたんです。
トウシル:卒業を控えた学生たちにお金の話を始めたのですか?
ポールさん:教授は「今日はあなたたちのこれからの人生にとって役に立つ話をしましょう」と言って、複利効果や長期投資の重要性を熱弁しました。「20代の時の1ドルは、50代の時には5~10ドルに増えるかもしれない。マーケットは成長し続けていく可能性が高いのだから、資産形成は1日でも早く始めなければいけない」と。
トウシル:素晴らしい授業! 最高の卒業プレゼントですね。
ポールさん:米国の中流以上やエリート層の社会では、「長期株式投資や分散投資によって複利効果を得る」という話は、「ジムに行って運動すれば健康になる」というのと同じくらいの常識になっています。
しかし、それを本当に実感できるようになるまでには20年、30年という長い時間がかかります。人生の中で30年という時間は1回きりしかありませんから、最初に始める時には、ある意味で強い信念が必要です。
トウシル:講義を聞いて、ポールさん自身の意識も変わりましたか?
ポールさん:すでに投資は始めていましたが、改めて教授から教えていただいたことで、自分の信念がさらに強固になりました。投資をしていると、暴落した時に恐怖で売りたくなってしまうなど、心構えが揺らぐ瞬間がどうしてもあります。
そこを乗り越えて「市場が一時的に歪んでいるだけ、この会社は大丈夫だ」と信じて持ち続けるためには、強い信念が必要です。私の真の投資人生は、あの教室から始まったと言っても過言ではありません。
フィデリティで磨かれたプロの視点と長期投資の感覚
トウシル:UCLA卒業後はどのような道に進まれたのでしょうか?
ポールさん:エクソンモービルでのエンジニア勤務やビジネススクールを経て、戦略コンサルタントを3年ほど経験しました。最後は外資系運用大手の「フィデリティ投信」の調査部へと入社することになります。
トウシル:いよいよ金融業界ですね! 念願かなっての挑戦だったのでしょうか?
ポールさん:実は、最初はそこまで大層な動機ではなかったんです。コンサルタント時代は出張が非常に多く、マレーシアや中国のプロジェクトで飛び回る毎日に少し疲れていました。30代に入り、家族ができることを見据えて「もう少し出張が少なくて安定した仕事はないか」と探していたんです。
そんなとき、人材会社の知人に頼まれて履歴書を送ったところ、タイミング良くフィデリティの調査部が戦略コンサルのバックグラウンドを持つアナリストを募集しており、トントン拍子で採用が決まってしまいました。
トウシル:意外なきっかけですね。しかし、そこからポールさんは一人の個人投資家から、プロのアナリストへと変貌を遂げていくわけですが、プロの世界は何が違いましたか?
ポールさん:情報の量もすさまじいものがありましたが、何よりフィデリティには独自の深い投資の文化がありました。多くの日本の証券会社やファンドの会社では、コンプライアンスの観点から社員個人の個別株投資を全面禁止にしていますが、フィデリティは違いました。
私の当時のマネージャーは「自分でちゃんと株式投資をしていなさい」というスタンスだったのです。利益相反を防ぐための規制は厳しく、保有明細の開示も必要でしたが、自分が良いと思った個別株を、自腹を切って買うことで、投資のリアルな感覚を磨くことができました。
トウシル:売買の制限があるからこそ、逆に鍛えられる部分もあったのでは?
ポールさん:そうなんです。「今、売りたい」と思っても、会社の承認を待っている間に数日たってしまうことも珍しくありませんでした。そうなると、短期的な値動きで右往左往するような銘柄は怖くて買えなくなります。結果として、長期で持っていいと思える銘柄しか買わなくなりました。この環境は長期投資の素晴らしい訓練になりました。
トウシル:プロの厳しい環境の中で投資哲学が磨き上げられたんですね。
ポールさん:まさにその通りです。ただ、プロとして徹底的に企業を分析する環境に身を置いていても、市場の荒波の中で大きな失敗をしたことはあります。本当に投資は難しいと、何度も痛感させられました。
トウシル:元調査部長のポールさんでも、それほどの痛烈な大失敗を経験されているのですか。それらの失敗をどのように乗り越え、現在の洗練された投資手法やFIRE生活へたどり着いたのか、後半で詳しくお聞かせください!
▼後編はこちら
「日本に住んで、米国に投資する」が最強の生存戦略 米国株投資家ポール・サイさんインタビュー[後編]
(トウシル編集チーム)

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