戦車の迷彩塗装も迷彩服もなかった時代

 日本最高峰の山として世界的にも有名な富士山。その名を冠する陸上自衛隊の教育機関、それが静岡県の小山町にある富士学校(富士駐屯地)です。

ここは陸上自衛隊の主要職種である「普通科」「特科」「機甲科」、この3つに関する人材の育成や調査研究をメインで行っています。

 富士学校が誕生したのは、陸上自衛隊が発足したのと同じ年、1954(昭和)年です。それまで福岡県にあった普通科学校(前川原駐屯地)、千葉県にあった特科学校(習志野駐屯地)、群馬県にあった機甲特別教育隊(相馬原駐屯地)を合併する形で新設されました。

 以来、様々な試行錯誤やトライアルがこの地で行われてきましたが、今回は車両迷彩の研究が行われていた頃を振り返ってみましょう。

 写真が撮影されたのは1970年代後半の富士駐屯地で、その中の戦車パークと呼ばれる、いわば戦車専用の駐車場です。

 当時は74式戦車が最新鋭の戦車として登場して間もない時期で、主力はまだ61式戦車といった感じでした。

 多数並んだ戦車の中には、塗料をモザイク状に塗り分けた「デジタル迷彩」の前身のような61式戦車の姿もあります。戦車を見学する海兵隊員の服装を見ると、どうやら冬の時期だったのでしょう。あまり雪が降らない富士地区ですが、もしかしたらこの61式戦車で冬季迷彩の研究をしていたのかもしれません。

 また、最新鋭の74式戦車による姿勢制御を行う姿も撮影されていますが、砲身あたりを見てみると、晩年の74式戦車で見られたサーマルスリーブ(ジャケット)は装着されておらず、排煙器も少し小さいように見えます。

 車体はOD一色で迷彩塗装されておらず、初期型の74式戦車であることがわかります。

 61式戦車はトータル560両が生産され、2000(平成12)年にすべてが退役しました。

一方の74式戦車は873両が生産され、2024年に退役が完了。今では両者とも全国の駐屯地などで、ゲートガードとして往時の姿を残しています。

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当時はデジタル迷彩という概念はなかったであろう。海兵隊員の服装からも判断できるが、冬季迷彩の研究の一環としてこの様な塗装がされたと推測できる。幅の広い刷毛で塗ったような痕跡が確認でき、意外と綺麗に塗り分けられている(Hideki Miyashita撮影)。

【懐かしの自衛隊】え、デジタル迷彩の61式戦車!? 国産の最新鋭戦車として74式戦車が脚光を浴びていた1970年代
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冬季迷彩と思われる塗装が施された61式戦車の全景。急ごしらえとはいえ、戦後初の国産戦車第1号となった61式戦車。当時は「戦車不要論」ではなく、「装甲不要論」があったという(Hideki Miyashita撮影)。

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排土板が取り付けられた74式戦車。正式には「74式戦車ドーザ付」と呼ばれている。戦車部隊は13~14両で1個中隊を編成するが、そのうちの1両はドーザ付の車体となる(Hideki Miyashita撮影)。

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砲塔前面には日の丸が描かれ、後部には戦車教導隊第4中隊(当時)のペガサスマークが描かれているのがわかる。
砲塔の日の丸は初期生産分から描かれていたが、90年代には消されており、それ以降は日の丸の位置に部隊マークが描かれている(Hideki Miyashita撮影)。

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正面から見ても目立った変化がない74式戦車。しいていえば、ゴムフェンダーが付いていないくらいか。外観上は変化がなくても、乗員を保護する内張りの追加や、新型砲弾の採用などの改良がされ続けた74式戦車であった(Hideki Miyashita撮影)。

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タンクパークに置かれた61式戦車。砲塔を左に向けた状態で停車している。これは操縦手が乗り込みやすくするためと、万が一の盗難時でも一人では砲塔が邪魔をしてスムーズに出られないようにするためだという(Hideki Miyashita撮影)。

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車体番号とは別の固有番号が砲塔に描かれている61式戦車。今の戦車部隊は固有番号を板に描いて取り付けるが、当時は砲塔に直接書き込んでいた(Hideki Miyashita撮影)。

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最初期の74式戦車。基本的な形状は変らないものの、細かい点で差異が見受けられる。今となっては非常に貴重な1枚である(Hideki Miyashita撮影)。

※撮影:Hideki Miyashita/提供:武若雅哉

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車体を右に大きく傾けた74式戦車。急峻な山地が多い日本において、この姿勢制御は正確な射撃を行う上で、非常に役に立ったという。操作は操縦席にあるジョイスティックで行う(Hideki Miyashita撮影)。

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