世界中を釣り歩いた作家「開高健」。彼の晩年の世界釣り紀行と、終身訴え続けた自然保護の精神について説明します。

(アイキャッチ画像提供:TSURINEWSライター菊池英則)

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世界各地を釣り歩いた開高健

開高は、「オーパ!」アマゾン紀行にとどまらず、南北アメリカ大陸をアラスカから、アルゼンチンまで縦断する「もっと遠く!」「もっと広く!」。中米コスタリカやモンゴルに魚を追った「オーパ!オーパ!」シリーズなど、写真付きの書籍を次々と世に出していきます。

今では当たり前の「キャッチ&リリース」の精神は作家「開高健」が日本に持ち込んだ
今では当たり前の「キャッチ&リリース」の精神は作家「開高健」が日本に持ち込んだ
キーナイ川のキングサーモン剥製(提供:TSURINEWSライター菊池英則)

晩年はイギリス元首相の招きでスコットランドでフライフィッシングにも挑戦。これらの釣り紀行の合間に、CMも収録して、テレビを通じてお茶の間に広く知られるようになりました。

キャッチ&リリースを訴え続けた

世界中を釣りして歩いた開高ですが、年々魚のサイズが小さくなっていってしまった事や、自然破壊について、強い憤りを持っていました。このため、日本人に「キャッチ&リリース」の考え方を紹介し、「記録的大物が釣れた時以外は逃している」と本人も語っています。

日本でも環境を守る活動

開高は、日本でも、奥只見ダム(銀山湖)のイワナが小さくなっていくことを憂いて、1975年に「奥只見の魚を育てる会」会長を引き受けました。

今では当たり前の「キャッチ&リリース」の精神は作家「開高健」が日本に持ち込んだ
今では当たり前の「キャッチ&リリース」の精神は作家「開高健」が日本に持ち込んだ
開高が設けた禁漁区北ノ又川(提供:TSURINEWSライター菊池英則)

また、種沢となる「北ノ又川」に禁漁区を設けました。また、1988年には、サツキマスやアユの遡上を妨げるとして、「長良川河口堰に反対する会」会長職も引き受けています。

自然を愛する精神

1989年に開高健は没していますが、これらの功績により、没後に奥只見ダム湖畔に、開高の口癖であった「河は眠らない」の石碑が建立されました。自然を愛した開高の精神は現在にも伝わっていると言えるでしょう。

開高健記念館

最後に、開高健について知りたいなら、神奈川県茅ヶ崎市に「開高健記念館」(金・土・日曜開館)、東京都杉並区に「開高健記念文庫」(水・木曜、第1・3日曜日開館・要予約)があります。

どちらにも詳しいスタッフがいますので、一度訪問してみてはいかがでしょうか?

<菊池英則/TSURINEWSライター>

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