元ホンダ・浅木泰昭 連載
「F1解説・アサキの視点」第12回 前編

 F1のパワーユニット(PU)に関するレギュレーションが揺れている。2026年から導入された新しいPUのレギュレーションでは、エンジンと電動モーターの出力比率が50対50に設定されたが、ドライバーからは「全開で攻められない」などと不満の声が噴出。

 そこで、国際自動車連盟(FIA)と各PUメーカーは2027年から2年かけて段階的にエンジン出力を引き上げ、電動モーターの出力を引き下げることで基本合意した。

 また、FIAのモハメド・ビン・スライエム会長は昨年、次のレギュレーションで自然吸気(NA)のV10エンジンの復活を提案するが、これには多くのメーカーが反対を表明。NA回帰論は沈静したかに見えたが、今年に入ってスライエム会長は再びNAのV8エンジンの復活に強い意欲を示す。

 はたしてF1のレギュレーションはどこに向かおうとしているのか? 元ホンダ技術者でF1解説者の浅木泰昭氏に話を聞いた。

【F1】パワーユニット規則の変更は「ホンダにとっていい方向に...の画像はこちら >>

【レギュレーション変更の影響は?】

 今季導入したPUのレギュレーションでは電動モーターと内燃機関(エンジン)の出力配分が50対50になっていますが、2027年からエンジンの出力比率を段階的に引き上げ、電動モーターの出力を削減。電動への依存度を下げ、エンジンとモーターの出力比率を2027年シーズンに58対42、2028年シーズンには60対40変更すると発表しています。

 これが実現すれば、ドライバーがエネルギーマネジメントをする時間が減り、より直感的なドライビングができるようになるといいます。

「予選で全開走行ができない」「レースでもストレートや高速コーナーの手前でアクセルを戻して充電しなければならない......」などのコメントを聞くと、現行のレギュレーションでのレースはドライバーにとってあまり楽しくないのかもしれません。

 ただ、私たち技術者は勝敗に関係ないレギュレーションに関してはノンポリシー、こだわりがない。レギュレーションの枠内で自分たちの手がけたPUが最高なパフォーマンスを引き出せるようにするだけです。

 おそらく大半の技術者はそうだと思います。エンジニアが何か言うのは、ルールを決めたり変えたりする際に、自分たちが少しでも有利になるように「こっちのほうがいい」と意見を述べるぐらいですね。

 どんなレギュレーションにすればレースが面白くなって、お客さんが楽しめ、興行的にもうまくいくのかを考えるのは技術者ではありませんが、レギュレーションを変更することで興行として面白くなるのであれば、やってみればいいんじゃないか、というのが私の考えです。

 FIA、全チームの代表、PUメーカーなどによって合意したレギュレーション変更では、エンジンの最大出力が現在は400kWですが、2027年は420kW、2028年は450kWに増やすことになりました。一方でMGU-K(運動エネルギー回生システム)の最大出力については、2026年シーズンは350kWですが、2027年シーズン以降は300kWに削減されます。

 レギュレーション変更で内燃機関の圧縮比の上限が18:1から16:1に引き下げられたことで、ホンダがこれだけ苦しんでいます。2027年に関してはエンジンの馬力を上げるために燃料流量を増やして対応するようですが、ホンダの強さを発揮していた昨シーズンまでに近い状況に戻るということになります。

 そういう意味では、2027年以降のレギュレーション変更はホンダにとっていい方向に働くのではないかというのが、私の予測です。

【V8エンジン復活ではインパクトに欠ける】

 PUのレギュレーションに関しては、FIAのモハメド・ビン・スライエム会長が、次のレギュレーションが導入される2030年や2031年に自然吸気(NA)のV8エンジンを復活させようと公言しています。

 持続可能燃料を使うことにはもちろん賛成です。F1では2026年シーズンから100%持続可能燃料を使用することを義務づけられています。レースの時にCO2を排出しても、燃料の製造過程や大気中からキャプチャ(回収)することによって、実質的にCO2の排出量はゼロになっています。

 だからダウンサイジング(小排気量)の1.6リッターのV6ターボで燃費をよくすることの意味があまりない。ダウンサイジングのV6ターボだろうと大排気量のNAのV8だろうと、実質的にCO2は増えないんですから。

 むしろ持続可能燃料を使用していることを大々的にアピールするのであれば、個人的にはNAのV8ではなく、V12のほうがインパクトはありますし、お客さんもワクワクするのではないかと思っています。

「F1はこれからダウンサイジングターボをやめて、大排気量のNAエンジンを復活させます。

しかもV12エンジンです。燃費は悪くなるかもしれませんが、持続可能燃料を使っていますのでCO2の排出量は実質的にゼロ、カーボンニュートラルです......」

 というメッセージを出せば、持続可能燃料を使うことでこういう自動車の可能性が広がるんだと多くの人に伝わりやすいような気がします。

 もちろん大きくて重いV12エンジンを搭載することでコーナリング性能が落ちたり、燃料搭載量が増えることでマシンの俊敏性が落ちてオーバーテイクがしにくくなったり、レースの運営上、何らかの支障が出るのであれば、V8でもいいのかなとは思います。

 でも、それでは私的にはつまらないというか、普通すぎてインパクトに欠けるような気がします。持続可能燃料で大排気量のNAを復活させるのであれば、V12がいいのかなと思いますね。

【未来を切り拓くという"ストーリー"が必要】

 ハイブリッドを残すのか、残さないのかに関しては、結局はF1で培った技術が地球環境に貢献しているんだということを世界にアピールするために必要かどうか、という観点で決めればいいと思います。ハイブリッド以外にいいアピール材料があればそれでもいいし、ないのであればハイブリッドはあったほうがいいと思います。

 今、アメリカでトランプ大統領が登場してきて、世界的に電動化にブレーキがかかっていますが、いずれは世界中で販売される全自動車の一定量は電気自動車(EV)に頼る世の中が来るかもしれません。

 ハイブリッドがあれば、EVで使用するモーターやバッテリーをサーキットで技術革新していくのだというストーリーが成り立ちますが、そこを完全に捨てるのか、という話です。

 捨ててしまうと、現状ではいわゆる株主がいるような自動車メーカーは参入しにくくなります。何のためにF1をするのか。地球環境に貢献するという正義がないのであれば、株主の納得を得るのは難しいと思います。

とくに経営が苦しくなり、株主から「なぜそんなところに大金を使うのか」と指摘された時に、継続するのが難しくなります。

 ただ、自動車メーカーを囲む状況は、世の中がどういう方向に進んでいくのかによって変わってきます。もし持続可能燃料がものすごく成功したら、「EVやハイブリッドはいらないのではないか」という流れになるかもしれません。

 ハイブリッドがいいとか悪いとかではなく、ハイブリッドはあくまで手段ですが、現状ではハイブリッドがあることで世の中に貢献するといったストーリーが、株主がいるような自動車メーカーはほしいですよね。

 持続可能燃料になってもハイブリッドは必要である。なぜなら......という理由がほしいということです。

 たとえば、持続可能燃料を作る際には膨大な電気エネルギーが必要になります。ハイブリッドを使用して燃料を節約して、原子力や火力発電所などの建設コストを抑制することで地球環境に貢献するといったストーリーは考えられます。

 あるいは再生可能燃料は非常に高価ですので、環境のためだけでなく、経済効率性のために燃費が求められる可能性はあります。少しでも燃費をよくして参戦コストを抑えるためにハイブリッドは必要となりますが、その技術が将来、一般の方々に再生可能燃料が普及した時に役立ちます......というストーリーもあり得ます。

 いずれにせよF1が地球の未来を切り拓いていくというストーリーが、株主のいる大企業はほしいのです。

後編につづく

<プロフィール>
浅木泰昭 あさき・やすあき/1958年、広島県生まれ。

1981年に本田技術研究所に入社し、第2期ホンダF1、初代オデッセイ、アコード、N-BOXなどの開発に携わる。2017年から第4期ホンダF1に復帰し、2021年までパワーユニット開発の陣頭指揮を執る。第4期活動の最終年となった2021年シーズン、ホンダは30年ぶりのタイトルを獲得。2023年春、ホンダを定年退職。現在はF1コメンテーターとして活躍。初の著書『危機を乗り越える力 ホンダF1を世界一に導いた技術者のどん底からの挑戦』(集英社インターナショナル)が好評発売中。

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