井上尚弥・中谷潤人へとつながる日本リングのDNAたち28:田中恒成
絵心を持つボクシングファンが、『鋭敏』をテーマに絵筆を取って描いたら、きっと田中恒成の戦いになる。とにかく速かった。
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【無限の可能性を信じた2階級制覇の一戦】
2010年代の日本ボクシングは、大晦日が一番忙しかった。毎年のように複数の世界タイトルマッチが組まれ、拳の応酬をニューイヤーへのカウントダウンにするのが恒例行事だった。ことに2015年と2016年には全国3都市で計5つの世界タイトルマッチが組まれる。月刊誌『ボクシング・マガジン』でも編集者、ライターの取材行脚が余儀なくされた。そんな2016年、昼間の岐阜から京都へと回った旅は今も鮮烈な記憶として頭に残っている。
夜の京都、島津アリーナで行なわれた2戦も見事だった。22勝22KO不敗(1無効試合)の強打者ジョナタン・グスマン(ドミニカ共和国)に、強烈な左フックのボディブローをずっぽり決めてダウンを奪った小國以載(角海老宝石)が予想を引っくり返す判定勝ちでIBF世界スーパーバンタム級王座を奪う。続いて登場した井岡一翔(当時は井岡ジム所属)は不敗のスタンプ・キャットニワット(タイ)のボディに正確な強打を集め、嘔吐させてKOで打ち取った。
だが、岐阜市の長良川沿いに立つメモリアルセンターでは、それ以上に素敵なテクニカル・ノックアウト劇を見た。この日、田中恒成は同じく元WBOミニマム級世界王者だったモイゼス・フェンテス(メキシコ)と2階級目、空位のライトフライ級WBO王座を争った。相手はこのクラスとしては異例の長身(169cm)パワーパンチャーだったが、田中は見事なステップワークを駆使してまるで問題にしない。5ラウンド、ついに捕らえ、レフェリーストップを勝ち取るわけだが、そのフィニッシュがあまりに鮮やかだった。すでに防戦一方で余裕のいっさいを失っているメキシカンに対し、鋭い足さばきでサイドからサイドへと跳び回り、毒針のような鋭いパンチをもっとも打ちやすい角度から次々に打ち込んでいった。
むき出しの素質に、さまざまなアイデアが重なったシャープな攻撃力が光った。これがまだ8戦目か......。名古屋を本拠にするボクサーだけに取材の機会は少なかったのだが、無限の可能性だけを感じたものだ。
【わずか5戦で世界タイトルにたどり着く】
ボクシング界では『花の95年組』という言葉がよく使われる。どういうわけだか、1995年度生まれに強豪ボクサーがズラリとそろっている。田中をはじめ、31歳を迎える年になった今も現役世界チャンピオンである井上拓真、堤聖也、岩田翔吉、さらに世界チャンピオン経験者の比嘉大吾、ユーリ阿久井政悟が再度のピーク登頂に迫っている。
田中はそのなかでも、早くから"とびきり"と言われたひとりだ。まだ小学生だったと思うが、兄の亮明(東京五輪フライ級銅メダリスト)とともに「将来の世界チャンピオン候補」として名前を聞いた記憶もある。
石原の言葉どおり、田中は順調に成長して、中京高校に進んだころには全国のトップをうかがう存在になっていた。ことに井上拓真とのライバル戦は、少年ボクシングの範囲を超えて注目を集めた。そして、高校3年生の秋、名古屋の畑中ジムからプロ転向を表明する。在学中の2013年11月10日にWBO世界ミニマム級6位オスカー・レクナファ(インドネシア)に判定勝ちでプロデビューを飾る。プロ2年目に中京大学に進学したが、躍進に滞りはない。対戦者の質も高かった。
2014年10月、4戦目には東洋太平洋のタイトル獲得史上最短記録を狙って、チャンピオンの原隆二に挑む。24歳の原は18戦全勝(10KO)、井上尚弥が初の世界タイトルを獲得して勢いに乗る大橋ジム期待の攻撃型ボクサーだった。しかも、初めての東京遠征でもあった。期待どおりの激闘となったが、田中の速さ、多彩なコンビネーション、あるいはガツガツと攻め抜く、いい意味での荒さも光る。
【井岡戦の痛恨の敗戦から勢いを失った】
田中は順当に"貴重な勝利"を積み上げた。2018年にはWBOフライ級王座を獲得し、その後も難敵を蹴散らして世界最短記録となる12戦目で3階級制覇を達成する。対戦相手も難敵ぞろいだった。ミニマム級初防衛戦で左ボディブローで痛烈な逆転KO勝ちを収めたビッグ・サルダール(フィリピン)をはじめ、世界王者経験者6人と対戦した。そのなかには木村翔(青木)、田口良一(ワタナベ)と日本のビッグネームも名前を連ねる。勢いを駆って、これも世界最短記録となる16戦目での4階級世界制覇を狙ったとしても当然だった。
2020年の大晦日、田中はWBO世界スーパーフライ級王座に挑んだ。しかし、そこに同チャンピオン、井岡一翔(Ambition=当時)が立ちはだかった。
31歳の井岡の頭脳とキャリアが生み出す読みの深さ、さらには堅牢なペースメイクは、田中の攻撃力をもってしてもまったく揺るがなかった。初回の半ばすぎには、井岡のジャブがヒットし始める。田中は手数で応戦し、序盤にポイントを奪うラウンドもあったが、すべては4階級制覇の先輩チャンピオンの手のひらでの戦いに見えた。
この一戦を境に、田中のボクシングがスケールダウンしたと感じたのは私だけだろうか。井岡戦で守りの重要性を深く認識し、スタイル全体の見直しも図った。トレーナーが父・斉から村田大輔に代わったのも、違う環境で新しい自分の可能性を考えたかったからなのだろう。
だが、勢いは蘇らなかった。2024年2月、クリスチャン・バカセグア(メキシコ)との決定戦にダウンを奪って判定の末に勝ち、WBO世界スーパーフライ級王座を獲得。3年2カ月越しで4階級制覇の念願を果たしたが、その戦いぶりへの疑念は拭えなかった。そして同年10月、初防衛戦でプメレレ・カフ(南アフリカ)に判定負け。格下とみられたカフを圧倒できず、5ラウンドには右ストレートを浴びて決定的なダウンを奪われた。
2025年6月、引退を表明する。理由は網膜はく離による視力低下だった。井岡戦の前から右目の異常は発症し、手術を繰り返したが完治せず、両目の不調とともに戦ったカフ戦では3ラウンドに右目の視力を失ったという。戦後の手術で視力は戻ったが、視野は回復せず、身を退くに至った。
「花の95年組」は全員、現役で、田中本人も戦力的にはまだまだ伸びしろがあっただけに残念だっただろうが、すぐに気持ちを入れ替えてアクティブに活動している。テレビ解説、講演、イベント出演と積極的にチャレンジし、地元には一般向けのボクシングジムも開いた。「ボクシングが好きなことは今も変わらない」と、インタビューに答えた田中のたくましさは、きっとより良い第2のボクシング人生を生み出してくれるはずだ。
●Profile
たなか・こうせい/1995年6月15日生まれ、岐阜県多治見市出身。3歳で空手を始め、小学5年生でボクシングに転向した。中京高校(岐阜)に進み、アマチュアでは花形として活躍し、高校4冠を達成する。2013年秋にプロ転向、5戦目でWBO世界ミニマム級王座を獲得(世界王座獲得の日本最短記録)。



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