感情のままに──。言葉を選ばなければ、「はしゃいでいた」。

 試合後に記録席でサインを済ませ、歓喜の定番アンセム『Seven Nation Army』を合唱するチームメイトの輪に入るや、一緒にリズムに合わせて飛び跳ねる。続く表彰式ではメダルを首にかけられるや、左手で握り拳(こぶし)をつくって叫び声を上げた。

 それは、海外でプレーしている時には見られたもの。しかし日本代表では、これほどまでに遊び心満載のリアクションを見せること自体が稀有だ。

【男子バレー】石川祐希への仲間の信頼は絶対に揺るがない 「彼...の画像はこちら >>
 バレーボール男子アジア選手権(福岡県北九州市)で優勝を飾り、2028年ロサンゼルス五輪の出場権を獲得したこの日、石川祐希(ジラート・バンク・アンカラ/トルコ)が我々の前に見せたのは、そんな姿だった。

 試合後のミックスゾーンで、その時の心境を聞くと......。

「優勝して、やるべきことをやれたので、笑顔を見せてもいいかなと思ったので......」

 そう答える石川は、少しばかり照れくさそうに映った。

 もっとも、そこにあったさまざまな思いを、味方たちも汲んでいた。学生時代から長年、日本代表でもともに戦ってきた小野寺太志(サントリーサンバーズ大阪)はこう語る。

「そうですね、ファンのみなさんやメディアの前では、なかなか見せない姿だと(笑)。ですが、今日の試合は特に彼も苦しんでいたでしょうし、そのなかでも最後に得点を決めきって五輪の出場権をもたらしてくれたので。その思いが出た瞬間だったのではないかと思います」

 うれしさはもちろん、同時に安堵もそこにあったと、チームメイトたちは口を揃えた。

石川と同じアウトサイドヒッターの大塚達宣(パワーバレー・ミラノ/イタリア)も言う。

「みんなそれぞれ、いろんな思いを持って戦っていたと思うんです。だからほっとした気分のほうが大きいのかもしれません。石川選手もキャプテンとして、ひとりのプレーヤーとして、いろんな思いを抱えながら今シーズンを戦っているとは、近くで見ていて感じました。それを自身のなかでうまく消化しながら、このコートのなかでぶつけてくれたと思います」

【大事な場面では祐希】

 9月13日に行なわれたイランとの決勝戦は、石川本人も「非常に厳しい戦いになる」とにらんでいたとおり、第1セット序盤から石川が連続ブロックシャットを浴びる。ひと筋縄ではいかないことを予感させる試合の立ち上がりだ。

 けれども、信頼は揺るがない。

 セッターの深津英臣(ウルフドッグス名古屋)は「相手のブロックがすごかったですね!」と振り返りつつ、「それは僕たちがコントロールできる部分ではありませんから。ただ、『絶対に大事な場面では(石川)祐希』と決めていたので、どんな状況でも彼を信じてトスを上げていました」と、キャプテンでエースの背番号14にボールを託した。

 やがて石川自身も、尻上がりに調子を上げていく。第1セットは1得点に終わったものの、第2セットはセットポイントでのサービスエースを含む3得点、そして第3セットは4得点。極めつけは、第3セットのマッチポイントだ。

 24-23で迎えた相手サーブの場面。

髙橋藍(ボグダンカ・LUK・ルブリン/ポーランド)がきれいにサーブレシーブを返すと、深津が石川へトスを上げる。これぞ、まさしく「絶対に祐希」。そのアタックはイランのブロックに阻まれたものの、リベロの山本智大(大阪ブルテオン)がフォローに入ってボールをつなぐ。

 山本が「祐希、いけ!」と上げた叫び声に応えるかのように、石川が再び打ち抜いたボールは相手ブロックをはじいて、コートの外へ飛んでいく。こうして、アジアの頂点に到達し、ロサンゼルスへの切符を手繰り寄せる一打となった。

 この場面での選択について語った深津の言葉が、日本代表における「石川祐希」という存在を何よりも表わしていた。

「(相手との)マッチアップがよかったのもありますが、やはり彼がこのチームをつくってきましたから。僕も最後まで信用してトスを上げることができました」

【日本で見せたことがない姿】

 振り返れば、2015年のワールドカップで一躍ブレイクを果たして以降、石川の成長に歩調を合わせるかのように、日本代表も飛躍を遂げてきた。やがて石川に続くように、西田有志(大阪ブルテオン)や髙橋ら新たな才能が台頭し、チームとしても個々としても世界トップレベルの力を備えていった。

 2024年のパリ五輪前には世界ランキングで過去最高の2位に達し、堂々のメダル候補として参加する。だが、結果は準々決勝で敗れて最終7位に終わり、2028年のロサンゼルス五輪でメダルを、それも金メダルを獲得する思いを強めて、再び歩みを進めた。

 その挑戦権を手にする最初のチャンスが、今回のアジア選手権だった。

 春先から夏に行なわれたネーションズリーグでは、大会史上初となる予選ラウンド全勝を達成。決勝トーナメントの準決勝で敗れて4位で終えたものの、自国開催のアジア選手権に向けて機運は高まるばかりだった。

 そうして迎えた大会本番。初日のオマーン戦で石川は、さっそくチーム最多タイの19得点を挙げて白星発進へ導く。続くバーレーン戦も石川は、髙橋の最多19得点に次ぐ12得点。

 予選ラウンド全勝突破を決めた3戦目のオーストラリア戦は、途中でベンチに下がり5得点に終わったものの、小野寺は「まだまだ上がるんじゃないですかね。パス、サーブ、スパイク、どれももう少しできると思いますし、これからトーナメントが始まっていけば、さらにパフォーマンスを上げていくでしょう」と、盟友に信頼と期待を寄せていた。

 その言葉どおり、決勝トーナメントに入ってからも、準々決勝のインド戦では12得点、準決勝の韓国戦ではチーム最多の15得点をマークするなど、石川は勝利に貢献し続けた。

 本人は「誰が出ても活躍することで、このアジア選手権を制することができた。仲間に感謝したい」と口にしたが、やはり「このチームを『つくってきた』のは石川祐希」と誰もがうなずく存在感だった。

 その石川が、日本で見せたことがないような姿で喜びを表現した。それは、今大会に並々ならぬ思いをかけていた証しと言えた。

 2年後、彼らはロサンゼルス五輪の舞台に降り立つ。その時、日本中が願うだろう。まだ見たことがない光景を見せてくれ、と。

坂口功将●取材・文 text by Kosuke Sakaguchi

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