「NHKの皆さんが、いかに非道なことをやられたのか、直接説明したい」——。元駐フランス大使の飯村豊さん(79)は、NHKの井上樹彦会長宛ての公開書簡にそう記した。

戦争に反対した祖父が、NHKのドラマで“開戦を後押しした卑劣な人物”に描かれ、「祖父の名誉が傷つけられ、歴史が改ざんされた」と訴える。
問題のドラマは、戦後80年にあたる2025年8月に2夜連続で放送されたNHKスペシャル。その映像に約40分を加えた劇場版が、映画『開戦前夜』として7月31日に全国公開される。
7月22日、NHKなどを相手取った名誉毀損訴訟の第3回口頭弁論が東京地裁で開かれ、飯村さん側はこの映画について、公開の差し止めを新たに求めた。
自らの肉親が“史実と真逆”に描かれたら——。飯村さんは、祖父の遺影を立てて都内で会見に臨んだ。

実在の祖父は開戦に反対したが…

飯村さんの祖父・飯村穣(じょう)中将は、1888年に生まれ、1976年に亡くなった陸軍軍人である。1940年に近衛文麿内閣が設立した内閣総理大臣直属の研究機関「総力戦研究所」で、初代所長を務めた。
同研究所には省庁の若手官僚や軍人、民間人ら30数名が集められ、日米が開戦した場合にどのような結果になるかの机上演習(シミュレーション)が行われた。1941年夏の机上演習では「日本必敗」との結論を導き出したが、軍と政府の中枢に退けられ、同年12月、日本は対米開戦へと踏み切った。
ドラマは2025年8月16日と17日に放送された。脚本・演出は映画監督の石井裕也氏が手がけ、俳優の池松壮亮さんが主演。視聴者は800万人を超えたとされる。

ドラマは、研究所の所長を「板倉大道少将」という架空の人物に置き換えている。しかし原告側は「この時期に実在した所長は祖父だけであり、一般の視聴者は板倉大道少将を祖父のモデルと受け取る」と主張する。
作中の板倉大道少将は、東條英機・陸軍大臣の期待に応えるよう部下に迫り、研究生が「日本必敗」の結論を出すと「お前も最前線に飛ばされるぞ」と圧力をかける人物として登場する。開戦に反対した実在の祖父とは「正反対」だという。

公開差し止めを追加請求

飯村さんは2025年12月24日、祖父の死者としての名誉が毀損され、遺族である自身の「敬愛追慕の情」が侵害されたとして、NHKや制作会社、脚本・演出を担った石井監督らを相手に、550万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。
「敬愛追慕の情」とは、亡くなった人をしのび敬う遺族の感情を指し、これを著しく傷つける行為は不法行為として賠償の対象になり得る、というのが原告側の立場だ。
その翌日の12月25日、NHKを除くNHKエンタープライズなど4社でつくる製作委員会が、劇場版『開戦前夜』の公開を発表。これについても飯村さんは「虚偽に満ちた番組を、同じ素材でさらに長くするものだ」と反発した。
映画の上映決定を受け、飯村さん側が新たに7月22日の期日までに申し立てたのが、映画の公開差し止めだ。飯村さん側は会見で「配信やDVDまで止めなければ意味がない」と、劇場での公開以外にも差し止めの範囲を広げる意向を示している。

裁判所が示した2つの争点

原告側によると、この日の期日では、裁判長が審理を一時中断し、協議のうえで争点を整理した。
示された争点は2つ。第1に、劇中の板倉大道少将が実在の飯村穣中将と同一人物だと視聴者に分かる「同定可能性」があるか。第2に、祖父への「敬愛追慕の情」の侵害が、賠償を認めるべき違法な行為に達しているか、である。
裁判長は後者について、受け手が我慢すべき限度を意味する「受忍限度」を超えているかが分かれ目になると示唆した。
また、原告側によると、裁判所は「飯村さんはドラマの放送前に(内容について)承諾していた」とのNHKの主張について、その法的な意味を明らかにするよう求めたという。

「命のある限り、断固戦う」

映画の公開まで、残された時間は少ない。飯村さんは7月21日に送った書簡で、訴訟中であることを理由に沈黙するNHKの姿勢を、こう問うた。
「歴史の真実を伝えると銘打ったNHKスペシャル、先人たちが築き上げてきた名誉ある番組シリーズの名が汚され、歴史がおもちゃにされていること、さらに一人の人間の人格を深く傷つけていることについて、訴訟中であることを盾に、頑なに沈黙を守っていて良いのでしょうか」
原告側代理人の梓澤和幸弁護士は会見で「実際にあった事実と創作した事実が混然一体となっている場合、モデルとされた人物への名誉毀損が成立する余地がある」と改めて強調。
「表現の自由の行使には倫理的な責任が伴う。事実をねじ曲げてまで、自分の表現のために誰かを踏みにじることが許されるのか。表現する人すべてへの問いかけだ」と述べた。

NHK「裁判の中で考えを主張」

弁護士JPニュース編集部では7月22日、NHKに対してコメントを求めた。
NHK広報局は、名誉毀損訴訟について「裁判の中でNHKの考えを主張してまいります」と回答。
映画の公開差し止め請求については「NHKは被告ではなく、お答えする立場にありませんので、映画製作委員会にお尋ねください」とし、飯村さんが送った井上会長宛ての公開書簡に関しては「今後、内容を精査した上で対応を検討してまいります」と答えた。
一方、映画『開戦前夜』製作委員会は22日までに、公式サイトで「創作の経緯と公開について」と題する声明を公表した。
声明はまず、作中に飯村穣氏は登場しないと説明。
「板倉大道は創作された人物であり、飯村穣氏とは、名前も外見も階級も異なります」とし、「本作の公開により、故人である飯村穣氏の名誉が毀損されたり、原告の敬愛追慕の情が侵害されたりすることはないと考えております」との立場を示している。


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