日本産婦人科医会(石渡勇会長)の記者懇談会では、自殺対策に取り組む民間団体による妊産婦の自殺の分析と、同医会による全国の分娩取扱施設を対象としたメンタルヘルスケアの調査結果が報告された。
心の不調を見つける仕組みは急速に普及し、一定の成果を上げた一方で、不調を把握した後に専門的な医療へつなぐ体制と、産後1か月健診を終えた後も支援を続ける仕組みには、なお空白が残ることが明らかになった。(ライター・松田隆)
4年間で210人、実数はさらに多い可能性
警察庁は2022年1月から、自殺した女性が妊娠中または産後1年以内であると把握した場合、その状況を自殺統計原票に記録している。一般社団法人・いのち支える自殺対策推進センター(JSCP)が同原票データを分析したところ、2022年65人、2023年53人、2024年44人、2025年48人で、4年間の合計は210人であった。
ただし、統計に計上されるのは、あくまで警察庁が妊娠中または産後1年以内であることを把握できた場合に限られる。実際の自殺者数は、この数字より多い可能性がある。
JSCPの代表理事である清水康之氏は「新しい命を育む時期である一方、心身や生活環境、家庭環境、社会的役割の変化が重なりやすい時期でもある。その時期に自ら命を絶たざるを得ない人が大勢いる」と指摘する。
厚生労働省は周産期死亡率の数値を根拠に「日本は諸外国と比較し、最も安全なレベルの周産期体制を提供している」(第1回周産期医療体制のあり方に関する検討会「周産期医療体制の現状について」から)と周産期医療の安全性を高く評価している。
一方で、妊産婦の自殺が4年間で210人確認されたことは、身体面だけではなく精神面の支援の必要性を示す結果となった。
清水氏は問題の実態について、以下のように説明した。
「妊娠中と産後1年以内を合わせた妊産婦の自殺死亡率は10万出生当たり7.2(人)です。
年齢層別では40から44歳が最も高く、20から24歳が次に高いという結果でした。(妊娠・出産の)時期別に見ると妊娠中では20から24歳、産後では40から44歳が自殺死亡率が最も高いという状況です。
また自殺の背景としては妊娠中、産後ともに配偶者がいる場合には家庭問題が多く、配偶者がいない場合には配偶者がいる場合と比較して交際問題が多いという傾向がありました。
妊娠中において、その傾向は顕著(けんちょ)です」
いのち支える自殺対策推進センターの清水康之代表理事(撮影・松田隆)
産後1か月のメンタルチェックは99%以上まで普及
この問題に関して、日本産婦人科医会は2026年3月から5月にかけて、全国の分娩取扱施設1858施設を対象に「妊産婦メンタルヘルスケア推進に関するアンケート調査」を実施。有効対象1840施設のうち1281施設から回答を得た。同調査によると、メンタルヘルスチェック(※)を実施している施設は、妊娠中が82.9%、産後2週間が94.9%、産後1か月が99.4%であった。
※質問票などを用いて心の健康状態を確認する取り組み
特に産後1か月の実施率は、2017年の42.4%から9年間でほぼ全施設にまで上昇した。産後2週間のチェックも、2019年以降、概ね9割前後で推移している。妊産婦の心の不調を質問票などで把握する取り組みが定着している現状が明らかにされた。
調査結果を報告した同医会母子保健部会の幹事である小古山学(おごやままなぶ)氏も「妊娠中、産後2週間、産後1か月のメンタルヘルスチェックは普及が進み、落ち着いてきています」と評価する。
心の問題「発見」から「治療」までにタイムラグ
もっとも、いくつかの問題も明らかになった。たとえば、施設内に精神科医、心理士、カウンセラーなど、メンタルヘルスの専門職がいると答えた施設は3割弱に過ぎなかった。専門職が配置されていない施設では産科医、助産師、看護師らが対応せざるを得ない。
精神科との連携体制も十分とは言えない。緊急時に即日診てもらえる精神科医療機関があるとした施設は4割弱で、周産期センターでも約半数、病院では3~4割、診療所では約3割にとどまった。
地域に精神科との連携システムがあるとの回答は17%、連携マニュアル、決まった相談窓口、決まった受け入れ施設があるとの回答はいずれも5%以下であった。
緊急ではない患者を精神科に紹介する場合、約半数は1週間以内、約4分の3は2週間以内に受診できたが、8週間以内と回答した施設も1割強あった。
小古山氏は「緊急ではないとしても、こういった症例が重症化することもあると思いますので、ここは課題と感じました」と懸念を示す。
チェックで危険を察知しても、受け入れ先がすぐには見つからないなど、発見から治療までにタイムラグが生じてしまう場合があることが明らかになった。
健診外のケアは「ボランティア的」
費用面でも問題がある。通常の妊婦健診とは別に時間を設け、メンタルヘルスの相談やケアを行った際に料金を請求している施設は1割未満であった。妊娠中のケアに対する公的補助も、9割以上の施設が「ない」と回答した。小古山氏は「助産師や看護師が通常の健診とは別に時間を設けて話を聞いています。料金を受け取っていない施設は、ボランティア的に対応しているのが現状であり、本来はコストが発生する部分です」と説明する。
質問票を渡し、点数を確認するだけなら短時間で済む。しかし、強い不安や希死念慮(きしねんりょ※)が疑われる妊産婦から事情を聞き、家族関係や生活状況を確認し、精神科や自治体へ連絡するには人と時間が必要になる。
※自殺について可能性を考えたり、実行を計画したりすること
チェックは普及したものの、それが必ずしも実効的な支援につながっていない現状も存在する。
この点について、日本産婦人科医会の相良洋子副会長は解決に向けての指針を以下のように示した。
「妊婦健診のいわゆる望ましい基準という中には、このメンタルヘルスのケアとかスクリーニング(※)のケアに関しては含まれていません。
※心の不調の可能性がある人を早期に見つけるための検査
この問題は重要ですので、今、妊婦健診費用も標準額を決めるという段階に入ってきていますが、このメンタルヘルスのスクリーニングとケアに関してぜひこれを考慮いただいて、しっかりとポピュレーションアプローチの形でやっていけるように体制づくりを、こども家庭庁等にも要望していきたいと思っています」
自殺者の半数超は産後3か月以降
支援の時期にも大きな問題がある。4年間で自ら命を絶った210人のうち、妊娠中に亡くなったのは61人、「産後2か月以内」は36人であるのに対し、「産後3か月から1年以内」は113人で、全体の53.8%を占めた。「産後3か月から1年以内」は10か月間であり、「産後2か月以内」よりも集計期間が長いため、この数字だけで「産後3か月以降に自殺が集中している」とは言えない。
それでも、半数を超える女性が、産後1か月健診を終えた後に当たる時期に亡くなっている事実は軽く見るべきではない。
産後ケア事業の対象期間は制度上、産後1年までに拡大された。
しかし、実際に産後1年まで対応するデイサービス型や宿泊型の施設は1割強にとどまり、多くは従来通り産後2~4か月までを主な対象としていた。空床不足や人員確保の難しさから、利用希望者を断る施設も多い。
もっとも、これまで進められてきた取り組みが、実を結んでいないというわけではない。
産後1か月のメンタルヘルスチェックは、2017年の42.4%から2026年には99.4%まで広がった。妊娠中や産後2週間のチェックも大半の施設で行われるようになり、妊産婦の心の不調を早期に見つける体制は、着実に整いつつある。
自殺者数は2022年の65人から2024年の44人まで減少し、2025年は48人となった。
単年の増減だけで対策の効果を断定することはできないが、4年間の推移からは減少傾向がうかがわれ、心の不調を早期に見つけようとする産婦人科医療の努力が、少しずつ成果につながり始めている可能性がある。
こうした状況を、日本産婦人科医会の中井章人副会長は、以下のように総括する。
「昭和30年代には20代から30代前半の女性の死亡原因の1位が分娩でした。それに対して1960年代から1970年代の医療改革、医療の進歩によって、我々は今、母体死亡に関しては世界のトップクラスにまで小さくできました。
10万出産当たり3や4ですので、かなり抑えられています。以前は1年で1000人以上が亡くなっていたものが、今は30人、40人です。
(妊産婦の)死因の上位は自殺が取って代わっている状況です。我々は体のケアに関しては頑張って今まで積み重ねてきましたが、やはりどこかで、心のケアというのが少し疎か(おろそか)になっていたのかもしれません。
それが10年少し前あたりから『心のケアは非常に重要』という視点に立って対応することで、自殺の数に関して言えば、低下傾向はあるようです。少しずつ効果が出ているのかもしれません」
新たな命を守る医療は、その命を育む女性の心と命を守る医療へと範囲を広げつつある。
妊産婦の心の不調を「見つける」取り組みは、すでに一定の成果を上げた。
残された空白を埋め、「つなぎ、支え続ける」体制へと発展させることで、自殺をさらに減らしていくことが期待される。
手元の資料を確認しながら話す小古山学幹事、向かって左は中井章人副会長(撮影・松田隆)
※自殺について悩みを抱かれている方は、下記の窓口に相談してください。
「いのち支える自殺対策推進センター|いのち支える相談窓口一覧」
「こころのオンライン避難所」
「特定非営利活動法人 自殺対策支援センター ライフリンク」
◾️松田隆
埼玉県生まれ。青山学院大学大学院法務研究科卒業。日刊スポーツ新聞社に約30年在職し、退職後にフリーランスとして活動を始める。2017年に自サイト「令和電子瓦版」を開設した。現在は生殖補助医療を中心とした生命倫理と法の周辺、メディアのあり方、冤罪(えんざい)と思われる事件の解明などに力を入れて取材、出稿を続けている。

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