スラム街でサッカーに興じる少年……貧富の差を問わないスポーツ

チケット最安144万円、トランプ介入で赤カード撤回…「政治と...の画像はこちら >>
サッカーの王様・ペレが生まれ育ったブラジルで、取材協力者への手土産にサッカーボールを持って行ったことがある。南米で偽ドル札の取材を進めるうちにリオデジャネイロの「ファベーラ」と呼ばれる大規模スラム街に突き当たった。よそ者が入り込む余地が極めて少ないこの地では、取材となると住民の協力が欠かせない。
この取材での相棒だったブラジル人カメラマンに「ファベーラ」に住む友人がいたので、骨を折ってもらうことにした。謝礼について相棒に尋ねたら「サッカーボールを1つ買ってあげればいい」と言われた。多額の現金を要求されるのではないかとひやひやしていたが、胸をなでおろしてサッカーボールを買い求め、先方の気が変わらないうちにと、その足で「ファベーラ」に向かった。

隣家で調理されている煮物の匂いが漂う部屋の中で、協力者の7歳の1人息子にサッカーボールを差し出すと、目を見開いて喜んだ。ボールを受け取った少年は私の手を握り山の斜面にへばりつくようにある「ファベーラ」の急な階段を駆け登り始めた。ぜいぜい言いながら少年に引っ張られていくと、中腹に子供用のサッカーグラウンドがあった。

自分だけのボールを初めて手にした少年は、満面の笑みでシュートやドリブル、ヘディングを披露してくれた。さすがはサッカー王国の少年だ。ボールが身体の一部のように見えた。

後から父親と相棒が登ってきた。元サッカー少年の2人も目を輝かせ、少年からボールを奪った。負けまいと少年は2人に食らいつきボールを取り返した。
3人でのサッカーは夕暮れまで続いた。

「ボール1つでみんなが夢中になれる。1人でも、2人でも、3人でも、11人いなくてもいいんだ。ボールの前ではみんな平等だから、貧乏のどん底にいても、息子は明るく生きている」

父親は息を弾ませながらこう話した。サッカーが「ファベーラ」で細々と暮らす家族を支えていた。

これほどまでに世界の隅々までプレーされているスポーツは、サッカーのほかにない。寒い国も、暑い国も、紛争地でも、平和な地でも、富める者も、貧しい者も、1つのボールがあればサッカーが始まり「実力」だけで競い合うことができる。ワールドカップ(W杯)サッカーが、オリンピックを超えた世界最大のスポーツイベントとして人々を熱狂させるのは、サッカーに多様性と平等性があるからだ。「ファベーラ」での笑顔は、サッカーの真の魅力を教えてくれた。

あれから15年以上の歳月がたち、建国250年のアメリカでW杯を追った。そこで見たサッカーは政治とカネにまみれ、アメリカという1つの国の価値観に染められていた。

大会準備期間から度々大統領と親密な関係を築いてきたFIFA会長

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W杯決勝戦の直前にインタビューに応じたトランプ大統領。すぐにでも再びアメリカでW杯を開催するべきだとFIFA会長に伝えたことを明らかにした=FOXテレビから(写真=筆者撮影)
需給関係が瞬時に価格に反映される「ダイナミックプライス」の導入で、チケット価格は高騰した。決勝戦の最も安いチケットは1枚8900ドル(約144万円)と金持ちのための決勝戦になってしまった。
「ダイナミックプライス」はアメリカの流通業界が主導する価格決定プロセスである。

決勝戦では、アメリカンフットボールの王者を決める「スーパーボウル」さながらのハーフタイムショーがピッチ上で行われた。マドンナやシャキーラ、ジャスティン・ビーバー、BTSら世界的スーパースターが歌や踊りを披露した。W杯としては初めてのことで、サッカーのルールを定める国際サッカー評議会(IFAB)が決めた15分というハーフタイムの時間を軽々とオーバーしてしまった。通常のサッカーの試合ではハーフタイムの15分は厳格に守られ、違反チームには罰則もある。ところが、サッカー界の頂点を決める試合で「アメリカ流」のエンターテイメントを割り込ませるために、ルールはいとも簡単にねじ曲げられた。

「政治とカネ」にまみれたサッカーの最も象徴的な側面は、トランプ大統領がアメリカ代表選手のレッドカードの判定に異論をはさみ、この選手の出場停止処分が覆されたことだ。この件は、アメリカでも「政治的圧力」という見方が一般的だ。FIFAのインファンティーノ会長は大会準備期間から度々、ホワイトハウスやトランプ大統領の別荘を訪れ、大統領と親密な関係を築いてきた。FIFAは昨年創設した「平和賞」をトランプ大統領に授与しており、過剰なまでにトランプ大統領を持ち上げた。これに対し傘下のヨーロッパサッカー連盟(UEFA)は公然とFIFAを批判している。ヨーロッパ議会の50人は6月末に、政治的中立性についてFIFA倫理委員会に調査を求める書簡を送っているが、レッドカード問題を受けて今度は78人の議員がEU加盟27カ国のサッカー協会会長あてに、FIFAに調査を要請するように求める書簡を送付した。


「マルビナス諸島はアルゼンチンのもの」旗を掲げたアルゼンチン選手たち

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ニューヨークの空の玄関ジョン・F・ケネディ国際空港に設置されたW杯の看板。自由の女神も泣く?W杯となった(写真=筆者撮影)
現在のFIFAと親密な関係があると指摘されているアルゼンチンについて、FIFAとの癒着を揶揄する表現として「アルゼンフィファ」という言葉がある。

そのアルゼンチンの一部の選手が15日のイングランドとの準決勝の後に「マルビナス諸島(フォークランド諸島のアルゼンチンでの呼び名)はアルゼンチンのものだ」とスペイン語で書かれた旗を掲げた。FIFAは政治的な旗などの競技場への持ち込みを禁止しており、持ち込んだ場合は通常、罰則が科される。

ところがこの問題に対してもトランプ政権が口をはさんだ。政権のW杯責任者が、アメリカには言論の自由があるとしてアルゼンチンの選手を擁護する姿勢を示したのだ。ヨーロッパとの対立を深めるトランプ政権の政治的なメッセージで、トランプ政権によるW杯の政治利用は移民いじめに始まり、多岐にわたって露骨に行われた。

最終日の19日、優勝したスペインにトランプ大統領がトロフィーを授与した。W杯会場に初めて姿を現したトランプ大統領はFIFAから特例を認められてトロフィー授与に臨んだ。スポーツで最も重要な「平等」が袖にされ、ダブルスタンダードがまかり通るカネまみれのW杯のすべてを集約するシーンだった。

トランプ大統領は決勝戦が行われる直前、試合を中継するFOXのライブインタビューに応じ、アメリカがすぐにでも再びW杯を主催すべきだとインファンティーノ会長に伝えたことを明らかにした。

決勝戦が行われたニュージャージー州のメットライフスタジアムでは、トランプ大統領に対するブーイングが度々起きた。「こんなW杯は2度とごめんだ」とのメッセージはスペインへの祝意とともに世界に広がっている。


【谷中太郎】
ニューヨークを拠点に活動するフリージャーナリスト。業界紙、地方紙、全国紙、テレビ、雑誌を渡り歩いたたたき上げ。専門は経済だが、事件・事故、政治、行政、スポーツ、文化芸能など守備範囲は幅広い。
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