そんな嘘のような光景が、中央公論新社から出版された『リクルート事件・江副浩正の真実』(江副浩正/著)につづられている。
リクルート事件とは1988年に発覚した戦後最大級の汚職事件で、リクルート関連会社の未公開株の譲渡をめぐり、当時総理大臣であった竹下登氏をはじめ、中曾根康弘氏、安倍晋太郎氏(当時自民党幹事長)ら大物政治家が疑惑のリストに並んだ。
当時リクルート社の会長であった江副氏は、事件の中心人物とされ、贈賄容疑で起訴され2003年に有罪判決を受けた。この本では、リクルート事件発覚から裁判が終わるまでの約15年間を江副氏自身が回想している。
◆怒鳴られることは日常茶飯事、嘘の自白をでっち上げて尋問も…
「丸裸にされて、10人ほどの看守が見ているところを歩かされた。そのあと四つん這いの姿勢にされた。そして、突然肛門にガラスの棒を突っ込まれて、棒を前後に動かされた。」(p108)
逮捕され東京拘置所内に入った江副氏をまず待ち受けていたのは、「カンカン踊り」と呼ばれる“儀式”であった。表向きは痔の検査と言われるが、江副氏は「どう考えても不必要な“痔の検査”だった」と疑問を投げかける。
取調べ最中は検事から怒鳴られることは当たり前。黙秘していると壁に向かって長い時間立たされるなど、肉体、精神双方から苦痛を受け、調書の内容を認めるよう強要されたり、「切り違え尋問」という、嘘の自白をでっち上げ、調書内容を認めさせるという違法の取調べも行われていたという。非人道的な世界がそこには広がっている。
同じく逮捕歴がある元ライブドア社長の堀江貴文氏も、自身のブログで「彼(江副氏)ほどは追い詰められなかったし、自殺衝動のようなものも無かったが、彼ほど長い間不安定な立場に立たされていたらどうなったか分からない」とつづっている。
◆可視化されない取調べの「穴」
江副氏の罪が濡れ衣であったかどうかは、今となっては確かめようがないが、自白の強要など検察側の違法な取り調べによって立件された後、冤罪となるケースは、1990年の「足利事件」、2003年の「志布志事件」などたびたび起こっている。
江副氏自身は、取調べを行った検察官には恨めしい気持ちは一切ないと書いた上で、現在の司法制度に対し、取調べが密室で行われ、その状況が可視化されないまま検察官調書に重きがおかれる部分に問題があると疑問を投げかける。
裁判員制度が始まった今、このことは私たちにとってかなり重要な問題だ。
いくら一般市民が「市民感覚」をもって人を裁くといっても、目の前に調書を突きつけられたらそれを信じてしまうだろうし、または過熱するメディア報道などに影響され、色眼鏡を持ったまま「人を裁く」ことになってしまうかも知れない。
この本を読む意味はリクルート事件、いわゆる「これまで」を知るためではなく、「これから」を考えるためにある。
満員電車での痴漢をはじめ、濡れ衣を着せられるリスクは私たちにとっても他人事ではない。世の中から冤罪がなくならない理由が、この本を読むと少しでも理解できるだろう。
(新刊JP編集部/金井元貴)
【関連リンク】
・新刊JP特別企画「リクルート事件の「真実」 ― 葬り去られた稀代の経営者・江副浩正 ―」
・リクルート事件・江副浩正の真実(新刊ラジオ 第973回)
・『リクルート事件・江副浩正の真実』をAmazonでチェックする
・堀江貴文氏による書評(元カーナビは進化する。/ リクルート事件・江副浩正の真実)